66ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/10(木) 00:43:30.03ID:NmoQXQSU
一年生教室前
しずく「まずは一年生の教室ですね。ルール上、入れるのは私と璃奈さん、それとかすみさんだけですか」
璃奈「まず私としずくちゃんだけ入ろう」トコトコ
しずく「うん」トコトコ
璃奈「愛さん、来て」
愛「どーなるのかなっと」トコトコ…
愛「んんっ!?」ピタッ
愛「カラダが動かない」グッグッ
果林「ええ、怖いんだけど…」
璃奈「教室周辺では常に各メンバーの意識を測定してて、他学年の教室に入ろうとする意思を検知したら対象区画の侵入可能要件と照合して、適合しない場合は対象区画の入り口に対して一定距離以上の接近が不可能になるように動作プログラムをブロックする」
67ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/10(木) 00:47:03.81ID:NmoQXQSU
歩夢「よくわかんないけど…『入ろう』と思ってなければ入れるってこと?」
璃奈「…」
愛「…」
歩夢「…?」
璃奈「プログラムを書き換えておく。意思の検知は廃止して動性オブジェクトが持つステータスとの照合だけに切り替える」スイ
彼方「歩夢ちゃん、今のはバッドプレーですな…」
愛「歩夢ぅ…」
歩夢「えーっ、なになに!?わかんないよ!なにか変なこと言った!?」アセアセ
68ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/10(木) 00:50:51.35ID:NmoQXQSU
璃奈「愛さんはそのまま、エマさんは入っていいよ」
エマ「いいの?」
璃奈「いい」コク
エマ「それじゃ失礼しまーす…」スッ
エマ「…入れたよ!」テテーン
愛「マジで!?愛さんまだ動けないままなんだけど!」グッグッ
果林「へー、すごいわね。私はどうかしら」スッ
璃奈「果林さんはダメ」
果林「む。近づけないわ…」グッグッ
しずく「歩夢さんはいいですよ」
歩夢「ほんと?えっと…」スッ
歩夢「入れたよー!」テテーン
愛「えーっ、ずるいずるい!アタシ達も入れてよー」ブーブー
果林「そうよ、仲間外れなんてひどいわ!」ブーブー
かすみ「愛せんぱいも果林せんぱいも入っていいですよ」ヌッ
あいかり「「!」」パァ
69ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/10(木) 00:54:48.19ID:NmoQXQSU
愛「よっしゃーお邪魔しまーっす!」
果林「これで私もみんなの仲間入りね!」
あいかり グッ…
あいかり「「──近づけないんだけど!?」」ガーンッ
かすみ「さっそく騙されてますねー」ププッ
愛「あ、あれ!?だってかすかすが今いいって言ったのに!」
かすみ「かすかすじゃなくてかすみんですってば!…ちゃんとルールは把握しておかないとダメじゃないですか」
愛「ルール?」
かすみ「他学年の教室に入れるのは、『室内にいる人』が許可した場合って書いてありましたよ」
果林「あ、あら…そうだったかしら…?」
璃奈「その通り。よく覚えてたね、かすみちゃん」
かすみ「かすみんじゃなくて、せつ菜せんぱいが」スッ
果林「せ、せつ菜!?」
せつ菜「遅れて追いついたらお二人がどうしても入りたそうにしていたので、かすみさんの力を借りてからかってみました!」ペカー
愛「せ…せっつーめー!」ムキーッ
彼方「なかなかやりおるな~、せつ菜ちゃん」
70ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/10(木) 00:58:29.78ID:NmoQXQSU
璃奈「二年生の教室、三年生の教室も仕様は同じ。ちなみにさっき一年生の教室で適用した侵入可能要件は全部リセットしたから気をつけて」璃奈ちゃんボード『抜かりはない』
愛「歩夢の一言がなきゃなー、隙になったかもしれないのに」
歩夢「ご、ごめんなさい…」
愛「そういうまっすぐさが歩夢のいいところだからね。ま、すぐに切り替えてこーよ!なんつって」ニシシ
せつ菜「しかし、なるほど。教室が強力な籠城場所になり得るというのは、確かにその通りですね」
エマ「ロウジョウ?」
せつ菜「立てこもる、という意味ですよ。例えば果林さんと彼方さんがゲームから脱落してしまった場合、三年生の教室は基本的にエマさんしか立ち入ることができなくなるわけです。そうなってしまえば、教室の中にいる限り誰もエマさんに手出しをすることができないということですよ」
エマ「おー、それはすごいね!でもずっと教室に独りぼっちなんて、私はイヤだなぁ…」
せつ菜「とは言え、彼方さんがいる以上、今のシチュエーションは有り得ないので考えなくていいと思いますが。他の学年では有り得ますね」
彼方「裁判長の璃奈ちゃんがいる一年生もそうだけどね~」
せつ菜「む、そうですね。となると、そこまで絶対無敵の籠城場所が出来上がる条件下というのはかなり限られますか…」
璃奈「このまま寮も見にいこう」
──────
────
──
72ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/10(木) 01:01:58.27ID:NmoQXQSU
璃奈「寮も改めて彼方さんに案内することはないかもしれないけど」トコトコ
彼方「うん、お部屋の配置も向こうと変わらないみたいだしね~」トコトコ
彼方「…璃奈ちゃんは」
璃奈「うん」
彼方「向こうの璃奈ちゃんがここにアクセスできないようになってから、一人でこのニジガクを管理してるの?」
璃奈「そうだよ」
彼方「大変じゃない?」
璃奈「ううん、特に。広いけど、いつでもどこでも問題が起こってるわけじゃないから。そもそも自律オブジェクトが同好会のみんなだけだし外部からの干渉もないから、プログラムを操作して対処しなきゃいけないような事態はほとんど起こらない。極めて平和」
彼方「そうなんだ。だったら、いいか」
璃奈「いいって?」
彼方「ん?いやあ、なにか手伝えることがあったら手伝おうと思ったけど、そんなこともなさそうだなーと思ってね~」
璃奈「………ありがとう。なにかあったら、言う」
彼方「ぜひに~」
璃奈 トコトコ……… …ピタッ
彼方「…?璃奈ちゃん、どうかした?」
璃奈「今日はないかと思ってた」
73ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/10(木) 01:05:27.52ID:NmoQXQSU
璃奈 クルッ
璃奈「みんな、今から五秒後に講堂に転移する。準備して」
彼方「え…?」
愛「転移するって、なに?どゆこと?」
璃奈「説明したルールの通り。裁判所に立ち入る状況は一つしかない」
彼方「え、でも…それって…」
璃奈「秘宝が奪われた。ただ今より、裁判が開始される」
──────
────
──
78ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 19:36:34.86ID:NmoQXQSU
講堂
フッ…
せつ菜 スタッ
せつ菜「ここは…」
璃奈「講堂」
せつ菜「私は校舎棟から学生寮へ向かって歩いていたはず、なぜ急遽講堂に…っ」
かすみ「だから、裁判が始まるから転移するってりな子が言ったじゃないですか」
せつ菜「もう、かすみさん!そこは『私もさっきまで部室でお弁当を食べていたのに』とかなんとか言って同じ身の上であることを明かしてくれないと!」
かすみ「この状況でそんなにノリノリなの、せつ菜せんぱいだけですよ…」
79ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 19:40:25.91ID:NmoQXQSU
せつ菜 キョロ…
歩夢「ほんとに…移動しちゃった…」
しずく「不思議な感覚ですね…」
せつ菜「むむ、強制転移というイベントに、つい反応してしまいました」
璃奈「全員いるよね」
エマ「私はいるよ~」
愛「愛さんもいるー……けど…」
もちろん彼方ちゃんもいる。すぐ傍に少し機嫌の悪そうな表情で果林ちゃんも立ってる。
つまり間違いなく全員いるんだけど、そう、
愛「なんで、全員いるわけ…?」
80ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 19:45:01.44ID:NmoQXQSU
改めて講堂内をぐるりと見渡す。
近くにいる子から、果林ちゃん、エマちゃん、歩夢ちゃん、愛ちゃん、せつ菜ちゃん、かすみちゃん、しずくちゃん、それに──璃奈ちゃん。
私も含めて九人、同好会の全員だ。
戸惑う愛ちゃんと目が合って、お互いに首を振る。
次いで離れて正面に位置する璃奈ちゃんに視線を送ってみるけど、璃奈ちゃんボードに遮られて、表情は見えない。
すでに状況の違和感に気が付いている様子の何人かが同じようにきょろきょろと周りを見回して、愛ちゃんか璃奈ちゃんのどちらかに視線を移す。
それでも事態は好転しない。
好転どころか、進みも戻りもしない。
話を切り出すのは裁判長?それとも名探偵?
璃奈ちゃんがなにも言わない以上、私がなにかを切り出すしかないのかな…と。
私の葛藤を察してくれたからかはわからないけど、愛ちゃんが一歩踏み出した。
愛「りなりー、」
璃奈「愛さん。それにみんなも」
璃奈「とりあえず、座ろう」
81ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 19:49:51.67ID:NmoQXQSU
講堂にお似合いの簡素なパイプ椅子。
九人で円を描くようにして座ったけれど、その形は少し歪で。
璃奈ちゃんが十二時に、私が一時半に、そして残る七人が三時から九時に半円を描く──つまり、裁判長と名探偵だけが離れた位置に座ったというわけだ。
仕方がないことだとはいえ、ちょっぴり寂しい。
ほぼ対角線に位置する愛ちゃんが、大丈夫だよ、と目配せをくれる。
そのことがなんだかとっても嬉しくて、つい気が緩みそうになるけれど──
愛「それで、なんで全員いるんだろ?」
すいっと視線は逸らされ、愛ちゃんが硬い声を出す。
そう。
今は、小さなことに一喜一憂している場合じゃない。
始まってしまったんだから──裁判が。
82ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 19:54:04.60ID:NmoQXQSU
歩夢「えっと、全員いちゃいけないの…?」オズ
果林「楽しいゲームをしようって状況じゃないわけだけど、まるで誰かいない人がいる方がいいみたいな言い方、愛らしくないわね」
愛「……いや、アタシだって、誰も欠けることなく話が終わるんだったらそっちのがいいよ。でも今は、いいとかよくないとかじゃないんだよ。おかしいの」
果林「おかしいって、なにが?」
愛「全員がこの場に普通にいることが、だよ」
歩夢「愛ちゃん、ごめんね、私まだよくわかんないよ…」
愛「だからさ、裁判が始まったってことは、誰かの秘宝が奪われたってことっしょ。りなりーだってそう言ったし」
果林「ええ、そうね。秘宝が奪われたら裁判が開始される、んだったものね」
愛「だったらもうおかしいじゃん。ルールちゃんと思い返してみてよ」
愛「『秘宝を失ったメンバーはその時点で意識を失う』んだよ──?」
ぽむかり「「あっ……!」」
愛「わかった?だから素直にルールに則って考えるなら、裁判に全員が出席することはあり得ないはずなんだよ」
歩夢「そ、そっか…」
83ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 19:58:12.17ID:NmoQXQSU
愛「この点、なにか別の意見がある人、いる?」サッ
シン…
愛「りなりー」
璃奈「なに?」
愛「アタシの認識、なんか間違ってるかな?」
璃奈「ううん、間違ってない」
愛「………」
璃奈「………」
愛「………」ジッ
璃奈「…間違ってないけど、見落としてる点がある」
愛「!」
彼方「み、見落としてる点って…?」
璃奈「………」
彼方「璃奈ちゃぁん…」
かすみ「【特殊能力】、じゃないですか?」
「「「!!!」」」
84ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:02:37.70ID:NmoQXQSU
愛「【特殊能力】、そっか、そんなんがあったね…」
彼方「秘宝を奪われても気を失わない【特殊能力】を持ってる人がいる、ってこと?」
かすみ「さあ、それは知りませんけど。でもりな子が言ったのはそういうことなんじゃないですか?」
しずく「このゲームのルールの中でそんな【特殊能力】を持ってるとしたら、ちょっと強過ぎる感じもしますけど…」
彼方「ち、ちなみに、みんな」
彼方「自分の【特殊能力】がどういうものかって教えてくれたりは…」
シン…
彼方「しない、よねえ。そうだよねえ…」
もし仮に誰かの【特殊能力】が原因でこの状況が成立しているとしたら──それぞれの【特殊能力】がそういうことを成し得るようなものだとしたら、進んで詳細を明かそうとは誰もしないだろう。
正しい戦い方もわからないこのゲームで、唯一与えられた武器なのだから。
とは言っても、このままじゃなにも考えが進まない。
彼方ちゃんが自分の【特殊能力】の詳細を話したら、誰かが続いてくれるかな。
続いてくれなかったら……それでも、私はそんなに不利になるわけでもないし、賭けてもいいかもしれない。
彼方 ゴクリ…
彼方「あのね、彼方ちゃんの【特殊能力】はね──
かすみ「そもそも、【特殊能力】って本当にあるんですかね?」
85ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:06:53.40ID:NmoQXQSU
彼方「え。それ、どういう意味?」
かすみ「そのままの意味ですよ。【特殊能力】って、本当に存在するんですかね」
彼方「えっ、と…」
果林「…さっきみんな一緒に貰ったじゃない。かすみちゃんは貰わなかったの?」
かすみ「貰いましたけど」
かすみ「自分が【特殊能力】を貰ったってこと、誰か証明できますか?『全員』が漏れなく貰ったんだって、誰か証明できますか?」
彼方「ぇ────」
かすみ「りな子が【特殊能力】をくれたとき、自分がどんな【特殊能力】を貰ったのか理解しましたけど、他の人も全員そうだったとは限りませんよね。自分だけが【特殊能力】を貰った、あるいは──『自分だけが貰わなかった』可能性があると思いませんか?」
「「「………!?」」」
愛「そ、そんなんルール上ズルっしょ!不公平じゃん!」
かすみ「みんながみんな同じルールで始まったゲームじゃないじゃないですか、そもそも。彼方せんぱいは秘宝を奪うことも奪われることもない。【特殊能力】に関しても全員が絶対公平な条件だってどうして言い切れるんですか?」
愛「そ、そうだけど…」
86ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:11:00.00ID:NmoQXQSU
果林「でも、貰った人はともかく、あのとき自分がなにも貰わなかったとしたら、その人は不満を言い出すはずでしょう?貰うのが当然な雰囲気だったんだもの」
かすみ「だからこそ、言い出せなかった可能性もあるんじゃないですか」
かすみ「【特殊能力】を貰わなかったのが自分『だけ』だったとしたら、それをみすみす口に出すのはとっても不利な状況になるって、私だったら考えちゃいますけど」
果林「それは……そうかもしれないわね…」
エマ「かすみちゃんは、【特殊能力】を貰わなかったの?」
かすみ「…」ジッ
エマ「…」
かすみ「…言ったじゃないですか。かすみんは貰いましたよ、とっても強そうなのを」
エマ「!」
かすみ「でも、それを誰が本当だって信じられますか?あるいは嘘だって見抜けますか?」
87ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:15:29.98ID:NmoQXQSU
かすみちゃんの視線がぐるりと一周して、誰からも声は上がらない。
もちろん、私もなにも言えない。
【特殊能力】が全員に行き渡っていない可能性。そんなの考えもしなかった。
──そうだ、ルール上は。
当然のように璃奈ちゃんの後ろに鎮座したホワイトボードに目をやる、けれど。
【特殊能力】に関する記述は──ない…
ルールに明記されていればさすがにそれを違えることはないと思ったけど、そもそも【特殊能力】に関する内容は条文として一行も記されていなかった。
この議論が起こることまで見越した上なんだろうか。
ふと、壁の時計が目に入る。
時刻は13時40分。
裁判の時間に関する話もなかったはずだけど、14時には全員が眠りに就く──すなわち事実上の裁判の刻限はそこだ。
それまでに正しい答えを導き出せなければ、私の──敗北──………
88ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:19:48.81ID:NmoQXQSU
すっかり静まり返ってしまった講堂の中、言いようのない視線だけがさまよい合う。
璃奈ちゃんは自分から議論を動かしてくれるつもりはないみたいだし、愛ちゃんも果林ちゃんも、積極的に発言をしてくれたかすみちゃんからもこれ以上出てくる言葉はない様子だ。
場をかき乱されてしまった感じは否めないけど、充分に有り得る可能性に気付いて示唆してくれたことは素直にありがたい。
ここは、私が動かすしかない。
思考は一つも先に進んでなんかいないけど、だからといってこのまま黙っていたって時間切れになるだけ。
なんでもいい、なにか──なにか話さなくちゃ──
彼方「……あのね、みんな。彼方ちゃんが貰った【特殊能力】なんだけどね、」
「私、嘘を見抜けるよ」
「「「!」」」
彼方「え……」
89ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:24:12.44ID:NmoQXQSU
私の言葉を震える声で遮ったのは、
歩夢 ノ スッ…
彼方「あ、歩夢ちゃん…」
歩夢「私…私ね、みんなの言ったことが嘘なのか本当なのか、わかるよ」
愛「歩夢、それってどういう…」
果林「もしかして、それがあなたの…?」
歩夢「………うん、私の【特殊能力】。【真心】っていう名前なんだけど、人の嘘を正確に判別できる能力なんだって」
せつ菜「……!」
かすみ「あ──歩夢せんぱい…ッ!」
愛「な、なに言ってんの歩夢!自分で自分の【特殊能力】バラしちゃうなんて!」
しずく「そうですよ、それがどれだけ不利な行為なのか…」
歩夢「いいの!」
90ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:28:51.48ID:NmoQXQSU
歩夢「私、私だって…叶えたい夢とか、やってみたいこととか、いっぱいあるよ。でも…でもね、だからって、そのためにみんなと争うことなんか、やっぱりできない」
歩夢「このゲームが何日続くのかわからないけど、どれだけ続いたって、誰かから秘宝を奪うなんてこと私には絶対にできない。それだけじゃない…誰かにお願いされたら、自分の秘宝を渡しちゃうと思う」
歩夢「この【特殊能力】だって、隠し持ってたって上手に使える自信なんかないよ。だから、少しでも彼方さんの役に立つなら、私はこうやってこの能力を使いたいの」
歩夢「彼方さん。私の【真心】、今この場で彼方さんに捧げます」
彼方「歩夢ちゃん…っ」
91ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:33:33.59ID:NmoQXQSU
愛「……嘘がわかるなんて、裁判じゃ最強の能力だよ。みんなに向けていくつか質問するだけですぐに真実が判明するもん」
果林「そうね。それを堂々と使える以上、この裁判はもう終わったようなものだわ。彼方、時間もあるでしょう、早くみんなに──」
かすみ「待ってくださいよ!」
彼方「かすみちゃん…?」
かすみ「確かにその【特殊能力】はすっごく強いですけど、歩夢せんぱいの言葉がそもそも嘘じゃないって信じていいんですか!?実は歩夢せんぱいが犯人で、いち抜けしようとしてるのかもしれないんですよ!」
エマ「それだって、有り得ないことじゃないとは思うけど…」
彼方「……かすみちゃん、彼方ちゃんはね」
歩夢「………」ギュ
彼方「歩夢ちゃんの言うことを少しも疑ってないよ」
かすみ「! な、んで…」
彼方「なんでかな~」
彼方「歩夢ちゃんが嘘をついてるとは、思えないんだよね」ヘラ
かすみ「な…っ、んですか、それ…!」
92ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:38:18.88ID:NmoQXQSU
彼方「ここでこんな風にして名乗りを上げられる歩夢ちゃんが、そしてここでこんな風に反論せず黙っていられる歩夢ちゃんが、自分のために嘘をつくなんて思えないんだもん」
かすみ「そんな…無条件に信じるだなんて、裁判とか…奪い合いとか、こんな状況なのに…」
彼方「こんな状況だから、かもね。だってさかすみちゃん、かすみちゃんもわかるでしょ?」
彼方「歩夢ちゃんは、嘘なんかつかないよ」
かすみ「…………………そんなのっ、…………それくらい…わかりますよ……」
彼方「他に、言いたいことがある人はいる?」
シン…
彼方「うん。それじゃ、歩夢ちゃん。お願いしてもいい?」
歩夢「はい」コク
彼方「この中で、誰かの秘宝を奪った人──手を挙げて」
93ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:39:38.99ID:NmoQXQSU
かすみ「──────────…………はい」
94ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:44:46.63ID:NmoQXQSU
せつ菜「かすみさん…っ!」ガタッ
かすみ「あー、いいんですよ、せつ菜せんぱい。こうなった以上、もうどうしようもありませんから。ちぇー…自分で自分の【特殊能力】言っちゃうなんて、ほんとにもう…歩夢せんぱい、だいっきらい…」グス
しずく「かすみさん…」
彼方 チラッ
歩夢 フルフル…
彼方「…かすみちゃんが犯人で、間違いないみたいだね」
かすみ「そうですよ。かすみんがやりました。秘宝を奪いました」ハァ…
果林「先に明らかにしておきたいんだけど、かすみちゃんは誰の秘宝を奪ったの?」
かすみ「それって言わなくちゃいけませんか?裁判で彼方せんぱいが突き止めなくちゃいけないのは『誰が秘宝を奪ったか』ですよね。かすみんが犯人なのは間違いないんだから、言わなくてよくないですか?」
果林「なにそれ。秘宝を奪った相手を庇うってこと?」
かすみ「庇うとかじゃありませんけど、わざわざ言う必要はないというか…」
果林「それはそうだけど、今の状況はルール上おかしいのよ。今回の件の全貌を明らかにしておかなくちゃ、明日も戦いは続くんだから」
かすみ「頑張ってくださいよ。どうせかすみんはここで敗北する身ですから関係ない──」
果林「かすみちゃん、あなたねえっ…!」
せつ菜「やめてください!!」
95ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:48:32.13ID:NmoQXQSU
せつ菜「かすみさんが奪ったのは、私の秘宝ですよ。果林さん」
果林「! せつ菜の…?」
かすみ「せ、せつ菜せんぱい!なんで言っちゃうんですか…!」
せつ菜「いいんですよ、かすみさん。あなただけが悪者扱いされるのは面白くありませんから」
かすみ「でも、だって…」
果林「名乗り出たってことは、教えてくれるのよね?なぜせつ菜は秘宝を奪われたのに裁判に参加できているのか」
せつ菜「もちろんですよ」
せつ菜「当然、私の【特殊能力】が理由です」
せつ菜「私の【特殊能力】は【二面性】──人格を二つ持つという能力でした」
96ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:52:39.34ID:NmoQXQSU
果林「人格を二つ持つ…?」
せつ菜「はい。璃奈さんから秘宝を受け取ったとき、皆さんが一つずつなのに対して、私だけこっそり二つ受け取ったんです。なぜだろう、その疑問は【特殊能力】を受け取って明らかになりました」
せつ菜「【二面性】が発現すると同時に、私の中の『菜々』と『せつ菜』がはっきりと分かれたんです」
彼方「……あっ、そっか。ルールは『一人格一つずつ「秘宝」を持つ』、つまり…」
せつ菜「そうです、人格が二つあるということは秘宝を二つ持っていられるということ。秘宝を持つのが『一人一つずつ』ではないことが、ここで活きていたんです」
せつ菜「厳密には、私の中の『せつ菜』か『菜々』か、どちらか片方しか表には出ることができず、秘宝もそれぞれ表に出ている人格のものだけが実体を持つという仕様でした。かすみさんに『菜々』の黒い秘宝を渡すと同時に『菜々』の人格は消滅し、それから二度と呼び出すことはできなくなりましたが──」
せつ菜「それでも私『せつ菜』は健在、赤い秘宝も当然持っているので、こうして五体満足でゲームに参加し続けていられるというわけです」
かすみ「……なんで、全部言っちゃうんですか。せつ菜せんぱいのばかぁ…」
愛「待って。そしたら今のせっつーは、」
せつ菜「はい。もうなんの【特殊能力】も持たない〈レベル0〉になってしまいました」ニッ
「「「………!!」」」
97ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 20:57:13.44ID:NmoQXQSU
かすみ「なにっ、堂々と、そんなことまでバカ正直に言っちゃってるんですか!なんの脅威もないってバレちゃったら、真っ先に狙われちゃうじゃないですか!」ポコポコ
せつ菜「はっはっは。私、隠し事はニガテなので!」
かすみ「二面性がよく言いますよ!」
彼方「…ねえせつ菜ちゃん、今の話を聞いた感じ、せつ菜ちゃんは全部わかった上でかすみちゃんに協力したってこと…?」
せつ菜「そうですよ」
98ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 21:01:10.59ID:NmoQXQSU
──かすみ「ねえ、せつ菜せんぱい」
──せつ菜「なんですか?」
──かすみ「せつ菜せんぱいの能力──【二面性】って、どんな能力なんですか?」
──せつ菜「…! なぜ、それを…?」
──かすみ ジッ…
──せつ菜「…読んで字のごとく、人格を二つ持つという能力ですよ。今かすみさんとお話ししている『せつ菜』と別に、私の内側に『菜々』というもう一つの人格がいるんです。それに伴って、」
──せつ菜 っ赤い秘宝 キラキラ…
──菜々 っ黒い秘宝 キラキラ…
──せつ菜「秘宝も二つ持っています」
──かすみ「……嘘ついたりごまかしたり、しないんですね」
──せつ菜「ははは…私、隠し事はニガテなので」
──かすみ「それにしたって、人格入れ替えて秘宝二つとも見せちゃうなんて、人が良すぎますよ」
──せつ菜「かすみさんを相手に悪人を演じる必要もないでしょう?」ニコッ
──かすみ「……っ」
99ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 21:05:21.06ID:NmoQXQSU
──せつ菜「私からも質問させてください。なぜ、私の【特殊能力】を?」
──かすみ「もちろん、かすみんの【特殊能力】のおかげですよ。【小悪魔】って能力なんですけど、全員の【特殊能力】がわかるんです」
──せつ菜「それは強いですね…!」
──かすみ「そうですかね。みんなの手の内がわかったからといって、所詮それだけ。かすみん自体は結局なんの【特殊能力】も持ってないってことですよ、こんなの。駆け引きくらいにしか使えないのに、…仕掛けたせつ菜せんぱいはあっさり全部言っちゃうし、……どうしろっていうんですか…」
──せつ菜「ああっ、すみません!駆け引きを迫られていただなんて気付かずに、私…!」
──かすみ「もういいですってば。わかった上でされる駆け引きなんか意味ありませんし…」
──かすみ「………こんなんじゃ、優勝することなんて絶対できない…………」グス…
──せつ菜「かすみさん…」
──せつ菜「……だったら、僕の顔をお食べ──じゃない、私の秘宝を奪ってください!」
──かすみ「え…!?」
100ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 21:09:52.50ID:NmoQXQSU
せつ菜「秘宝を奪われた人は裁判に参加できない。どんな状況であれ、そこから犯人を特定するためのヒントは少しずつ漏れていき、やがて犯人に辿り着く可能性は高い」
せつ菜「でも、そもそも『誰が秘宝を奪われたのかわからなければ』。どこから推理を展開していけばいいか、その足掛かりを探すところから必要になります。ゲームが始まったばかりで全員の手際が最も悪いこの初回でこそ、そのアドバンテージは秘宝を奪った人に対して強く有利に作用する」
せつ菜「私が秘宝を奪われる側になれば、その状況を作り出すことができる。だから私は、かすみさんにそれを提案したんです。──かすみさんが勝利できるように」
果林「わざわざ進んで他人を勝たせようとしたってこと…?」
せつ菜「私だって夢や目標はあります。ですが、肝心の私自身がコピーだというのなら。その夢や目標をもっと大きな熱量で持っているはずのオリジナルに託すことにそう抵抗はありません。だから私はかすみさんから『本気』を感じたとき、協力することに躊躇いはありませんでしたよ」
せつ菜「この異常な閉鎖空間の中で、かすみさんが最も強く──『未来』を見ていましたからね。私は、その気持ちを後押しすることに決めたんです。……結果的に敗れてしまって、サポーターとしては不甲斐ないばかりですが…」
かすみ「そんなことないですっ!!」
かすみ「自分がニセモノだって聞かされて、頭の中ぐちゃぐちゃになって、どうしたらいいのか、どうしたいのか、なんにもわかんなくなってたかすみんに……せつ菜せんぱいは手を差し伸べてくれました。壊れちゃいそうな心を優しく受け止めてくれて、しかも…っ、自分の秘宝を犠牲にしてまで勝たせようとしてくれたんです」
かすみ「不甲斐ないだなんて、そんなことっ………感謝しか、ありませんよぉ……!」
せつ菜「かすみさん…」ギュ
かすみ「ごめんなさい、ごめんなさい…せつ菜せんぱい。なにもかも投げ出して力を貸してくれたのに、私…勝てなくて、……わたしっ…!」
せつ菜「そんなことを謝らないでください。私もきっと明日には物言わぬ電子データになります。身体はなくとも、声は出なくとも、一緒にスクールアイドルの頂点を目指し続けましょう。いつか、いつか…本当の世界でまた一緒に歌えることを信じて」
かすみ「うわぁぁぁん…………うわぁぁぁぁぁぁぁん……っ」
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101ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 21:14:41.44ID:NmoQXQSU
彼方「最終判決。──今日の秘宝の奪い合い。犯人は、かすみちゃん」
璃奈「正解」
璃奈「これで今回の裁判、彼方さんの勝ち。かすみちゃんはゲームから追放される」
璃奈「彼方さん、すごい。考えられる限り最悪の状況から見事勝ってみせた」
璃奈「みんな、これで一日の流れはだいたいわかったと思う。明日の13時になったらまた一日が始まるから…」
かすみ「せつ菜せんぱいだけ【特殊能力】がバレてるの、不公平ですよね」ボソ
せつ菜「え?まあ、多少やりづらくはありますが、どっちみち無能力〈レベル0〉ですし…」
かすみ「私、みんなの【特殊能力】全部知ってるんだよ!さっきはあんなこと言ったけど、【特殊能力】は全員がちゃんと貰ってて、最初からなんにも貰わなかった人はいないの!」
せつ菜「か、かすみさん!それは…」
かすみ「歩夢せんぱいは【真心】、人の嘘を見抜く能力です。あ、でもエマせんぱいは パチン
かすみ ……バタッ
璃奈「いけない。ゲームに負けた人を『追放』するの、忘れてた」
せつ菜「か……かすみさん!!」ガバッ
せつ菜「璃奈さん…!」キッ
102ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 21:19:20.87ID:NmoQXQSU
璃奈「今のはかすみちゃんが悪い。ゲームに敗北したプレイヤーが盤の外から余計なことを言うのはフェアじゃないから」
せつ菜「だからって、こんな乱暴なやり方…っ!」
璃奈「特別乱暴にしたわけじゃない。秘宝を奪われて気を失うときも、明日以降の裁判で負けた人も、同じようにそうする」
せつ菜 ギリッ…
璃奈「じゃあ、間もなく14時になるから。無理やり移動させられたくない人は、部屋に戻っておいた方がいいと思う」
果林「…今さらそんな些事にはこだわらないわよ」
璃奈「彼方さん、みんな。明日もよろしくね」
璃奈「──これにて閉廷。お休みなさい」
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103ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 21:22:49.26ID:NmoQXQSU
「…ねー、なんでこんなことしたん?」
「イヤだった?」
「イヤ…じゃ、ないけどさ。アタシは今のままで……今までのままでも、よかったよ」
「………………それ、せっかくなら有効活用した方がいいと思う」
「あー……そっか、そうだね…………あー…」
…
……
………