107ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 22:48:29.36ID:NmoQXQSU
*
翌日。
午前の授業が終わって急いで部室へ向かうと、璃奈ちゃんがすでにログインの準備を済ませてくれていた。
昨日、初日の裁判を終えて『虹箱』からログアウトした私は、目を開いてまず始めに映り込んだ璃奈ちゃんの顔を見て「うわ」と失礼な反応をしてしまった。
そこにいるのはもちろん璃奈ちゃんで、お手製の『璃奈ちゃんボード』で顔を隠すこともせず、真っすぐに私を覗き込んでいた。
「遅かったね」
気を悪くすることもなくそう言う璃奈ちゃんに、でも、ほっと息を吐いて寄りかかるような気にはなれず、
「明日の昼休みもログインするね」
とだけ伝えて、私はそそくさと部室を後にした──
そして今。
私の様子からなにかを感じ取ったのか、聞きたいことはたくさんあるだろうに、
「気をつけて」
それだけ呟いた璃奈ちゃんの輪郭を視界にゆらゆらと残して──私は意識を失った。
………
……
…
……そして、ぶつ切りにされたばかりの意識がじわじわと戻ってくるのを感じる。
108ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 22:52:18.90ID:NmoQXQSU
二日目…
『虹箱』内、彼方の部屋
彼方「ん…」
お昼寝から自然に目を覚ましたときのようなすっきり感はないながら、頭がぼーっとするわけでもない。
限られた時間の中でしゃきしゃき動かなくちゃいけないからそれは助かるけど、せめて起きてから紅茶を一杯飲むくらいのインターバルは欲しいなあ──なんて考えていると、
果林「やっと起きた。おはよう、彼方」
彼方「あれ、果林ちゃん…?」
果林「なかなか起きないものだから心配したのよ。もうしばらく起きなかったら誰かを呼びにいこうと思ってたところ」
彼方「えっと、心配かけて、ごめんね…?」
ベッドの脇で姿勢よく座って微笑む果林ちゃんと目が合った。
109ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 22:56:15.29ID:NmoQXQSU
彼方「今、何時?」
果林「13時5分よ。私は13時きっかりに目が覚めてすぐにここを訪ねたんだけど、彼方が眠ってるから……ああ、ログインしないと目を覚まさないんだったっけ」
彼方「うん、そうだったと思う~」
果林「なんだ、そういうことなら心配しなくてよかったわね」ホッ
彼方「果林ちゃんってば心配性なんだから~。あ、起こして」
果林「はいはい、掴まって」ンショ…
彼方「──起きた~」テテーン
果林「えらいえらい」
彼方「へへへ…」
110ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:00:15.68ID:NmoQXQSU
彼方 (──どういうこと?)
彼方 (これは、どう考えたらいいんだろう)
彼方 (ここ、間違いなく『虹箱』の彼方ちゃんの部屋だよね?……うん、間違いない)
彼方 (どうして、起きた時点で部屋の中に果林ちゃんがいるの?)
彼方 (果林ちゃんは──どうして彼方ちゃんの部屋にいるの……?)
彼方 (…………わかんないけど大丈夫だよね。だって彼方ちゃんは…)
彼方「…果林ちゃん、
愛「カナちゃーーーーんっ、生きてるかーーーー!?」バーーーンッ
かなかり「「ひゃあああっ!?」」ビクッッッ
彼方「あ…愛ちゃん」
愛「カナちゃん元気?熱とかない??」サワサワ ペタペタ
果林「もうっ愛、びっくりするじゃないの!」
愛「あれ、カリンもいたんだ?カナちゃんも元気そうだね、よかったよかった」
彼方「よくないよ、心臓止まっちゃうかと思ったよ~…」
111ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:04:44.64ID:NmoQXQSU
愛「カナちゃんのことだから、起こしにいかないと裁判が始まるまで寝ちゃってるんじゃないかと思ってさ~。居ても立ってもいられなくて、超速で駆け付けちゃったよ」アハハ
果林「愛ったら、ルールにもあったでしょう?彼方はログインすると同時に起きるのよ」
愛「あ、そだっけ。なーんだ、無用な心配だったかー」
果林「もう、そそっかしいんだから…」
彼方「…果林ちゃんも同じこと心配して来てくれたんだよね?」
愛「!」
果林「か、彼方!言わなくていいじゃないの!」
愛「カリンってばズルいぞー!愛さんばっかりそそっかしいみたいに言って~!」
彼方「あはは…」
112ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:08:34.67ID:NmoQXQSU
彼方 (──愛ちゃんまで)
彼方 (すんなり入ってきた。当然のように)
彼方 (扉を開けるのに苦労した様子もなかった)
彼方 (別に「入ってこないでほしい」とは思ってないけど、反対に入ることを許可してもいないのに)
彼方 (わざわざ実際の教室に出向いてまで実演して見せてくれた、あのルールに則って考えるなら、有り得ないはず。なにか…)
彼方 (なにか、勘違いをしてる…?)
彼方 (だって、こんなにあっさり部屋に入ることができちゃったら────)
果林「……かすみちゃん。いなくなっちゃった、のね」
彼方「!」ハッ
愛「…かすみん…」
113ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:12:43.88ID:NmoQXQSU
考え事をしている間に話題が及んだのか、二人が小さな声でその名前を口にした。
かすみちゃん。
私が知っている、春から時間を共にしてきたかすみちゃんとは違う。
あのかすみちゃんと私に、お互いに共有できる想い出なんかきっと一つだってなかった。
それでも昨日あの場にいたのは紛れもなくかすみちゃんだったし、果林ちゃんや愛ちゃん、他のみんなが過ごしてきた時間に嘘はない。
かすみちゃんは、未来を願っていた。
自分が自分であることに誇りを持っていたし、その誇りを守るためにできることをした。
それなのに、終わりは呆気なかった。
あんなにも本気で生きようとした人の終わりが、──あんなにも無情で淡泊だなんて。
初日の混沌の中、せつ菜ちゃんという味方をつけた。
せつ菜ちゃん自身がとても賢くて強い人だし、持っていた【特殊能力】も申し分なかった。なによりもあの状況下で『一人きりじゃなかった』ことが、どれほどの力になっただろう。
でも──それでも、かすみちゃんは勝てなかった。
『嘘を見抜く』なんて強力な【特殊能力】があの場に存在したこと。
そして、それを惜しげなく明かすことができる人がいたこと。
それが、かすみちゃんが勝てなかった理由。
つまり、歩夢ちゃんの勇気がなかったら昨日の時点で決着がついていた。
──私は、負けていた。
114ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:16:51.21ID:NmoQXQSU
昨日の裁判は、「かすみちゃんの敗北、彼方ちゃんの勝ち」という形で終わったけれど、私はなにをした?
愛ちゃんに励まされて、歩夢ちゃんに救われて。
そんな情けない有様でおろおろしていただけなのに、かすみちゃんの未来を奪ったんだ。
今日も、明日も、そんな風にして誰かの未来を奪っていく。
そうしないと私の未来が奪われるから。
昨日みんなに誓ったことは嘘じゃない。
あの気持ちも、言葉も、決して嘘じゃない。
それでも考えてしまう。
──果林「私のこの想いは許されないものなの?友人の人生と天秤にかけて苦しまなければならないほどのいけない願いかしら!?」
私は、八人もの友人の未来を奪って生きていくほどの価値を、持っているんだろうか────。
彼方「……彼方ちゃんは、どうしたらいいの…」グ…
115ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:20:53.02ID:NmoQXQSU
果林「……彼方?」ハッ
果林「どうしたの、彼方!頭が痛むの!?」
愛「カナちゃん、大丈夫!?」
彼方「あっ……う、ううん。なんでもないよ、ちょっと眠くてふらっとしただけ」エヘヘ
果林「そ、そうなの?それならいいんだけど」ホッ
愛「も~、びっくりさせないでよカナちゃあん…」ヘナ
彼方「あはは、ごめんごめん」
つい頭を抱えてしまった私を、具合が悪いのだと心配してくれたらしい。
二人して大袈裟に気遣ってくれた後、なんでもなかったとわかると心底ほっとしたように息を吐いた。
116ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:24:46.85ID:NmoQXQSU
彼方 (果林ちゃんも愛ちゃんも、優しいなあ)
彼方 (向こうでもこっちでも全然変わらないや。こんなに変わらないと、もしかして春から積み重ねてきた想い出や時間も全く同じなんじゃないかと思っちゃうよ)
彼方「────」
彼方 (……戦いたくなんかないな、この人達と)
それは、目の前にいる二人のことだけじゃない。
歩夢ちゃんと、せつ菜ちゃんと、しずくちゃんと、エマちゃんと、…璃奈ちゃんと。
このゲームを仕組んだのは璃奈ちゃん。
かすみちゃんを失ってしまった今からそんな風に動くのは、遅かったって言わざるを得ないけど。
見ず知らずの相手でもなければ、意思のないロボットでもない。
相手が璃奈ちゃんなら、話し合うことができる。
もう一回ちゃんと話し合って、こんな風に傷つけ合うんじゃないやり方を探せないかな。
117ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:28:51.12ID:NmoQXQSU
私達だからできる解決がある。
私だからできる解決があるはずだよね。
なんてったって私は、本物の璃奈ちゃんと話すことだってできるんだから──
璃奈『みんな、聞こえる?五秒後に講堂に転移する』
どこからともなくそんな声が響いた。
璃奈『秘宝が奪われて、かつ十五分が経過した。裁判が開始される』
彼方「…………そん、な……」
──────
────
──
118ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:32:37.37ID:NmoQXQSU
講堂
宣言の通り、数秒の後に私達は講堂へと移動した(ワープって言うのかな)。
直前どんな姿勢だったか忘れちゃったけど、きちんと椅子に座る形での移動。
膝を打っちゃったりしない配慮はありがたいけど、それってつまりこんな小さなことまで思いのままってことだよね…
座る椅子は昨日と同じ、ちょっと居心地の悪い特等席。
向かいにはずらりとみんなが並んで座っていて、でも、かすみちゃんだけがいない──違う。
反射的に、一度目を逸らした璃奈ちゃんの方に視線を寄越す。
彼方「──歩夢ちゃん!!」
愛「歩夢!」ガタッ
果林「歩夢……っ」
お行儀よく椅子に座る璃奈ちゃん。
その足元には、目を閉じて横たわる歩夢ちゃんの姿があった。
119ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:36:20.88ID:NmoQXQSU
彼方 ガタ フラ…
彼方 ソッ…
彼方「あゆむ、ちゃん」
覆い被さるようにして顔を覗き込む。
まぶたはぴくりとも震えなくて、眠っているようには、見えなかった。
すぐに愛ちゃんが駆け寄ってきて隣で歩夢ちゃんに寄り添う。
愛「あ、歩夢……どしたん?なんで、そんな……床に寝転がったら、汚れるっしょ…」
悲痛な声色に胸がぎゅうっと締め付けられる。
そして、ふと視界の端で微動だにしない両足に気付く。
顔を上げると、その主はもちろん璃奈ちゃんで。
じっと私達に──物言わぬ歩夢ちゃんに視線を落としていた。
ひやりとした汗が背筋を伝った。
120ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:40:04.15ID:NmoQXQSU
彼方「ね……ねえ、璃奈ちゃん」
璃奈「なに?」
彼方「歩夢ちゃん、寝てる…わけ、じゃ、ないよね…」
璃奈「うん」
璃奈「意識を失ってる。秘宝を奪われたから」
彼方「そ、そっか…」
璃奈「うん」
彼方「…………なんで…」
なんで。
誰よりも、一番近くにいたのに、そんな。
そんな風に、手を差し伸べることなく座っていられるの……?
彼方「……璃奈、ちゃん。あのさ、」
愛「りなりー、歩夢運ぶけどいいよね?」
121ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:44:02.10ID:NmoQXQSU
璃奈「運ぶってどこに?」
愛「どこでもいいよ。後ろの椅子とか、余ってるやつ使っていいっしょ?それとも秘宝を奪われたら裁判中は床に寝転がってなきゃいけないなんてルールでも追加する?」
璃奈「…ううん。いいよ」
愛ちゃんは、すごく冷静な声で言った。
でも、一瞬だけ璃奈ちゃんに向けた目は──なんだかとても悲しそうに見えた。
愛「カナちゃん、手伝って。歩夢運ぼ」
彼方「あ、うん。よいしょ……」グ
愛「歩夢、こんなに細いのに。意識のない人間は重いんだって、ホントなんだね…」
彼方「…重いなんて言っちゃ失礼だよ。ねえ、果林ちゃんも手伝ってくれない?」クル…
果林「…………ええ、もちろん」スッ
振り向いたとき、果林ちゃんは顔こそこっちに向けていたけれど、私達の方なんか見ていなくて。
隠す様子もなくひそめた眉の下、なにか言いたそうに投げかけていた視線。
私の応援要請に、一瞬だけ瞳を伏せてから、すぐに駆けつけてくれた。
122ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:49:15.78ID:NmoQXQSU
愛「……よし」
みんなの輪から少し離れた位置で、椅子をいくつか並べて、その上に歩夢ちゃんを寝かせる。
決して心地よくはないだろうけど、床よりはマシになったよね。
返事をしてくれるはずもない歩夢ちゃんの顔を見つめていると、胸が苦しくなってくる。
……頭を切り替えて、裁判に臨まなくっちゃ。
こうして歩夢ちゃんが意識を失って、裁判が開始された。
璃奈ちゃんもはっきり言った──秘宝が奪われた、と。
その犯人を、見つけなくちゃいけないんだ── ポン…
愛「カナちゃん」
123ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:52:42.55ID:NmoQXQSU
肩に手を置かれて、自分の身体にどれだけ力が入っていたか気付く。
ありがとう、そう言おうとして見上げた愛ちゃんの表情はすごく強張っていて。
真っすぐに向けられた視線の先を追うと、数歩先で、果林ちゃんの後ろ姿があった。
まるで私達のことなんか眼中にないような様子で、腕を組んで、向かい合うのは──
果林「歩夢の秘宝を奪ったのは誰なの?」
彼方「ぇ……」
すぐ隣に座る璃奈ちゃんにさえ目もくれずに、果林ちゃんは言い放つ。
果林「まさかとは思うけど、全員で共謀したなんて言うのかしら。せつ菜、しずくちゃん、…それにエマ」
──まだ一言も発しないままの三人だった。
124ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:56:18.31ID:NmoQXQSU
しずく「……心外です、果林さん」
果林「心外?なにが?」
しずく「私が穿った捉え方をしてしまったのなら謝ります」ペコ…
しずく「どうも、歩夢さんの秘宝を奪ったのが私達三人のうちの誰かであると言っているように聞こえてしまったんですけど」…キッ
せつ菜「し、しずくさん…」
果林「……あら」
果林「思い違いをさせてしまったらいけないわね、きちんと言い直すわ」フゥ…
せつ菜「果林さん」ホッ…
果林「私は、あなた達三人のうち、誰が歩夢の秘宝を奪ったのかって質問したのよ。しずくちゃん、せつ菜、エマ」…ギロ
彼方「か、果林ちゃん…!」
歩夢ちゃんを運ぼうと私が呼びかけたとき、その視線は、鋭く三人を貫いていた。
果林ちゃんは、しずくちゃん達を疑っているんだ。
125ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/10(木) 23:59:25.83ID:NmoQXQSU
エマ「果林ちゃん」ガタ
エマ「どうして、私達にそんなことをきくの?」
エマ「…ううん、きくのはいいよ。果林ちゃんが犯人じゃないなら当然だもんね。でも、それじゃどうして愛ちゃんにはきかないの?」
エマ「どうしてしずくちゃんとせつ菜ちゃんと私『だけ』にきくの?」
果林「わからない?簡単なことよ」
果林「愛は、この裁判が始まるまで私と彼方と一緒にいたんだもの」
エマ「! 彼方ちゃんと、一緒にいたんだ…」
果林「そう。璃奈ちゃんが『秘宝が奪われた』って言ったとき、私達は三人で彼方の部屋にいたの。だから、私達はお互いがお互いに──」
果林「……ううん。私と愛の潔白を、他でもない彼方が保証してくれるわ」
彼方「!」
果林「そうでしょう、彼方」
彼方「う、うん…そう、だね。確かに、果林ちゃんも愛ちゃんもずっと彼方ちゃんのお部屋にいた、よ」
果林「わかるわよね?このゲームで最も中立的な立場である彼方の保証が、どういう意味を持つか」
エマ「………」
せつ菜「ま、待ってください」
131ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/11(金) 08:27:59.25ID:Dc9V1hN/
せつ菜「そういうことをおっしゃるのなら、私達は私達がお互いに無罪の証人です!」
果林「どういうこと?」
せつ菜 チラ…
しずく …コク
エマ コクン…
せつ菜「…私達も、三人で一緒にいたんです。裁判が始まる直前まで」
彼方「そう、なんだ」
しずく「そうなんです。だから、彼方さんの保証には及ばないかもしれませんが、私達もお互いがお互いに無実であることを保証できます」
彼方「…だったら、また、複雑なお話になるね。歩夢ちゃんの秘宝を奪えるとしたら、起きてから他の人と合流するまでの短い時間か、じゃないとしたら…これも誰かの【特殊能力】……」
愛「そんなに複雑な話じゃないかもよ、カナちゃん」スッ
彼方「え?」
132ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/11(金) 08:31:12.32ID:Dc9V1hN/
愛「だからさ、カリンが言ってるのは最初からそういうことっしょ」
果林「…ええ。さすが愛ね」
しずく「なんですか。なにが言いたいんですか?」
愛「しずく。せつ菜に、エマっちが」
愛「三人で結託して歩夢の秘宝を奪ったって可能性があるわけじゃん」
彼方「………!」
しずく「本気で言ってるんですか…?」
愛「本気もなにも、論理的に考えていけばそうなるって話だよ。アタシ達が犯人じゃないことはわかってて、それなのにしずく達もお互いを庇い合う。だったら、一番しっくり来るのは『口裏を合わせてる』ことでしょ」
しずく「どうして愛さん達が完全に潔白な前提でお話が進むんですか!」
果林「何度も言わせないでよ。私達は彼方と一緒にいたの。彼方が特定の誰かを庇うために口裏を合わせるなんて、このゲームのルール上で考えられる?」
しずく「そんなのは私達だって同じですよ!いずれ一人しか残らないというのに、どうしてお互いに庇い合わなきゃいけないんですか!」
果林「そんなの知らないけど。なにか取引でもしたんじゃないの?」
しずく「なにか取引って、そんな…」
せつ菜「無茶苦茶な…」
133ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/11(金) 08:34:23.33ID:Dc9V1hN/
果林「無茶苦茶でもなんでも。『彼方の主観的な事実』として、歩夢の秘宝を奪ったのはあなた達のうちの誰かというのは揺るぎようがないでしょう」
しずく「それは……」
彼方「…彼方ちゃんの、主観的な…事実……」
そう。
そうか。
この裁判で、誰の目から見ても間違いない客観的な事実よりも優先されるもの。
それは──私の認識。
他の全員がどう思ったとしても、最終的に答えを決めるのは私。
ってことは、言い換えれば、………私にさえ信じ込ませればそれが真実になる。
それが嘘だった、間違いだったと気付くのは、ゲームに敗北したときだ。
彼方「……………っ」
134ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/11(金) 08:37:42.07ID:Dc9V1hN/
私を背に庇うようにして立つ果林ちゃんの後ろ姿が、ぐにゃりと歪む。
いやだ──いやだ────疑いたくなんかない──────でも。
私は約束したんだもん。
このゲームに勝利して、本物の璃奈ちゃんに全てを話してお願いする。
そのためには、絶対に勝たなくちゃいけない。
最後の一人になるまで、たとえ、ここでお友達の気持ちを裏切ることになったとしても。
彼方「………みんな」
彼方「本当に、今日の裁判が始まるまで、ずっと誰かと一緒にいた?」
しずく「え…」
彼方「ごめんね、果林ちゃん。私、果林ちゃんが心配して一番に駆けつけてくれたの、本当に嬉しかったよ。そんな果林ちゃんのこと、自分の気持ちのまま全部信じられたらって思う」
果林「彼方…?」
彼方「でも、この裁判では私の主観がなにもかも左右しちゃうんだとしたら、私は……全部を知ろうとしなくちゃいけないと思うの。時間が許す限り、全員のお話を聞いて、自分の認識できてないことを一つでも減らさなくちゃいけない」
彼方「だから、まだ結論は出せない」
彼方「しずくちゃん、せつ菜ちゃん、エマちゃん。それに、果林ちゃんと愛ちゃんもまだ犯人の候補からは外せない──!」
135ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/11(金) 08:40:49.52ID:Dc9V1hN/
果林「少し、悲しいけど」
果林「いいわ。ゲームのルール上、彼方が納得しないんじゃ仕方ないものね」フゥ…
彼方「…果林ちゃん、」
果林「いいのよ、彼方。あなたの立場を思えば当然のことだもの。私は自分が犯人じゃないってわかってるから、あなたに全面的に協力する。私だって、自分の身を守るために罪のない仲間を犯人にでっち上げたいわけじゃないんだから」スッ
果林「ごめんなさいね、熱くなっちゃって。とりあえず、みんな座りましょう。愛も」
愛「あ、うん」
お互いに視線を交わしながら、それぞれ自分の椅子に座り直す。
果林ちゃんにしては珍しく熱くなっていたように思う。
でも、昨日、ゲームが始まる前に──果林ちゃんは泣いたんだ。
ほんのささやかな望みを叶えたい、その気持ちがそんなにいけないことか、って。
果林ちゃんはクールに見えるけど、決して冷たいわけでも冷めてるわけでもない。
腕を組んでじっと目をつぶっている今、なにを考えてるんだろう──
136ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/11(金) 08:43:57.70ID:Dc9V1hN/
彼方「……えっと、それじゃ、改めて今日起きてから裁判までみんながどんな風にしてたか、教えてもらえる?」
せつ菜「…では、私から」ノ
せつ菜「私は目を覚ましてから、すぐに歩夢さんのお部屋へ行きました。おそらくですが、最も早く歩夢さんのお部屋に行ったのは私です。なんといっても隣ですから」
彼方「せつ菜ちゃんは、どうして歩夢ちゃんのお部屋に行ったの?」
せつ菜「心配だったから、です」
せつ菜「歩夢さんは、昨日の裁判で目立ってしまいましたから。それに強力な【特殊能力】を持っていることも明らかになったので、その…標的に、されるのではないかと思って」
せつ菜「目を覚ましてから私が部屋を出るまで、歩夢さんのお部屋や廊下から物音はしなかったと思います。そもそもお部屋に入って秘宝を奪って逃げ出すというような時間もなかったと思いますし、…そんな騒ぎに気がつかないほど耄碌しているとも思いたくありません」
彼方「なるほど…」
せつ菜「何度かノックをして呼びかけたんですが、しばらくお返事がなくて。そうこうしているうちにエマさんとしずくさんが駆けつけてくださって、それからは裁判開始まで一緒に歩夢さんのお部屋の前にいました」
しずく「私の部屋は、歩夢さんの部屋の真下ですから。目を覚ましてからしばらく部屋にいたのですが、せつ菜さんが歩夢さんを何度も呼ぶ声が聞こえてきたので、私も向かったんです」
エマ「うん、私も…しずくちゃんとおんなじだよ」
彼方「……」
彼方 (話に変なところはない、けど。これだけ聞くと──)
137ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/11(金) 08:47:06.15ID:Dc9V1hN/
果林「…こんなことを言うのもなんだけど、それだけ聞くと、もう一番怪しいのはどう考えたってせつ菜じゃない?」
彼方「か、果林ちゃん」
果林「あなたもそう思ったんでしょ?だって、エマ達と合流するまで実質歩夢と二人きりだったって証言したようなものよ。なにもなかったなんて保証のしようがない」
せつ菜「そう言われてしまうと、反論のしようがないのが本当のところですね…」ハハ…
果林「これ、他の人の話って聞く必要あるかしら」
彼方「え?」
果林「だって、それからエマとしずくちゃんが合流して、裁判までずっと三人でいたっていうんでしょう?だったらもう、考えることも残ってないくらい答えが明白だと思うんだけど」
愛「……犯人がせっつーだ、って?」
果林「ええ」コク
しずく「ちょ──ちょっと待ってください!本気でそんなこと言ってるんですか!?状況が少し怪しいというだけで、そんな…!」
果林「逆に訊くけれど、しずくちゃん。どうしてそんなにせつ菜を庇うの?だけって言うけど、この環境で『状況が怪しい』って、それ以外になにか必要な要素がある?」
しずく「だってっ…本気で思うんですか?せつ菜さんが、自分の目的のために歩夢さんを傷つけるような真似をする人だと!私達、仲間ですよ!?」ガタッ
果林「へえ」
138ぬし ◆z9ftktNqPQ (帝国中央都市)2022/03/11(金) 08:50:22.65ID:Dc9V1hN/
果林「だったら、自分の目的のためにせつ菜を傷つけるような真似をしたかすみちゃんは仲間じゃなかったって、そうとでも言いたいの?」
しずく「────………っ!!」キッ…
彼方「果林ちゃん!」
せつ菜「果林さん、昨日のことは私がかすみさんに提案したんだと、そう言いましたよね?」
果林「……そうだったわね。ごめんなさい」
せつ菜「しずくさん、庇ってくださってありがとうございます。座ってください」
しずく「はい…」
果林「しずくちゃん」
果林「積極的に仲間を傷つけようとすることを、決していいことだって言うつもりはない。でも、今の状況を考えてよ。そうしたことがまるで『悪』みたいに言うのは、……一生懸命だったかすみちゃんを侮辱するのと同じことよ」
しずく「………っ…」
せつ菜「果林さん…」