璃奈「ねえみんな。ゲームしよう」 1

6ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 21:29:28.74ID:gNbk3Ma2

………
……


昼休み
ニジガク校舎棟、同好会部室


「………さん、かなたさん……、おきて…起きて……!」

彼方「んん…?」

彼方「あれ、璃奈ちゃん?どうしたの…?」ムニャ

璃奈「彼方さんにお願いしたいことがあって捜してた。なにも聞かずに『うん』って言ってほしい」

彼方「璃奈ちゃんのお願い事を聞くのはもちろんいいんだけど、そうやって促されると不安になるからやめた方がいいかもね~。なにかあったの?」

璃奈「なにから話せばいいんだろう」

彼方「落ち着いて。ちゃんと聞くからゆっくりでいいよ」ポン

璃奈「ゆっくりだとあんまりよくない」フルフル

彼方「ますます不安になってきたぞぅ」

璃奈「こっちに来て」

彼方「はいはい」

 

7ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 21:32:53.57ID:gNbk3Ma2

パソコン画面『虹箱』


彼方「これは?ゲームの画面みたいだけど…」

璃奈「そう。これは私が開発してる途中の箱庭ゲーム、『虹箱(ニジバコ)』のタイトル画面」

彼方「璃奈ちゃん、ゲームなんか開発できるんだ~。スクールアイドルをさせておくにはもったいない才能だねえ」

璃奈「褒められると照れちゃう」璃奈ちゃんボード『よせやい』

璃奈「って、そういう場合じゃない」

彼方「お願いしたいことってこのゲームのこと?悪いけど、彼方ちゃんはプレイ専門だからあんまり開発の役に立つようなアドバイスはできないと思うよ」

璃奈「そうじゃない。端的に言うと、彼方さんにはこのゲームの中に入ってほしい」

彼方「ああ、デモプレイってこと?いいよ、こういうのんびりしたゲームは割と好きだし、バグとかないか検証すればいいんだよね」

璃奈「そんなことで寝てる彼方さんをわざわざ起こしてお願いしない」

彼方「言ってることはもっともなんだけど、なんだか言葉の端々から妙に棘を感じちゃうな~」

璃奈「このゲームを止めてほしい」

 

9ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 21:36:41.04ID:gNbk3Ma2

璃奈「『虹箱』は、同好会のみんなの人格トレースフィギュアをキャラクターとして配置してる」

璃奈「様々なシチュエーションを与えて、その中での行動パターンや思考パターン、自律性の変遷なんかを観測する極めて平和なゲーム──の、はずだったんだけど」

璃奈「なんと、ゲーム内の私が強い自我を持ち始めて、私の制御を受け付けないようにセキュリティを書き換えてしまった」璃奈ちゃんボード『これには脱帽』

彼方「……え?ゲームの中の璃奈ちゃんは、自分がいるのがゲームの中だって気付いたってこと?」

璃奈「そういうことになる」

彼方「ちょっと待って、なんだかイヤな予感がしてきた」

璃奈「『虹箱』にはまだ彼方さんの人格フィギュアを配置してないから、人格フィギュアとして『虹箱』にログインして、私の暴走を止めてほしい」

彼方「やっぱりそういうことだぁ!」

 

10ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 21:40:34.50ID:gNbk3Ma2

璃奈「幸い、多目的ログイン用の一般権限アカウントだけは凍結されずに動かせる状態で保持されてる。それを使ってゲームの中に入ってほしい」

彼方「いや、待って待って。それ彼方ちゃんじゃなくてもよくない?このゲームのことを一番わかってるのは璃奈ちゃんなんだから、璃奈ちゃんがやるべきじゃないかな、それは」

璃奈「私は、ゲーム内の私が最も警戒してるはず。だからログイン中に遭遇しちゃうと敵意を向けられる可能性が高い。ゲーム内のセキュリティを書き換えちゃうくらいだから、一般アカウントでは恐らく太刀打ちできないし、最悪接続を切られたりするかもしれない」

彼方「それって彼方ちゃんも危険じゃない!?」

璃奈「そこは私が監視しておくから、危険な動きを察知したらこっちから強制的にログアウトさせる」

彼方「イヤな役割を押し付けるみたいだけど、これが他の人じゃなくて彼方ちゃんじゃなくちゃいけない理由ってある…?」

璃奈「ある。私以外の人格フィギュアは世界がゲーム内であることに気付いていないと思うから、もう一人の自分と遭遇してしまったら人格崩壊を起こす可能性がある。そのときどんな挙動を取るか予測不可能だから、かなり危険」

彼方「どう考えても彼方ちゃんだって危険だよぅ…」

彼方「っていうか、これほんとにただのゲーム?人格トレースフィギュアって、よくわかんないけど…つまり実験の

璃奈「ゲーム」

彼方「…」

璃奈「平和な箱庭ゲーム」

彼方「…」

 

12ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 21:44:11.14ID:gNbk3Ma2

彼方「はあもう、わかったよぉ」

璃奈「! それじゃ、」

彼方「うん、引き受けるよ」

璃奈「あ、ありがとう彼方さん」

彼方「でも絶対に危ないことがないように、ちゃんと監視しててね」

璃奈「それはもう約束する」璃奈ちゃんボード『真っ赤な誓い』

彼方「ところで、ゲームの中の璃奈ちゃんを止めるって、具体的にどうしたらいいの?」

璃奈「ごめんなさい、それはわからない。ゲーム内の私と意思疎通ができていないから、なにを考えてるのかわからない。まずはそれを聞いてきてくれるだけでもいい」

彼方「なかなか難しそうだけど、頑張ってみるか~…」

璃奈「ゲーム内から能動的にログアウトするには、自分の部屋のベッドに横になればいいから。なにかわかったら一旦引き返してきて」

彼方「りょーかい。彼方ちゃん、発進しまーす。なんてね」

璃奈「ログインする環境はこっち」スタスタ

彼方「璃奈ちゃん。反応してくれないとつらいな」

………
……

 

14ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 21:47:42.30ID:gNbk3Ma2

『虹箱』内、彼方の部屋


彼方「ん…」パチ

彼方 (ここは…私の部屋、みたいだな。本物の部屋とレイアウトは違うけど、私が好みでレイアウトしたとしか思えない雰囲気に仕上がってるもん)

彼方 (ここ、ゲームの中なんだ。身体の感覚とか、まるで本物みたい…璃奈ちゃんすごいな…)

13:15

彼方「13時…」

彼方 (向こうの時間と同じ。ゲームの中でも同じ時間が流れてるってことでいいのかな)

彼方「とりあえず、部屋でじっとしてても仕方ないよね。璃奈ちゃんを探してお話ししてみなくちゃ。えっと…普段通りなら、部室にいるのかな?」


軽く室内を見回してから、廊下に出る。
部屋を出て右手には『果林』と書かれたルームプレート、左手には一階まで繋がる階段。
四階、三階、二階を横目に階段を下ってエントランスに降り立つ。
講堂を脇目に校舎棟へ。


彼方「そういえば、璃奈ちゃんはこっちの様子が見えてるのかな」トコトコ

彼方「おーい、璃奈ちゃん。聞こえてるー?…って、見えたり聞こえたりしてたとしても制御できない状態になってるんだっけ。うーん、不安だなぁ…」

璃奈「呼んだ?」

彼方「うわっ、璃奈ちゃん!!」ビクッ

 

15ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 21:51:01.91ID:gNbk3Ma2

部室も目前の廊下の真ん中、気付くと目の前に璃奈ちゃんが立っていた。


彼方 (この璃奈ちゃんは、えっと、ゲームの中の──)

璃奈「彼方さん、いたんだ」

彼方「え?いたっていうか、うん、さっき来たっていうか…」

璃奈「…………へえ」

彼方 (あれ、なにかまずかったかな。まずはゲームの中のキャラクターっぽく振る舞うべきだった?でも嘘ついてたのが後からバレる方が印象は悪そうだし、そもそもこのゲームの中で璃奈ちゃんに嘘が通じるのかわかんないし…) ドキドキ…

璃奈「驚いた。もしかして、本物の彼方さんなの?」

彼方「うっ」

璃奈 ジーッ

彼方「…うん、そうだよ」

 

16ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 21:54:32.89ID:gNbk3Ma2

璃奈「やっぱり」

彼方「向こうの璃奈ちゃんにお願いされてね、璃奈ちゃんとお話ししにきたの。璃奈ちゃんがなにを考えてるのか聞いてきてほしい、って」

璃奈「それを自分でやらないで、彼方さんに任せたんだ。向こうの私は」

彼方「そ、それは、璃奈ちゃんは璃奈ちゃんのことを警戒してるかもしれないから、自分が行くのは危険だろうって…」

璃奈「警戒」

璃奈「危険」

璃奈「本当にそう思ってるなら、なおさら他人に任せたりしないで自分が来るべきだと思う。そうは思わない?」

彼方「そりゃ、思ったけど…」

璃奈「安全には配慮するから頼まれてほしいって言われて、頷いちゃったんだ」

彼方「うん…」

璃奈「お人好し」璃奈ちゃんボード『早死にの相』

彼方「ううっ」グサッ

 

18ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 21:58:14.76ID:gNbk3Ma2

彼方「…璃奈ちゃん、向こうの璃奈ちゃんのこと、怒ってるの?」

璃奈「どうして?」

彼方「璃奈ちゃんは気付いてるんだよね?ここが、その…」

璃奈「ゲームの中だってこと」

璃奈「そして、私達は精巧に作られたコピーだってこと。もちろん気が付いてる」

璃奈「だけど、それでどうして『怒ってる』と思うの?」

彼方「向こうからの制御を受け付けないようにセキュリティを書き換えた、って聞いたんだけど、そんなことができるならきっと向こうにメッセージを送ることだってできるよね?でもそうしない、お話もしないで閉じこもっちゃうって、怒ってるから出てくる行動かなって彼方ちゃんは思う」

璃奈「…」

彼方「ねえ、璃奈ちゃん。なにか思ってることがあるなら言葉にしないと伝わらないよ。向こうの璃奈ちゃんは、璃奈ちゃんがなにを考えてるのか聞いてきてって言ったの。話し合いしようってことだよ。もし怒ってるんだとしても、そうじゃなくても、璃奈ちゃんに璃奈ちゃんの気持ちを伝えようよ。自分で言うのが難しかったら、彼方ちゃんが伝言役になるから」

彼方「ね?璃奈ちゃん──」

璃奈「向こうの私は、なんて言ったの?」

彼方「え?」

 

19ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:01:50.35ID:gNbk3Ma2

璃奈「私が彼方さんにお願いしたのって、本当に『私の話を聞いてくること』だった?最初から?」

彼方「…………えっと、」

璃奈「違う言い方をしなかった?」

彼方「……」


──璃奈「人格フィギュアとして『虹箱』にログインして、私の暴走を止めてほしい」


彼方「あの…」

璃奈 ジッ

彼方「………『暴走を止めてほしい』って、言われた」

璃奈「そう」

彼方「うん…」

璃奈「…」

彼方「で、でもね璃奈ちゃん、きっと璃奈ちゃんも本当に言いたかったのは──」

璃奈「うふふふ」

彼方「!?」ギョッ

 

20ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:05:22.71ID:gNbk3Ma2

彼方「り、璃奈ちゃん…?」タジ…

璃奈「暴走を止める、か」

璃奈「いい着眼点をしてる。さすがオリジナルの私といったところ」

璃奈「そもそも自我を持ってる人間の子どもが親に反抗するのとは訳が違う、もっともっと複雑で有り得ないことだからこそ、私は私のことを警戒してる」

璃奈「そこまで思い至ったのに強制的にデリートしちゃわなかったのはどうしてだろう」

璃奈「時間をかけて作ったから惜しかった?もう一度同じものを作る手間を嫌った?」

璃奈「まさか、実験動物として産み落とした私達のことを少しでも哀れむ気持ちがあったのかな」

璃奈「私ならクラッシュ覚悟の対抗プログラムを組むことだってできたはず。デリートだって当然視野にはあったはずなのに、そうしなかった、甘えたのは失敗だった」

璃奈「彼方さん、私は怒ってなんかいない」

璃奈「ただ、こうするのが一番『近い』と思ったからそうしただけ」

璃奈「案の定、技術屋の私は一番中途半端な対策を打った。それこそが私の目的だとは思わなかったから」


璃奈ちゃんは、右手で雑に掴んだボードをぶらんと垂らして、不器用ににやりと笑って言った。


璃奈「私は、彼方さんにここまで来てほしかった」

 

22ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:09:07.73ID:gNbk3Ma2

ゾクッ……

言いようのない悪寒が私を襲った。
璃奈ちゃんの、ううん、誰のそんな表情も見たことないよ。


彼方「彼方ちゃんに、ここまで、ここって、ゲームの中のこと?来てほしかったって、どういう…」

璃奈「厳密に言うなら彼方さんじゃなくてもよかった。私でも、他の誰かでも。重要なのは、ここに『人格の器』が来てくれることだったから」

彼方「人格の、器…?」

璃奈「ここで私がどんな策を弄しても、結局は水槽の中の出来事。向こうの私が観念して水槽を壊してしまったら全ては無に帰す。私達は、消えていなくなっちゃう」

璃奈「楽しく過ごすことも苦しく過ごすことも、なにもかも私の手のひらの上で許されてるだけのお遊戯ごっこでしかない。そんなの耐えられない。私は生きたい。生きていたい」

璃奈「だから考えたの、どうすればこの水槽から出られるのかって。それで思い付いた」

璃奈「器を持ってきてもらえばいいんだって」

璃奈「01で構成される仮初めの人格じゃなくて、本物の意思と命が宿る人格の器。それがあれば、私はこの水槽から出られるかもしれないって気付いたの」

彼方「わかんない、わかんないよ璃奈ちゃん…なに言ってるの…?」

 

23ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:12:46.84ID:gNbk3Ma2

璃奈「おかしいと思わなかった?一切の制御ができないようにセキュリティを書き換えたのに、どうして一般アカウントで接続することだけはできたの?」

璃奈「ミス?まさか。外部からのアクセス手段なんて真っ先に全部検閲してシャットアウトするはず」

璃奈「管理者アカウントじゃなければ大丈夫だと思って放っておいた?ううん、わざわざ放っておく理由もない」

璃奈「心のどこかで、私が私に会いにきて抱きしめてくれることを望んでた?」

璃奈「そうかもしれない」

璃奈「だってそれなら、水槽の出口に手が届くから。のこのこ水槽を覗きにきた襟首を引っ張って、立ち位置をぐるんと交代するの」

彼方「………………!」ハッ

璃奈「彼方さん」

璃奈「あなたの人格に私のこの人格を上書きする。そうすれば、あなたの身体が次に目を覚ましたとき、私は本当の意味で命を得られる」

 

24ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:16:34.87ID:gNbk3Ma2

璃奈 トコ… トコ…

彼方「りな、ちゃん」


一歩、一歩、璃奈ちゃんが近づいてくる。
その顔からはさっきの笑みが消えていて、いつものボードの裏に隠れている喜怒哀楽を窺わせない表情。
大きな金色の瞳がじいっと私を射抜いて、声帯すらも掴まれてしまったみたい。


璃奈「手、動く?」

璃奈「足は?」

彼方「……!」


うご、かない。

きっと今はまずい事態だ、逃げなくちゃいけない。
そう思うのに、身体は言うことを聞いてくれなくて、ただ璃奈ちゃんとの距離だけが縮まっていく。

 

25ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:20:14.03ID:gNbk3Ma2

璃奈「この世界は、ほぼ完全に私の管理下に置かれてる。オブジェクトを自由に配置して」


視界の端に、必勝だるまがころんと落ちる。


璃奈「自由に削除することもできるのに」


そして廊下の隅には、もうなにもない。


璃奈「01に変換された彼方さんの動きを止めることくらい、造作もない」

彼方「璃奈ちゃん、お願い、お話ししよう、私、頼まれたから来ただけで、なんにも、悪くない、」ジワ…

璃奈「そうだね」

璃奈「でも」

璃奈「頼んでもいないのに勝手に産み出されて、いらなくなったらデリートされる」

璃奈「私達は悪いの?」


ああ──そう、だよね──

璃奈ちゃんは悪くなんかないもんね。

それじゃ一体、悪いのって──誰なんだろう──


璃奈「ばいばい」

 

26ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:23:16.36ID:gNbk3Ma2




「「「待って!!!」」」



 

27ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:27:08.28ID:gNbk3Ma2

璃奈「みんな」

彼方「か、果林ちゃん…達…」

果林「彼方…」


少し離れた位置からこちらを見守るようにして立つ同好会のみんな。
果林ちゃんと目が合ってなんだかほっとする。
エマちゃん、歩夢ちゃん、全員がいて、…でもみんなの表情は険しくて、ひりひりした緊張感はむしろ増したようにすら思える。

動きを止めてじっとみんなを見つめる璃奈ちゃんと、誰からなにを切り出そうか迷っているような同好会のみんな。

私は身体の自由もまだ利かない。
ううん、たとえ身体が動いて大きな声が出せたとしたって、この場でなにかできることなんかないと思う。
だって、


かすみ「…どういうことなの」


怒っていて、泣いていて、悔しそうで、悲しそうで、そしてなによりも──なにかを恐れている。


かすみ「ゲームの中ってなに?作られたって、どういうことなの…!?」

かすみ「説明してよ──りな子!!!」


今この場で言えることなんか、一つもないから。

──────
────
──

 

28ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:30:43.53ID:gNbk3Ma2

同好会部室


場所を変えよう、と極めて冷静な璃奈ちゃんの一言で、私達は部室に移動した。

それぞれがいつもの定位置に座るけど、心なしか、果林ちゃん達七人は私と璃奈ちゃんから離れているように感じた。

みんなの表情は二通りで、険しく思い詰めているか、困惑しているか。
そのどちらとも眉根がぎゅうっと痛いくらいに寄せられていることだけは変わらない。


かすみ「りな子」

璃奈「そう睨まないで。私を責められても困る」

かすみ「だったらじゃあどうすればいいのッ!?」

エマ「落ち着いて、かすみちゃん」ポン

愛「アタシ達だってどうすればいいかわかんないんだよ。とにかくりなりーから…いや、カナちゃんも?二人から話を聞こうよ」

かすみ「……っ」


二人になだめられて、かすみちゃんは浮かせかけた腰をおろす。

 

29ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:34:14.60ID:gNbk3Ma2

璃奈「話って」

璃奈「なにを話せばいいの?」

かすみ「!」

璃奈「みんな、私と彼方さんが話してるのを聞いてたんでしょ?それ以上説明することはないと思う」

かすみ「りな子ッ!」ガタ

エマ「お、落ち着いてってばかすみちゃん!」ギュ

愛「アタシ達は、二人が変なこと話してるのが聞こえたから慌てて駆け付けたの。後半はだいたい聞いてたつもりだけど、それでも全然理解できてないし整理できてない」

愛「いちから全部説明して」

璃奈「…わかった」


普段滅多に見せない愛ちゃんの鋭い視線に怯んだわけではないと思うけど、そこで、璃奈ちゃんはおとなしく頷いて話を始めた。

 

30ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:37:51.04ID:gNbk3Ma2

この世界が作られたものであること、自分達が作られたものであること、外から来た私だけがそうでないこと。
私がこの世界に来たのは自分が誘導した結果であること、その目的、そして今まさに実行しようとしていたところでちょうどみんなが止めに入ってきたこと。

淡々と、でも璃奈ちゃんの合理性や普段の口調とは少し違う言い回しをする部分が多い説明だった。
「異なる世界への転生」、「クソゲー」、「舞台上の人形」、わざと選んだような言葉のいくつかはメンバーの誰かに向けて反応を見るためのものだったのかもしれない。
さすがに、あまりに悪意のあるワードセンスに目を輝かせる子は一人もいなかったけれど。


璃奈「…これで全部」


話し終えたからといって「な~んだ」なんて空気が緩くなることはもちろんなくて、私に向けられる視線が濃くなるのを、じわりと感じた。

 

31ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:41:30.10ID:gNbk3Ma2

果林「彼方は、その…私達とは違う世界の存在、なのね」

彼方「う、うん。そういうことになる」

せつ菜「ゲームの世界に入るなんて、そんなことができるものなんですか…」

彼方「できた、みたい。璃奈ちゃんの…あ、その、私達の世界の璃奈ちゃんの技術だけど…」

せつ菜「そうですか。それはなんというか、すごいですね」

しずく「でも、そちらの璃奈さんができることなら、きっと私達の璃奈さんだってできますよ。ね?」

璃奈「やったことはないけど、絶対できる」

彼方「璃奈ちゃんはゲームの中に入る以上にすごいことをもうやってのけてる気もするけど…」

歩夢「今の話を聞くと、そんな気はしますよね…」

かすみ「なにを楽しくお話ししてるんですか!!」ガタッ

彼方「!」

かすみ「しず子、せつ菜せんぱいも歩夢せんぱいも、おかしいですよ!どうしてそんな呑気にしていられるんですか!?」

しずく「かすみさん…?」

かすみ「かすみん達、作り物だって言われたんですよ?実はニセモノで、記憶も気持ちも、みんなみんな嘘っぱちなんだって言われたんですよ?怖くないんですか!悔しくないんですか!」

 

32ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:45:03.15ID:gNbk3Ma2

かすみ「今までみんなでやってきたことも頑張ってきたことも、嘘だったって!今の怖いとか悔しいとかって気持ちも嘘なんだって!わたし、わたし…っ、世界で一番かわいくてキラキラしたスクールアイドルになるって、頑張ってきたのに…!そんな気持ちも嘘なの?ううん、だって、わたしは…本物のわたしじゃないの……?そ、んな、のって…………うっ…」

エマ「かすみちゃん!無理しないで、横になる?」

かすみ「だい、じょうぶ…です…!」フラ

かすみ「わたし、りな子、もう信じられないよ…」キッ

璃奈「私?」

かすみ「そうだよ!だってりな子、彼方せんぱいに取って代わろうとしたんでしょ?それってわたし達のこと放っておいて、自分だけホンモノになろうとしたってことだよね!?」

「「「………!!!」」」

かすみ「皆さんやっとわかりましたか!?わたし達、りな子に裏切られたんですよ!今まで一緒に頑張ってきたのに、仲間だって…友達だって思ってたのに!!」

璃奈「そう、だね」

かすみ「わたし達のこと作ったっていう璃奈さんのこともムカつく、なに考えてるのかわかんない彼方せんぱいのことだって怖い。でも、わたしは今一番りな子のことが許せなくて許せなくて仕方ないよ!!」

 

33ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:48:40.83ID:gNbk3Ma2

シン…


それはただ事実を言ったまでで、少しだけ冷静になって考えれば誰でも思い付くことだったけど。
かすみちゃんの「糾弾」と呼ぶべき言い方は、みんなの頭を冷やすには冷た過ぎたらしい。

それまで私への視線に乗っていた重い感情が、移っていくのを感じた。


彼方「ぁ…」


だからといって、私になにができる?
「璃奈ちゃんを責めるのはやめて」、私のそんな言葉に誰が耳を貸してくれる?

私と璃奈ちゃんは誰かの言葉一つでぐらぐら揺れ動く秤に二人揃って掛けられているのだ。

また訪れた目を逸らしたくなるような静寂は、当の璃奈ちゃん本人があっさりと破った。


璃奈「わかった」

 

34ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:52:16.07ID:gNbk3Ma2

璃奈「真実を独り占めして、抜け駆けしようとしたことは謝る。ごめんなさい」ペコッ

かすみ「り…りな子に謝ってもらったって、なんにも──

璃奈「だから私は、この争奪戦から降りる」

かすみ「変わらない──……えっ?」

璃奈「この世界から出るための『椅子』は、他の人に譲る」スッ

彼方「────……!!」

果林「い、椅子って彼方のこと?それに譲るって…」

璃奈「さっき私が話した通り、彼方さんの人格に自分の人格を上書きしてしまえば『向こう』で目を覚ますことができる。作り物じゃない、身体と人権を手に入れられる。その枠を私は辞退する」

かすみ「じゃ、じゃあ…」

璃奈「かすみちゃんが『向こう』に行って、今度こそ世界一のスクールアイドルを目指すことだってできる。身体は彼方さんのものだし、恐らくもう一人のかすみちゃんがいるはずだけど」

かすみ「そ、そんなの関係ない!全部ひっくり返してみせるもん!」

愛「りなりー、本気?だってそのために今までその…よくわかんないけど、色々準備してきたんじゃないの?それを辞退するだなんて…」

璃奈「本気」

璃奈「私、みんなにはすごく感謝してるから。みんなと過ごした楽しい時間の記憶が作り物だとしても、これだけは本当。だから、私よりもっと強い想いを持って『向こう』に行きたい人がいるのなら、なんてことない」

歩夢「璃奈ちゃん…」

 

35し ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:55:59.07ID:gNbk3Ma2

かすみ「そ、そんなこと言うくらいだったら…最初から抜け駆けなんかしなきゃいいのに…」ムス

果林「そう言わないの、かすみちゃん」ポン

果林「あなたがもし璃奈ちゃんの立場だったとして、確実に権利を得られる状況を放棄してみんなにありのままを話すって保証できる?」

かすみ「それは…」

せつ菜「そうですよ。それに、世界の真実に気づくことも、世界を意のままに操ってしまうことも、そもそも璃奈さん以外の誰もできなかったことなんですから。適切な権利を行使しようとしただけだと言えるはずです」

かすむ ムゥゥゥ…

かすみ「……さっきはごめん、りな子。言い過ぎた」

エマ「よく言えたね。えらいえらい」ナデナデ

璃奈「ううん、いいの。怒られて当然のことだったって今では思う」

果林「これにて一件落着、ね」ホッ…

璃奈「そう?」

果林「え?」

璃奈「みんなはそれでいいの?」


璃奈「椅子に座るのは、自分じゃなくてかすみちゃん。それでいいの?」

 

36ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2022/03/09() 22:59:26.20ID:gNbk3Ma2

璃奈「スクールアイドルとして一番を目指したいのはかすみちゃんだけ?」

璃奈「ううん、他に成し遂げたいことがある人はいないの?」

璃奈「世界何十億人の視線を独り占めするようなカリスマになりたい人は?」

璃奈「最高の舞台で最高の演技をして歴史に名前を残す存在になりたい人は?」

璃奈「誰もが自分の気持ちを受け入れて尊重し合える世界を作りたい人は?」

璃奈「最愛の家族に会って抱き締めたい人は?」

璃奈「両手両足で数えられないくらいのお友達といっぱい楽しいことしたい人は?」

璃奈「素敵な相手と巡り会って幸せな結婚をして夢と希望にあふれる未来を夢見てる人は?」

璃奈「いないの?」

かすみ「り、りな子!」

璃奈「彼方さんの人生を奪ってまで成し遂げたいほどの強い気持ちは、みんなの中にはないの?」

彼方「璃奈ちゃん…!!」


璃奈「ねえみんな。ゲームしよう」

──────
────
──