25名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 06:00:22.28ID:XSrJx0bo
果南「じゃ、まずは10kmランニングね!ゴー!」
曜「ハードな合宿になるね…よし、がんばろーっ!」
果南「イチ ニッ サン シッ ヨン ゴー ロク ナナッ」パンパン
果南「ルビィ、今のステップ今までで一番いいよ!忘れないで!ダイヤは二歩目の踏み込みを気持ち浅めに!」
果南「15分きゅーけー!」パンッ
善子「はあああーー…疲っかれたーー」バタ
花丸「まだ前半メニューしか済んでないなんて…」バタ
千歌「ここでお互いに背中を向け合うわけだからさ、その前にもう一歩ずつ左右に行っておいた方が――」
ダイヤ「それではリズムが足りませんわ。踏み出しが早くなると周りとずれますし――」
曜「両方やってみるから見てて!まず踏み出しを早める方を――」
ルビィ「ア――――――――……ッ、ぅふう…」
果南「38秒。かなり伸びたね!」
梨子「声の出し始めで息を使い過ぎてるように見えるわ。吐きながらお腹を膨らませるようなイメージで――」
………………
………
26名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 06:01:27.85ID:XSrJx0bo
♪♪♪
果南「ハイ、じゃあ今日の練習はおしま~い」
その声を皮切りに、今度こそ全員がバタバタと倒れる。
全身を地に預ける格好こそなんとか回避したものの、膝はがくがく、私もへたりとその場に座り込んでしまう。
梨子 (相変わらず果南さんの体力は凄いなあ…)
控える夕食のことも忘れてスポーツドリンクを流し込みながら、ただ一人早くもクールダウンに入る果南さんを見詰める。
膝が笑っている様子もないし、そもそも呼吸が乱れているようにも見えない。
同じ高校生でもここまで体力に差が出るものかしら。
…とは言え、残る二人の三年生を見るに、やっぱり個人差が大きいのかも、と思い直す。
最後の一滴まで渇いたことを確認して、名残惜しいながらもペットボトルを口から離す。
うん、いくらかマシになった。
ただ、それじゃあクールダウンを始めようという気にはまだなれず、瞳は自然に彼女をさがす。
27名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 06:02:16.85ID:XSrJx0bo
――ちかちゃん重いよー。
――よーちゃんの膝気持ちいーなー。
――聞いてるかなーちかちゃーん。
――ここになら住めそー。
――雨風しのげないよー。
梨子「……………」
ズキン。
胸に痛み。
練習が終わったとき、曜ちゃんの方がたまたま近くにいた。
このあと部屋が一緒だから、なんとなく甘えるのにちょうどよかった。
そもそも昔からそういう付き合いで、特別なことなんかなにもない。
――どれだけ理由を重ねてみても、治まることはなくて。
どうして、私じゃないのかな。
羨望か嫉妬か、はたまた自己嫌悪か。
いたたまれなくなって目を逸らす。
28名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 06:03:09.33ID:XSrJx0bo
逸らした視線の先には再び果南さん。
長座体前屈、ほぼほぼクールダウンも終わり気味の様子。
もう消え掛かる夕陽に照らされる横顔。
真一文字に口を引き結んで。
柔和な雰囲気を帯びた垂れ目に映える、長く凛としたまつ毛。
梨子 (…隣でクールダウンご一緒しようかな。部屋も一緒だし)
まだまだ休息不足を訴えてくる両脚を奮い立たせる。
千鳥足に、苦笑い。
体力作りに自主ジョギングでもしようかな、でもやり過ぎはよくないって日頃から果南さんたち言ってるしな。
バランスと物量も考え抜いてメニュー作りされてるんだろうしな。
その辺、今夜せっかくだから相談してみようかしら。
梨子「ねえ、果南さん。となり…」
その先に続く言葉を、私は紡げなかった。
29名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 06:04:04.57ID:XSrJx0bo
長座体前屈。
夕陽と横顔、引き結ばれた口元。
声を掛けられる距離まで近付いて、そして気付いてしまう。
口元はふるふると震え。
瞳は揺るがずただ一点を。
その先には戯れる千歌ちゃんと曜ちゃんの姿があって。
それこそたまたま。
どこを向いたって誰かいる。
けれど、そうじゃなくて。
揺るがない瞳の奥に宿る色が、私と全く同じだったなら?
爪先に向けて伸ばしているだけのはずの手が。
もっと向こう、オレンジ色の夕陽に向けられているようにしか見えなかった。
………………
………
30名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 06:05:19.24ID:XSrJx0bo
***
ダイヤ「さ、できましたわよ。運んで運んで」
千歌「よかったー…ダイヤさんの料理まともだあ」
鞠莉「誰の方を見て言ってるのかなーちかっち~~?」
千歌「あ、ヒエッ、いや美渡姉のこと考えてただけで決して…」
曜「ふーん、美渡さん料理だめなんだー。へ~」
千歌「よ、よーちゃん?!裏切りはやめて!」アワワ
ダイヤ「はいはい、遊んでないで食べますわよ」イタダキマ…
花丸「ん~、疲れた身体に美味しい匂いが沁みるずら~」
果南「ダイヤの作る料理は美味しいからね。ほんと、料理担当を引き当ててくれてよかったよ…ほんと…」
鞠莉「ムムーッ。カナンだって料理だめなくせにー」
果南「別に鞠莉がどうこうって言ってないよ。それとも、あれ?なにか心当たりでもあるの?」イシシ
鞠莉「もーっ、みんなしてー!」
ダイヤ「食ーべーまーすーわーよーーー?!」
31名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 06:05:59.77ID:XSrJx0bo
千歌「おいしー!」
梨子「ほんと。肉じゃがもすごく味が染みてて…ダイヤさん、朝から用意してくださってたんですか?」
ダイヤ「まさか。夏の日中に放置するわけにはいきませんもの。この時間で全てこしらえたんですのよ」
果南「そうとは思えないね」モグモグ
ダイヤ「煮終えたあと、火からおろして10分ほど蒸らすのがコツですわ。そうすることで柔らかくなるし味もより染みますの」
ルビィ「さすがおねいちゃあ!」パクパク
善子「ルビィもいずれこのくらいできるようになるのよ?」
ルビィ「ピギッ?!うゆ…まずは味を覚えるとこから…」パクパク
善子「それにしても、その…見事なまでの和食メニューよね」イチジュウサンサイ!
果南「善子~。作ってもらった料理にケチつけるなんて失礼だぞ」
善子「そ、そういうつもりじゃなくて!大人数分を作るんだから、カレーとかシチューの方が楽だっただろうなって。和食って品数いっぱい用意しなきゃいけないから」
果南「それは、ねえ…」チラッ
鞠莉「作った人が、ねえ…」チラッ
善子「?」
ダイヤ「…オホン。なんですの」
32名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 06:06:36.88ID:XSrJx0bo
果南「ダイヤ、洋食はほとんどからっきしだから」
鞠莉「そうそう。食べる方も作る方もね」
善子「あ、そういえば…ハンバーグ嫌いなんだっけ…」
ダイヤ「なんですのその目は。誰にだって苦手な食べ物の一つや二つありますわ。善子さんだってみかんが苦手でしょう」
善子「そりゃ、まあ」
果南「みかんはねえ。たまに嫌いな人いると思うけど」
鞠莉「ウンウン。猫だってそうだし」
果南「でもハンバーグはねえ。あんまり聞かないよねえ」
鞠莉「もしかしてお家柄?」
果南「なるほど。ルビィ、ハンバーグは好き?」
ルビィ「うゆ?うん!だいすき!」
果南「ありゃー…」
鞠莉「これは…」
ダイヤ「もう!二人ともなんなんですの!言いたいことがあるならはっきりとおっしゃいなさいな!」
果南「うわ、ダイヤが怒った!」
鞠莉「oh, 怖い怖い。おとなしく食べましょ、カナン」
ダイヤ「ムキーーッ、なんなんですの~~~っ!!」
善子「…この人たち、いつも元気ね」
ルビィ「うゆ…」
………………
………
35名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:30:09.67ID:kMVQe1Ro
♪♪♪
梨子「お風呂あがりました」
各部屋に備え付けのシャワー室。
小原グループ経営のホテルのこと、当然ながら下には大浴場もあるけれど。
内浦に来てからは千歌ちゃんのお家でお湯を借りることがまあまあの頻度であるからか、そう惹かれもせず、手軽な一人風呂で済ませてしまった。
千歌ちゃん、曜ちゃん、果南さんも同じようにしたところを見るに、ここらへんの心中は似たようなものなのだと思う。
…と、返事がない。
飲み物でも買いにいっているのかな。
梨子「果南さーん?」
いた。
海に面する窓を全開にして、ベッドに腰掛け夜空を。
半乾きでおろされた長髪、どこか憂いを帯びた瞳。
綺麗な輪郭をしてるんだな、なんて、ぼんやりと。
36名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:30:50.18ID:kMVQe1Ro
果南「…あ、梨子。あがったんだね」
梨子「あ、はい」
果南「どした?ぼーっとして。こっちおいでよ。一緒に星見よう」
梨子「ぜひ」
失礼します、と隣に。
にかっと歯を見せて笑い掛けてくる。
梨子「髪、乾かさないんですか?」
果南「うん、夏だし」
梨子「冬は乾かすんですか?」
果南「面倒くさいから、あんまり」
梨子「もう、そんなんじゃ傷んじゃいますよ。ただでさえ毎日塩水に浸かってるのに」
果南「へへ…」
梨子「誉めてませんからね?はい、向こう向いてください」
果南「へ?」
梨子「ドライヤー掛けますから」
37名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:31:55.71ID:kMVQe1Ro
ヴォォーーーン…
髪を乾かすのなんて毎日のことなのに、ひとたび他人の髪となると全く違う行為のよう。
角度が違えば感覚も違い、当然といえば当然のことか。
ドライヤーの音で掻き消されるけれど、果南さんはどうやらご機嫌の様子で鼻唄。
こうしていると、まるで妹になったみたい。
梨子「…はい、おおかた乾きましたよ。あと気になるところはタオルかご自分で」
果南「ありがとー、梨子。……うん、充分だね!」
梨子「もうちょっとしっかりしてくださいね、姉さん」
果南「ねえさん?」
髪の内側をぐにぐにと揉んで満足そうな笑顔が、好奇心半分、疑問半分の表情になる。
梨子「髪を乾かしながら思っちゃって。お姉さんみたいだなって」
果南「梨子が?」
梨子「いえ、果南さんが」
果南「ふふ…変なの。普通、お姉ちゃんが妹の髪を乾かすでしょ」
梨子「あら。お姉さんの方がだらしないと、そうばっかりでもないと思いますよ」
果南「あっ、言ったなー?」
梨子「ふふ…言いましたよー」
38名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:32:32.76ID:kMVQe1Ro
うりゃうりゃー、と頬をむにむに。
梨子「ふぁなんふぁん、やめへ~」
果南「生意気な妹にはお仕置きするもんなんだぞ」
口でやめてと言いつつ(言えてないけど)、しばらくされるがままになる。
姉妹っていたことないから、こういうの新鮮だな。
あ、でも…ちょっと待っ…
梨子「ふぁ、ふぁなんふぁん!ひたい!へっほーほんふぉにひたい!」
果南「あっ、ごめん」
腕を叩いて抗議。
すぐにぱっと離される。
果南「あはは…やり過ぎたかな」
梨子「さすが、力が強いです…」
果南「楽しくって、つい」
39名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:33:31.37ID:kMVQe1Ro
責める気もなくなる、無邪気な笑み。
責める気なんて、元々ないけれど。
ドライヤーを片付けて、再び隣に座り直す。
横目に私を気に掛けてくれつつ、視線はまた星空へ。
倣い、視線を送る。
星座には明るくないけれど、夏の大三角くらいは知っている。
果南さんは、同じ星空をどんな想いで見ているのかな。
梨子「千歌ちゃんのこと、考えてます?」
果南「えっっ?!!」
最初は単純な驚きの色。
次いで、信じられないという風に目が見開かれて。
さあっと朱が差す。
果南「な、なん、な、なんでっ、ちがっ」
梨子「わかりますよ。だって、私も同じですから」
果南「別に、わた、わたしは…………え…」
微笑んで返す。
40名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:34:07.75ID:kMVQe1Ro
梨子「私も、好きなんです。千歌ちゃんのこと――果南さんもそうでしょ?」
目は真ん丸に見開かれ、口は不格好にぱくぱくと動き、やがて、その全てがわずかな曇りに包まれた。
果南「そっか、おんなじなんだ。梨子も」
梨子「…はい」
果南「チカのこと、好き――なんだ」
梨子「…はい」
確かめるような一言ずつに、ただ頷く。
果南「そっかー」
ぼふ、と背中から布団へ倒れ込んで、また一言。
果南「…きついね」
梨子「…はい。きついです」
41名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:35:31.85ID:kMVQe1Ro
果南「ね、梨子。私たちって、ライバルなのかな?」
梨子「え。…どうでしょう、ライバルってことはないような」
果南「そうだよね。戦い合えてもいないもんね」
梨子「そうですね」
果南「言っちゃなんだけど、曜の一人勝ちだもんね」
梨子「…そうですね」
決して、曜ちゃんが嫌いなわけじゃない。
憎いわけでもない。
ただ、ただ、厳然たる事実として。
友人同士のものじゃなくて、幼馴染み同士のものでもなくて。
あの二人の間にある確かな『絆』に、私の――いや、私たちの入り込む余地など残されていない。
それがわかってしまっているだけのこと。
だからこそ、戦おうという気にすらさせてもらえない。
後ろ手に縛られているわけでもないのに、自ら正しく座して、目の前で繰り広げられる絆の遊戯を、ただただ眺めている。
42名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:36:10.79ID:kMVQe1Ro
果南「梨子、もう寝る?」
梨子「まだ寝ません」
果南「チカが足りないと思わない?」
梨子「ここ数週間、足りてないです」
果南「私、小さい頃のチカのこと、いっぱい知ってるよ」
梨子「私は同級生としての千歌ちゃんをたくさん知ってます」
果南「………………」
梨子「………………」
果南「…よし、ジュース買ってこよっか!今日は奢るよ」
梨子「いいんですか?ふふ、甘えちゃおう」
果南「行こ!」
梨子「はい!」
♪♪♪
43名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:37:09.58ID:kMVQe1Ro
***
果南「よーし、柔軟に移るよー。二人か三人になってー」
千歌「よーちゃん、一緒にやろ!ね、梨子ちゃんも…」
梨子「あ、私はいいわ。果南さーん、やりましょう」タタタ…
曜「最近、梨子ちゃん果南ちゃんに懐いてるね」
千歌「そうだね…今週に入って、梨子ちゃんと一回も柔軟やってないなあ」
曜「まあまあ、ちかちゃん。みんなが仲良くなるのはいいことだよ」
千歌「ん~~~っ、わかってるけどーー!」ジタバタ
曜「わかるよ。友達と幼馴染みが同時に取られちゃって、淋しいんだよね」
千歌「そんなんじゃないけどー…そうだけどー…」
曜「どうどう。さ、柔軟始めよ!」
曜 (二人でいるとき、果南ちゃんも梨子ちゃんも随分幸せそうだな。もしかして、付き合ってるのかな?)
44名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:38:24.28ID:kMVQe1Ro
果南「それでね、チカってば別れたあと30分もしないうちに走って私ん家訪ねてきたからどうしたのかと思ったら、『ガム飲み込んじゃった、どうしよう。チカ死んじゃうの?』って!」
梨子「か、かわ…っ、かわわわ…」//
果南「しかも追っ掛けてきた曜が言うに、それガムじゃなくてチューイングキャンディだったんだよ!」
梨子「~~~~~~っ!!」キュンキュン バシバシ ←果南たたいてる
果南「あれは可愛かったなあ。今でもチューイングキャンディ見るたびに思い出しちゃうよ……はい次!次、梨子!」
梨子「はあ…はあ…は、はい。私の番ですよね。あれは5月だったかな。千歌ちゃんが遅刻してきた日があったんです」
果南「うんうん」
梨子「一時間目の途中で教室にこっそり入ってきて、先生は黒板の方を向いてたから気付かなかったんですけど、千歌ちゃん自分の席に座らずに私のとこまで来たんです」
果南「へ?なんで?」
梨子「それが!『見付かったら怒られちゃうからここで授業受ける』って言って、私の膝にノート広げ始めたんです!」
果南「んなあっ?!か、わ、い……」ワナワナ
梨子「しかも、結局あっさり見付かって余計に怒られちゃって、意地になって『ここが私の席です!』って私と無理やり椅子を半分こにして最後まで授業受けちゃったんです!!」
果南「えええ?!そ、それ…」
梨子「はい。授業が終わってから職員室に連れていかれました」
果南「ばか過ぎー!でもかわいーなーもう!」バシバシ
梨子「あっ、ちょっ痛っ、果南さんはだめっほんとに痛いっ」
果南「あっごめん…興奮し過ぎた」
梨子「もう慣れました…いいから、次!果南さんの番ですよ!」
果南「うん。雪で学校が休みになって、曜と三人で遊んだ日があったんだけどね……」
***
45名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:39:28.80ID:kMVQe1Ro
♪♪♪
私と果南さんは、合宿の日の夜からお互いが持つ千歌ちゃんの情報――千歌ちゃんとの想い出を、代わりばんこに聞かせ合った。
内浦のことを知りもしなかった昔。
何小学校に通っていたのかも知らない千歌ちゃんのこと。
果南さんが話して聞かせてくれるたびに、私は一歩ずつ千歌ちゃんの傍に行ける。
出会ってもいない、知り合ってもいない。
幼い日の千歌ちゃんと、だけれど、いつしか私は同じ時を過ごすことができていた。
果南さんも同じ。
自身が休校に入り、すれ違いざまにだって知ることができなくなった学校での千歌ちゃんの様子を。
最も近い場所で見てきた私が話して聞かせることで。
願っても祈っても叶わない、クラスメイトとして過ごすことができる。
私たちが望んで止まない時間を、二人でいれば手に入れられる。
チカはね、千歌ちゃんがね、チカのね、千歌ちゃんとね、チカからね、千歌ちゃんだけね、チカってばね、千歌ちゃんったらね、チカ、千歌ちゃん、チカ、千歌ちゃん、チカ、千歌ちゃん、ちか ちか ちか ちか ちかちかちかちかちかちか――――
高海千歌が、そこにいなくても。
♪♪♪
46名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:55:56.29ID:kMVQe1Ro
♪♪♪
千歌『りーこちゃんっ。今いい?』
スマホの画面に表示されたポップアップ。
返信することなく、カーテンと窓を開ける。
このメッセージは、話そうの合図。
案の定、対岸にはもう千歌ちゃんが待っていた。
千歌「ごめんね、勉強してた?」
梨子「ううん、平気よ。どうかした?」
千歌「明日の夜ってあいてないかなーって」
梨子「明日?…夜?」
千歌「うん。ほら、花火大会」
梨子「ああ、狩野川の」
千歌「そう!よーちゃん誘って、三人で…どうかなって」
梨子「そうね…花火大会…」
千歌「予定ある?だめなら明後日でもいいんだけどな」
梨子「…えっと、」
千歌「果南ちゃん?」
梨子「えっ」
47名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:56:41.26ID:kMVQe1Ro
少し声のトーンが変わった。
漂わせていた視線を正面に戻す。
訴えるような瞳と、交錯する。
もし、千歌ちゃんと行ったらどうだろう。
流行りのキャラクターのお面を着けて、はしゃいで回るだろうか。
右手にりんご飴と左手に綿菓子を持って、満足そうに笑うだろうか。
金魚すくいに夢中になって、浴衣をびしょびしょにしてしまうだろうか。
そして、私たちの名前を呼ぶのだろう。
――よーちゃん!梨子ちゃん!
48名無しで叶える物語(茸)2018/04/19(木) 07:57:26.16ID:kMVQe1Ro
梨子「………………」
千歌「梨子ちゃん最近、果南ちゃんと仲良しだよね」
梨子「え?ええ、そうね」
千歌「合宿終わった頃からだから、もう…二週間くらいかな」
梨子「そのくらいに、なるわね」
千歌「教室では一緒だったけど、練習中はほとんど果南ちゃんといるし、お休みに入ってからも、あんまり遊んでくれなくって、でも梨子ちゃんと果南ちゃんが仲良しなのは嬉しいんだけど、でも、」
千歌「チカ、ちょっと淋しい…」
顔は伏せられて、表情は見えずに。
けれど声は、少しだけ涙色をしていて。
思考の一部だけを割いてみた。
じゃあ、花火大会に果南さんと行ったらどうだろう。
………………………私は、
梨子「千歌ちゃん。私、花火大会は――」
♪♪♪