せつ菜「勇気のかけら」 2

41ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 22:40:36.94ID:WBe1vUan

*

某日、ダイバーシティ東京・フェスティバル広場。

私は一人、控え室で震えていた。


『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、生LIVE!! ダイバーシティ東京 フェスティバル広場大階段 ×月×日 () START 15:00


手元のポスターでは、きごちない笑顔を浮かべた五人が並んでいる。
近江彼方、エマ・ヴェルデ、中須かすみ、桜坂しずく、そして優木せつ菜──虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のフルメンバーだ。

今日は、この五人で結成のお披露目ライブ。

一年間、虹ヶ咲学園のスクールアイドルを名乗りソロで活動してきた私だけど、今年度からはグループとして活動していくことにした。
ラブライブ!は学校単位で参加することになるから、その予選前にそれを表明しておくためのミニライブ。

皆さんと一緒に、ライブをする──はずだった。

 

43ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 22:43:39.09ID:WBe1vUan

私には知識があった。

昔から大好きで追いかけていたスクールアイドル達が、そしてラブライブ!が、どんな風に盛衰してきたか。

私には経験があった。

最大で三年間のチャンスしかないスクールアイドルを、一年の無駄もなく始めることができた。

私には実績があった。

立てるだけのステージに立ち、出られるだけの大会に出て、徐々に知名度が上がっていくのを感じていた。

私には目標があった。

ラブライブ!の予選を突破し、本選を勝ち抜き、頂で優木せつ菜ここにありと高らかに叫ぶ──そんな夢が。

 

44ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 22:46:41.06ID:WBe1vUan

私には知識があった。

だからわかっていた、ソロでラブライブ!を勝ち抜くことはできないと。

私には経験があった。

これをもってすれば新たなメンバーをすぐに一定のレベルまで引き上げることができる。

私には実績があった。

客寄せパンダばんざいだ、新生のグループが数多のライバルから一歩先んじるための差異になるなら。

私には目標があった。

だから嬉しかった。
全てが揃った状態で、強くて二年目(ニューゲーム)を始められることが。

 

45ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 22:49:43.22ID:WBe1vUan

スクールアイドルに興味を持つ人達が集まってくれて、五人のグループとなった。
ややグループ偏重の気があるラブライブ!において、これはベストに近い人数といえた。

目指す舞台はラブライブ!、その意識は全員共通していて。

私が持てる全ての知識と経験を、余すことなく伝えた。
スクールアイドルとして活動するなかで私が得た知見の全てを注ぎ込むことで、新生したばかりのグループには通常成し得ないほどの『知識』と『経験』を備えられるように。
無我夢中で取り組んだ。

そして、わかった。

ああ、このグループでは間に合わない──今年のラブライブ!には間に合わない、と。

わかってしまった。

 

46ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 22:52:45.77ID:WBe1vUan

一つ、体力が足りない。
一つ、熱量が足りない。
一つ、調和が足りない。
一つ、時間が足りない。

足りない、足りない、足りない、足りない、足りない。

足りない、足りない、足りない、足りない、足りないんだ。

なにもかも足りないことがわかってしまった。

体力を作ることも、熱量を生み出すことも、調和を醸成することも、できていない。間に合わない。
それらに時間を割けば、自分の時間も足りなくなる。
それらに時間を割いても、皆さんと私の間にはなぜだかどんどん距離がひらいていくようで──

信頼が、足りない。

 

47ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 22:55:47.59ID:WBe1vUan

私は私の経験と知識と実績と目標だけを信じすぎた。

目の前で一緒にがんばろうとする仲間達、一人ひとりを見ていなかった。

経験の身につけ方が違う。
知識の活かし方が違う。
実績へのこだわりが違う。
目標が違う。

そんなことに気づかないまま闇雲に声を張るだけの私だったから、届かなくて当然だった。
気づけば皆さんは私のことを信じられなくなっていて、私も皆さんのことを信じられなくなっていた。

私達は、グループになれてすらいなかった──

 

48ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 23:04:07.35ID:WBe1vUan

スタッフ「そろそろお願いいたします」

せつ菜「──はい」スッ


ステージに立つと、心ばかりの歓声が出迎えてくれた。
一方、戸惑う声の数々が風に乗って届く。


「あれ、せつ菜ちゃん一人?」

「新しいグループのお披露目だったよね?」


せつ菜「……っ」


そう、今日は新しいグループのお披露目ライブだった。
私は、仲間達とともにここに──このステージに、立ちたかった………!


────♪……


せつ菜「♪走り出した! 思いは強くするよ 悩んだら 君の手を握ろう──」

…………
……

 

49ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 23:09:24.61ID:WBe1vUan

────♪……


アウトロが抜け、歓声が私を労う。


せつ菜 ハァ……ハァ………ハァ…ッ


いつの間にこうも衰えてしまったのだろう。
たった一曲、踊っただけなのに。
すっかり息が上がってしまい、情けない自分に苦笑いが漏れそうになる。

本当はもう一曲と、軽いMCの時間まで頂いている。
だけど、私が一人でやるような曲はもうない。
MC
で話すようなことも、ない。

まばらに立つ観客達の視線を受けながら、歯噛みする。

 

50ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 23:14:38.16ID:WBe1vUan

聞きたいことがあるのはわかっている。
伝えてほしいことがあるのはわかっている。
わかっているなら、応えるべきだということも。

だけど、私にはそれを口にする勇気がない。

グループ結成は白紙になった、と。
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は崩壊した、と。

口にしてしまえば、もう後には戻れなくなるから。

情けない。

自分が切り捨てたくせに、どこかでまだ皆さんとやり直せる可能性に期待してる。
ここで明言さえしなければいつかきっとその機会が来るんじゃないかと、期待してる。

皆さんを裏切った責任も取らずに、目の前のファンすら裏切ろうとしている。

私には、勇気が──足りない──


────♪……


せつ菜「………!?」ハッ

 

51ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 23:19:51.62ID:WBe1vUan

それは、五人の曲。
自分のソロ曲の練習を疎かにしてまで繰り返し歌って踊った私達の曲。

それがどうして今、流れる。

事務局のスタッフさんには、一曲しかやらないと連絡したはずなのに。
ううん、そもそも音源を渡してすらいない。
この曲が流れるわけがないのに──


「さあさあせつ菜せんぱい、出番が終わったなら引っ込んじゃってください!」

せつ菜「………っ…!」


その声の主は疑いようもなくて。
顔を上げると、世界一可愛い後輩が強気な視線を寄越していた。

 

53ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 23:25:17.12ID:WBe1vUan

その隣には彼方さんが、エマさんが、しずくさんがいて。

四人がイントロに合わせて階段を下りてくる。


せつ菜「どう、して……」


彼方「ごめんねぇ、せつ菜ちゃん。今から彼方ちゃん達だけで踊るから、ちょっと後ろで待っててくれる?」


私が言葉を返すより早くイントロが終わってしまい、四人のパフォーマンスが始まった──

…………
……

 

55ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 23:30:43.32ID:WBe1vUan

────♪……


かすみ「……っ、ありがとぉ…ございましたぁ……!」

彼方「はぁ…はぁ…… ちょっぴり、お話ししていいんだよね?」

しずく「はい。MCの時間も取ってあると、先ほどスタッフさんに確認しましたから」

エマ「せつ菜ちゃ~ん、もう終わったから上がっておいでよ~!」


「せつ菜ちゃん、呼ばれてますよ」

「こういうことだったんですね!驚いちゃった~」

「ほらほら、早く行かないと」グイッ

せつ菜「あ、えと、はい…」ットト


ファンの皆さんに背中を押され、手を振るエマさんに引かれるように、よろよろとした足取りで四人の元へ向かう。

 

56ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 23:35:53.18ID:WBe1vUan

辿り着くと、すっと皆さんが分かれ、真ん中に場所ができる。


かすみ「せつ菜せんぱいが、うちの同好会の部長さんなんですから。真ん中に立ってくださいよ」

せつ菜「は、はい…」

かすみ「まー?ぷかぷかしてたら、すーぐかすみんが部長の座もセンターも奪っちゃいますけど!」

しずく「かすみさん、それって『うかうかしてたら』の間違いじゃない?」

かすみ「い…いいの!ぷかぷかの方が可愛いでしょ!」

エマ「はいはい、まだライブの途中なんだから静かにしなくちゃだめだよ」

彼方「えーっと…せつ菜ちゃんが、私達のパフォーマンスにびっくりしてなんにも言えなくなっちゃってるみたいなので、とりあえず彼方ちゃんが司会しま~す」

せつ菜「えっ!?だ、だって…」

彼方「みなさん、どうでしたか~?せつ菜ちゃんのパフォーマンスにはやっぱり敵わないけど、彼方ちゃん達四人でなんとかせつ菜ちゃん一人分くらいにはなったんじゃないかなーって、思ってま~す」


「よかったよー!」

「可愛かった~!」

「せつ菜ちゃんの勝ちだよー!」


彼方「ありゃりゃ、ちょっと耳の痛い言葉も聞こえますなぁ」

 

57ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 23:41:01.40ID:WBe1vUan

彼方「ほんとは、この前せつ菜ちゃんに『こんな下手っぴなパフォーマンスでステージに立たせられるかー』って怒られちゃって、今日も踊れない予定だったんだ」

彼方「でもね、悔しかったからみんなでこっそり練習して、せつ菜ちゃんに内緒で踊っちゃった~」


彼方さんが話す、ウソとホントを混ぜた話。
話し方もあるのだろうか、決して自分達を過剰に卑下したり、あるいは私を責めたりするようには、聞こえなくて。

ファンの皆さんも、和やかな表情で聞いていた。


エマ「せつ菜ちゃん」ボソ

せつ菜「はい…」

エマ「せつ菜ちゃんがいなくなってね、わたし達、すごく悲しかったよ。一緒に頑張りたかったのに、もうそれができないんだって思うと、泣いちゃいそうだった」

しずく「でも、それは私達がせつ菜さんの期待に応えられなかったからですよね。ご自分の時間を割いてまでたくさん向き合ってくださったのに、私達がなかなかレベルアップできなかったから」

せつ菜「それは…」

かすみ「ほんとはわかってたんです、せつ菜せんぱいが言ったこと。まだまだ実力が足りなくて、やりたいことをやりたいようにやるには早いってこと。でも、悲しくて、悔しくて、それを素直に認められませんでした」

かすみ「なにもかも足りないってことくらいわかってましたけど、かすみんは、かすみん達は──せつ菜せんぱいに信じてほしかったんです。一緒に頑張れる仲間だって」

せつ菜「…っ、すみ…ません、でした……」

 

58ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 23:46:29.11ID:WBe1vUan

しずく「彼方さんが、せつ菜さんが今日一人でライブをしようとしていることに気づいてくれまして。どうするべきかみんなで話し合ったんです」

せつ菜「それで、こんな形に…?」

かすみ「はい」

かすみ「だって、負けたくなかったんですもん」

せつ菜「……!」

かすみ「せつ菜せんぱいに連絡つかなかったから五人で練習することもできなくて、なんとか四人用に変更して練習したんですよ。すっごく大変だったんですからね」

エマ「かすみちゃん、一人でずっと練習してたんだもんね」

かすみ「わああっ、言わないでくださいよぉ!」

彼方「んん~~?ちょっとキミ達ぃ、彼方ちゃんの癒やしトークの最中なんだから騒がしくしないでほしいのだがねぇ」

かすみ「も…もういいですよ、つなぎは!マイク貸してください!」パシッ

彼方「おっと」

 

59ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 23:51:36.32ID:WBe1vUan

かすみ「とゆーわけでぇ、この優木せつ菜せんぱいは、今日からかすみん達とグループを結成しまーす!といってもリーダーは実質このかすみんなのでせつ菜せんぱいは引き立て役っていうか、」

しずく「貸してね」ヒョイ

かすみ「あっマイクぅ!」

しずく「ご覧いただいたように、私達とせつ菜さんでは、パフォーマンスにまだまだ大きな差があります。それでも、この人と一緒に、この全員で、グループとして成長していきたいと思っています」

しずく「どうか、どうか皆さんのご支援を賜りますよう、よろしくお願いいたします──」ペコッ

彼方「しずくちゃんってば堅いな~。まあ、それがいいとこなんだけどね。よろしくお願いしまーす」ペコッ

エマ ペコッ

かすみ「あわわっ、お…お願いしますっ!」ペコッ

せつ菜「…………っ!!」

 

60ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/08() 23:56:40.33ID:WBe1vUan

私は諦めた。
この全員でステージに立つことを。

皆さんがスクールアイドルを「大好き」だと言う言葉を、想いを、信じられなくて。

一緒にやっていくのは無理だと思って身を引いてしまった。

それなのに、この人達は。

決して、上出来なパフォーマンスではなかったと思う。
やっぱり余計な動きがあって、体力は足りていなくて、一体感も全然で、ラブライブ!優勝なんて口にするのも憚られるような、そんなパフォーマンスだった。

それ、なのに。


────トクン──トクン────ドクンッ──


私の胸は熱く震えてやまない。
今すぐに、五人で歌いたい。踊りたい。
そう思ってしまうほどに、胸は熱く震えて高鳴る。

どこまで行けるかはわからない。
もしかしたら、もしかしたら私一人きりの方が高いところまで行けてしまうのかもしれない。
もしかしたら、またばらばらになってしまうときが来るのかもしれない。

それでも、私は──この人達と────

 

61ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2021/09/09() 00:01:43.92ID:qL1RTYC1

せつ菜「~~~~~~~~~ッッ」ブルブル…ッ


────この人達と一緒に、スクールアイドルをやりたい。


せつ菜「私達は、今日から!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会として、五人で活動していきます!!」


信じる勇気をありがとう。

助け合える仲間がいることが、手を取り合える仲間がいることが、きっと力になる。

そう信じる。

この五人でいるならば、怖くない。


せつ菜「どうか────どうか、よろしくお願いいたします!!!」ペコォォッッッッッ!!


私は、皆さんと一緒に夢を繋ぐんだ──!



終わり