侑「単調な日常」 2

62ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07() 19:01:50.07ID:+gvF3m5y

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歩夢『……………………侑、ちゃん………』


ひゅ、と喉が詰まるのが自分でもわかった。

だめだ。

泣いてる場合じゃないんだ。

私が、私が……歩夢に、言わなくちゃいけないこと……




歩夢『ごめん、なさい……………』


侑『…………!』

侑『……あゆ、む…』


なんで。

どうして、歩夢が、謝るの…?

だって──だって────


歩夢を傷つけたのは私なのに。

私が、浮気したのに。

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63ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07() 19:04:20.79ID:+gvF3m5y

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かすみ『最っ高でしたねえ!』

菜々『すごかったですね、しずくさん。私、幕が降り始めるまで演劇を観ているのだということをすっかり忘れてしまっていました…』ウットリ

愛『ねーねー、みんなこの後なんか用事あるん?せっかくみんな集まったんだし軽くごはんでも行こーよ!』

かすみ『あっ、愛せんぱいナイスアイディアです!』

愛 ニヤッ

かすみ『!』ギクッ

愛『そう?ナイス愛ディアだった?ねね、愛さん、ナイス愛ディアだった?』グイグイ

かすみ『あ~~~んっ、失言しましたぁ!助けてください侑せんぱぁ~い!』ヒーンッ

侑『あはは…』

エマ『果林ちゃん、まだ終わりそうにないって。歩夢ちゃんはどう?』

侑『あ、うん。歩夢も全然、八時くらいまでかかるって言ってたから』

彼方『そっかぁ、残念…でもこんな機会なかなかないし、彼方ちゃんもごはん賛成~』

璃奈『八人で、近くの焼肉屋さん予約できたよ。しずくちゃんのお片付けが終わるのを見越して三十分後に』

『『『──仕事速っ!!?』』』

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64ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07() 19:06:02.68ID:+gvF3m5y

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ガヤガヤ………


しずく『だから言ってやったんですよ。「文句があるなら舞台の上で決着をつけましょう!」って』

菜々『おーっ、男らしいです!学年一つで軽んじられるというのは腹が立ちますもんね!』

彼方『しずくちゃんは女の子だけどね~。……で、勝っちゃったんだ』

しずく『はいっ!審査に入ってくださった先輩達から満場一致の勝利判定を頂いて、今回の役を勝ち取りました!』

愛『ん~~~っ、さっすがしずくぅ!愛さん誇らしいよ!』ムギューッ


侑『…みんな出来上がってるなあ』ヒク

璃奈『侑さん、お酒弱いの?』スッ

侑『わかんない、あんまり呑まないから。でも…楽しくはなってきちゃったぁ…』

璃奈『…お水、飲む?』

侑『璃奈ちゃんは?ね、一緒にこれ呑も!』

璃奈『えっと、』

侑『注文しちゃお!すみませーん!』

璃奈『あ、……もう。侑さん、ここタッチパネル式』ス…


ガヤガヤ……

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65ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07() 19:07:34.32ID:+gvF3m5y

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…………♪


エマ『あれ、誰か電話鳴ってない?』

彼方『ん~…どれどれ……』ゴソ

彼方『侑ちゃんのですなー』っスマホ ヒョイ

しずく『侑せーんぱ~い、電話ですよぉ~』ユサユサ

侑 スピー

かすみ『寝ちゃって、可愛いですぅ…♡』ツンツン


『着信: 歩夢』………♪


彼方『………どうしよっか』

エマ『歩夢ちゃんなら、出た方がいいと思うけど…』

彼方『彼方ちゃんが出ようか?』

璃奈『侑さん起こすのがいいと思う』


『着信: 歩夢』………ピタ


エマ『あ、止んじゃった…』

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67ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07() 19:09:18.66ID:+gvF3m5y

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23:22


『不在着信: 31件』


侑『………っ』サー…


嘘だ。

嘘だ。

私、なんで、こんなところにいるんだっけ。

………ううん、覚えてる。

お酒をたくさん呑んじゃって途中の記憶はないけど、みんなと解散した辺りの記憶はある。

何人かずつに分かれてそれぞれ駅に向かって、駅に着いてからもホームごとに分かれて、それで──二人で帰ることになったんだ。

お互いに酔っちゃってたから、自然と支え合うみたいに腕を組んで、座席が二つ並んで空いてたから寄り添って座って、


侑『……………っ……』


すぐに帰る支度を済ませたけれど、部屋に満ちる残り香が、どうしても消えてくれなかった…

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68ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07() 19:11:13.52ID:+gvF3m5y

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最寄り駅に着くなり走って帰った。

カバンから鍵を取り出す時間も惜しくて、乱暴に鍵穴へ挿し込んでガシャガシャと振り回す。

右に、左に、焦る手が何度も何度も回して、ようやく鍵の開け方を思い出す。

やっと解錠された扉をもどかしく引っ張って、


侑『────ただいま歩夢っ、ごめん──


玄関マットに正座して、

壁に頭をもたれた歩夢が、虚ろな目で出迎えてくれた。


歩夢『……お帰りなさい、侑ちゃん…』ニヘ…

──
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69ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07() 19:12:45.81ID:+gvF3m5y

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それから何時間経っただろう。

後悔、

後悔。

歩夢を傷つけてしまった、

なんで?

なんで、いいと思ってしまったんだろう。

歩夢のことを忘れてたわけじゃない、

お酒を呑み過ぎてしまったのがいけなかった?

演劇を観にいくって予定だったんだから、その後のごはんに行くのは歩夢に相談するべきだった?

そもそも、歩夢が行けないんだから私だって行かなきゃよかったんだ。

ごめん──

ごめん────

傷つけたくなんかなかった。

歩夢を傷つけるくらいなら、他の誰のことだってどうでもよかったのに──

歩夢──ごめんね──

たった一言、そう言わなくちゃいけないのに。

歩夢の顔を見ることもできず、私は、気づけばしゃくり上げて泣いていた…

──
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70ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07() 19:14:32.42ID:+gvF3m5y

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────
──

意味がわからなかった。


歩夢『ごめん、なさい……………』


どうして、歩夢が謝るの…?

悪いことをしたのは私、

歩夢を傷つけたのは私、

浮気したのは──歩夢じゃない、私なのに…!


侑『…歩夢』

歩夢 ビクッ…

侑『……違う、違うよ…歩夢。謝らなくちゃいけないのは私、ごめん……本当にごめんね…歩夢がいるのに、私──』

歩夢『────いやぁぁあっ!!』

侑『っ…!』


歩夢は私の言葉を遮るように叫ぶと、両手で耳を塞いで頭を振った。

 

71ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07() 19:16:04.69ID:+gvF3m5y

歩夢『いやだ………いや、うそ………』

侑『…あ、歩夢……?』

歩夢『うそだ……うそ、うそだよね…?侑ちゃん……』ガシ…

侑『うそ?嘘って、歩夢、なにが……』

歩夢『侑ちゃんが…侑ちゃん、が、私じゃない人に触れたなんて、うそだよね……うそでしょ…?』

侑『あゆ、む…』

歩夢『やだ、やだ、やだ……信じないよ。信じないもん。侑ちゃんが私じゃない………うっ…』ガク…

侑『あ、歩夢…!?』

歩夢『やだ………やだ…』ツ──


歩夢『侑ちゃん、行かないで、他の人のところなんて…私の隣に、ずっと……いて…』ポロポロ…


侑『──────』


私は歩夢の隣にいるから、なんて、どの口が言えるの。

こんなにも傷つけて、苦しめて、怖がらせて、

私が歩夢の隣にいるから、なんて、嘘にしか聞こえない。

だったら──


侑『……だったら──どうしたらいいのぉ──っ……』グス…

 

72ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07() 19:17:40.08ID:+gvF3m5y

ぐす、ぐす、ぐす、ぐす…………

街灯の明かりが自然光に代わってきた頃、二人分の啜り泣く声が落ち着いてきた。

信じてほしい。

私は歩夢のことを嫌いになったりしてないし、これからもならない。

離れるつもりなんか全くない。

……だけど、それはもうどんな言葉を重ねても伝わらない。

歩夢はこれから先、私がいなくなることに怯えながら生きていくことになる。

私の笑顔は偽物なんじゃないか、

本当は他の誰かに向けられているんじゃないか、

そうして怯えながらも、私のことを好きなせいで離れられないまま。

苦しみながら生きていく──

たった一回の過ちが、こんなに歩夢を苦しめることになるなんて。

私は──どれだけバカなんだ──

歩夢がこれから背負っていく苦しみは、全部私が背負うべきものなのに。

全部、私が────


侑『…!』

 

74ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07() 19:20:07.34ID:+gvF3m5y

歩夢は、その覚悟をしたの…?

一晩越えて黒く暗い地獄に変わってしまった部屋の中で、歩夢の言葉を思い出す。

もし、歩夢がそのつもりで言ったんだとしたら。

ううん、考えて出した答えじゃなかったとしても、そっちの方がまだマシだって、歩夢が無意識にそういうことにしたいって望んだんだとしたら──


──歩夢『ごめん、なさい……………』


侑『……………歩夢…』

歩夢 ビクッ…


私に…いや。

歩夢に残された道がそれしかないんだとしたら。

私は、


侑『…歩夢』

歩夢『…………なに…?』


その罰を背負っていく。


侑『二度と、浮気なんかしないでね。次はないからね』

歩夢『──────……………!』


歩夢 ツー…… ………ニヘ…


歩夢『はい………はいっ……!ありがとう、ありがとう侑ちゃん……ごめんなさい…ごめんなさい………二度としないから、私を、捨てないで…一生かけて隣にいるから……!』

歩夢『侑ちゃんの、望む通りに────』



終わり