2ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 15:15:19.17ID:+gvF3m5y
「グラスは全員に行き渡りましたか?それでは、新入社員五名の配属を祝して──」
「「「かんぱーーーーーい!!!」」」
ガヤガヤ…
「今年も新卒入ってきてよかったよねー。一昨年より前は本当に異動の受け入ればっかりだったから、またすぐ新卒来なくなっちゃうんじゃないかと思ったわー」
「これも、最初に採った女の子の評判がすこぶるよかったおかげだよね。ね、上原さん」
歩夢「あ、あはは…ありがとうございます」
「物腰は柔らかいし仕事にも積極的で物覚えもいいでしょ、誰にでも丁寧だし相手を立てることもできる、それになにより──」
「「可愛い!!」」
3ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 15:18:31.48ID:+gvF3m5y
歩夢「せ、先輩達ってば…」
「いやいや、ホントに。結局若くて可愛い子は強いんだよ。上原さんはそれに加えて中身もいいから完璧なの。おかげでやっと技術課が対等に話すようになってくれたよね」
「そうそう。事務屋にはおばさんしかいないからって舐めくさってねー」
歩夢「…あ、先輩。新卒の子達、こっちに挨拶に来てくれるみたいですよ」
「お!」
「待ってました!」
新卒「すみません、今、お時間よろしいでしょうか」キチッ
「もちろんいいよ、座って座って。そんなに緊張しないで、おばさん達相手なんだから気楽にしてよ。なに飲んでるの?」
新卒「私はビール苦手なので、レモンサワーを…」
新卒「この子、ビール飲んだらすぐ赤くなっちゃうんですよ」
新卒「も、もう、言わないで!」
4ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 15:21:54.66ID:+gvF3m5y
「うんうん、みんな元気でいいね」
「ほら、後ろの子もこっちに座って。まずは私達から自己紹介しよっか。えっと──」
歩夢「あ!」
歩夢「ごめんなさい、写真撮ってもいいですか?」アセ
「あー…そうね、そんな時間か」
新卒「?」
新卒「なんですか?」
「集合写真より先に、しかも自己紹介前に写真撮ることになっちゃったね」
新卒「その…」
「気にしないで。上原さん、この子だけど、ちょっと日課みたいなものでね。せっかくだから新卒ちゃん達と撮った方がいいでしょ?」
歩夢「はい、ぜひ。みんな、自己紹介前にごめんね。一枚だけ撮らせてくれる──?」
5ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 15:25:07.40ID:+gvF3m5y
歩夢「ありがとうございます。ちょっと連絡するので、先に自己紹介始めておいてもらっていいですか。すぐに戻りますね」
「うん。じゃ、私からしようかな」
新卒「…あの……?」チラ
歩夢 スマスマ…
「すごくいい子なんだけど、ちょっとだけ、変わった子でね」
新卒「上原先輩、なにされてるんですか?」
「飲み会に参加してる間ね、三十分ごとに写真撮って送るのよ」
新卒「誰にですか?」
「……同棲してる恋人さんに。詳しくは踏み込まなかったけど、前に少し聞いた話では──」
「過去の自分への、戒め…だって」
………
……
…
6ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 15:28:18.65ID:+gvF3m5y
「二軒目行く人はこっち集まってー」
新卒「上原先輩、行かないんですか?」
歩夢「あ、ごめんね。帰るって連絡しちゃったから」
新卒「えー、つまんなーい。上原先輩ともっとお話ししたい~!ね、先輩…」
歩夢「うん」
新卒「!」パァ…
歩夢「また明日、いっぱい話そうね」ニコッ
新卒「え…」
7ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 15:31:41.09ID:+gvF3m5y
歩夢「すみません、それじゃ、これで帰りますね。お疲れ様でした」ペコ
「ああうん、お疲れ様。また明日ね」
「上原さんまた明日~」ノシ
新卒「………」
「…あれは、そういうものだと思ってあげて」ポン
新卒「! でも…」
「『帰るって連絡しちゃった』上原さんは、絶対についてきてくれないから。私達も何度か無理やり連れていこうとしちゃったこともあるけど…ねえ?」
「…ね」コクン
「相手の線引きが見えたら安易に越えようとしないのも、社会人として大切なことよ」
新卒「…わかりました」
………
……
…
9ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 15:35:00.28ID:+gvF3m5y
『飲み会終わったよ。これから帰るね』
『侑ちゃん:わかった。気をつけてね』
併せて送った帰路ルートの電車は、あと十一分で発車する。
大宮行で神田まで行って、六分後の中央線快速に乗り換えて三十分弱。
23分に駅に着くから、35分には家に着く。
そしたら、明日の朝まではずっと侑ちゃんと二人きり。
侑ちゃんも、私も、誰にも会わない。
不安にさせることなんか一つもない。
侑ちゃんを泣かせたり傷つけたりすることなんか一つもない。
だって、私はずっと侑ちゃんの隣にいるんだから。
お仕事とどうしても断れない用事の間以外は、ずっと。
だから、もう大丈夫。
大丈夫なの。
13ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 15:54:55.83ID:+gvF3m5y
『大宮行、ドア閉まります──』プシュ… バタン
思ったより早く駅に着いたけど、一本見逃して、予定通りの電車に乗る。
早く侑ちゃんに会えるならそうしたいけど、早ければいいってわけじゃないから。
予定と違う行動、侑ちゃんが想定していない行動。
そういうものをできるだけ、できるだけ、さけていく。
私の行動を侑ちゃんが全て把握できるように。
そうじゃないと、不安にさせちゃう。
本当は新卒歓迎会なんて嘘なんじゃないか。
写真は前もって用意してたんじゃないか。
違う。
早く帰ってこられたのは、そもそもいる場所が違ったからなんじゃないか。
違う。違うよ、侑ちゃん。
嘘を、ついていたんじゃないか────。
歩夢「嘘なんかついてない。違うよ。信じて……信じて、侑ちゃん………」
私は、三年前、浮気しました。
*
14ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:00:03.81ID:+gvF3m5y
*
耐熱皿に移した牛皿を電子レンジに入れて『おまかせ』ボタンを押す。
やっぱり歩夢がいないと、自分だけのためにごはんを作ろうとは思えないや。
『歩夢:新卒歓迎会中だよ。右の四人が新卒で、右から二番目の子がうちの課なの』
『歩夢が写真を送信しました』
チンが終わらないうちに返信しちゃおう。
『歩夢も後輩二人目かあ。立派な先輩社員だね!』
ずる、と冷蔵庫にもたれかかって座り込む。
時計を見ると、18時36分。
20時半には終わるって言ってたから、あと三回連絡があるかな。
17ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:04:06.36ID:+gvF3m5y
飲み会とか、人と会うときとか。
歩夢は、三十分ごとにその場で写真を撮って送ってくれる。
一緒にいる相手と周りの状況がよくわかるように画角を選んで。
それで、私は思うんだ。
ああ、歩夢は今こうしてるんだな、聞いてた予定の通りだな、って。
用事が済んだら『今から帰るね』のメッセージと、乗換アプリのスクショを送ってくれる。
何時何分の電車でどんなルートで帰ってくるよ、と。
それで、私は思うんだ。
なるほど、この電車で帰ってくるなら、歩夢は何分に家に帰ってくるんだな、って。
18ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:07:26.17ID:+gvF3m5y
とっくにチンが終わっていた牛皿はまだ温かくて、缶ビールと適当につまむのにちょうどいい。
牛皿だけ買って帰るくらいなら、もう牛丼食べてっちゃえばよかったかな。
まっすぐ帰る癖がついてるせいで、咄嗟に寄り道したりするの苦手なんだよね。
まあ、人に会わないで済むならその方が気楽かもしれないけど。
予定外のことがあると、どうしても色々考えちゃうもんね。
色々考えちゃうと、焦って判断ミスしやすくなるし…ね。
焦って判断ミス、か。
侑「……それは、言い訳にしてもお粗末なんじゃないかなあ」
次の連絡に返したらさっとシャワーを浴びよう。
浴槽にお湯を溜めるのは、その後でいいや。
………
……
…
20ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:10:50.58ID:+gvF3m5y
歩夢「ただいまぁ」
侑「お帰りなさい、歩夢」
歩夢「侑ちゃんっ」タタッ
ギュウゥッ
侑「おー、よしよし。寂しかったねー」ナデナデ
歩夢「ん~~~~っ」スリスリ
侑「新卒ちゃん達はどうだった?」
歩夢「うん、みんな真面目な感じでよさそうだったよ」
侑「あはは。歩夢に真面目って言われるんなら、相当なんだろうなー」
歩夢「どういう意味?」
侑「そのまんまの意味だよ。お風呂、沸かしてるけど」
歩夢「むー、ちょっとごまかしたでしょ?…ありがとう。でも、後でいいや」
歩夢「ね」スリ…
侑「……うん」ギュ
………
……
…
21ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:14:22.23ID:+gvF3m5y
歩夢「失礼しまーす」チャポ…
一足先に浴槽へ浸かっていた私を追って、身体を洗い終えた歩夢が嬉しそうに脚の間に入ってくる。
侑「歩夢~」ギュ
歩夢「もう、侑ちゃんってば甘えんぼさんなんだから」
腰に腕を回して歩夢の背中にもたれかかる。
うなじに張り付いた髪が艶めかしくて、鎮まったばっかりの感情がまたざわつく。
侑「あゆむ」ン
歩夢「侑ちゃん」チュ
器用に上半身を捻って、口づけをくれる。
侑「はあ、幸せ…」
歩夢「うふふ。私も」
22ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:18:03.34ID:+gvF3m5y
お互いに体重を預け合い、湯気の中に溶ける香りをゆっくりと吸い込んでは息を吐く。
用事があってまっすぐ家に帰れなかった日は、決まって歩夢は体温が高くなるし匂いも少しだけ強くなる──私がそう感じているだけなのかもしれないけど。
歩夢が帰るなりお互いを腕の中に閉じ込めて、もつれ合い、求め合う。
歯を立てて、舌を這わせ、香りをむさぼり、鳴かせ、鳴かされ、溺れる──溺れる。
そうして相手の全てを確かめた後、二人でゆっくりお風呂に入る。
そんな、普段より濃く歩夢を感じられる日のまぐわいが、私は大好きだ。
今日も私が歩夢だけのものであることを、攻めて、受けて、思い知る。
………ううん、違うな。
侑「…そうやって、戒めてるんだ」
歩夢「え、なあに?」
侑「……なんでもないよ。ね、歩夢。もう一回」ン
歩夢「もー、また火が着いたって知らないんだからね」チュ
幸せでい続けることが、私の罰だから。
*
23ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:21:43.03ID:+gvF3m5y
──────
────
──
あの日は、演劇サークルに入ったしずくちゃんに観劇の招待を受けて、久しぶりにみんなで集まった。
かすみ『侑せんぱ~~~い!』ブンブン
侑『あ、かすみちゃん!』タタタ
かすみ『お久しぶりですねぇ、大学はどうですか?』
侑『うん、すっごく楽しいよ。周りはみんな小さな頃から音楽やってきた人たちばっかりだから、ついていくのに必死だけどね』
かすみ『あんまり一生懸命になり過ぎて、楽しいって気持ちを忘れちゃだめですよ。侑せんぱいは頑張り屋さんだから心配です』
侑『あはは…うん、気をつけるよ。ありがとう』
愛『お、ゆうゆー!かすみーん!』
侑『愛ちゃんだ!お~~い!』ノシ
かすみ『りな子も一緒にいますね!』ノシ
璃奈 ノシ
侑『楽しみだね、しずくちゃんの演劇』
かすみ『はい。でも、残念ですね──歩夢せんぱい達』
どうしても都合がつかなかった、歩夢と果林さん以外。
──
────
──────
25ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:25:32.05ID:+gvF3m5y
*
すっかりはしゃぎ疲れた侑ちゃんがうつ伏せになったまま動かなくなってしまった頃、一通のラインが来た。
『果林さん:土曜日荻窪の方に行くんだけど、午後は予定ある?』
歩夢「…!」
土曜日。
なんの予定もない。
果林さんは多忙でなかなか会えないので、こうして連絡してくれるのは珍しい。
久し振りに果林さんに会えると思うと嬉しくて、すぐに返信する。
『特にないですよ』
26ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:29:15.68ID:+gvF3m5y
『果林さん:そう、よかった。二時には用事が済むと思うんだけど、そっちまで行った方がいい?』
『荻窪駅ですよね?近いので平気ですよ』
と返してから、
『待ち合わせがいきなり新宿に変更になっても困っちゃいますから』
と加える。
少しだけ間が空いて、
『果林さん:中央線くらい迷わずに乗れるわよ!』
歩夢「…うふふっ」
27ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:32:48.17ID:+gvF3m5y
『どうでしょうね。渋谷から代々木に行く山手線だって、どっちに乗ればいいか迷ってませんでしたっけ』
『果林さん:だってホームが違うんだもの』
『ちなみに、どっち回りに乗るんですっけ?』
『果林さん:右向きの方でしょ』
歩夢「やっぱり荻窪から動かずに待っておいてもらった方がよさそうだよね」クス
それから一言か二言交わして、簡潔に連絡を終える。
気兼ねなく会える相手は本当に少ないから、果林さんは貴重な存在だ。
だって、果林さんは──果林さんだけは────
28ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:36:08.91ID:+gvF3m5y
歩夢「…………っ」
ふと、頭が痛む。
私もお風呂でのぼせちゃったのかもしれない。
歩夢「私も寝ようっと」
侑ちゃんの足先にまでお布団をかけてから、部屋の明かりを消す。
歩夢「…楽しみだねえ、果林さんに会えるの」ナデ…
すやすやと寝息を立てる侑ちゃんは、今日も私の隣にいる。
*
29ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:39:37.76ID:+gvF3m5y
──────
────
──
侑『うえっ……ひぐっ……っく…』
子どもみたいに泣きじゃくる侑ちゃん。
いつの間にか外は暗くなっていて、街灯の片鱗だけが弱々しく差し込む。
嗅ぎ慣れた二人きりのものに、甘ったるいニオイが混じる室内。
私はなにも言えないまま膝の上で固めた拳が、痛いほどに熱いなと感じていた。
噛み締めた唇の隙間からは荒々しく息が漏れ続けて、涙がこぼれないようにするのが精いっぱいだった。
一粒こぼれれば、きっともう止められないから。
全身が心臓になったみたいに強く脈を打って、今にも意識が飛んでしまいそうで。
私には、私を守るためにできることが一つしかなかった。
歩夢『……………………侑、ちゃん』
鋭く息を呑む声、
聞こえないふりをして、私は頭を床にこすり付けた。
歩夢『………ごめん、なさい……………』
そのとき私の名前を呼んだ掠れた声を、生涯忘れることは、きっとない。
──
────
──────
30ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:42:51.93ID:+gvF3m5y
*
土曜日
歩夢「果林さん!」トン
果林「ああ、やっと会えたわ」ホッ
歩夢「もう。改札の前で待っててくださいって言ったのに、どうしてこんなところにいるんですか」
果林「いえ、だって、改札の前にいた人達がみんなこっちに向かってたから…」
歩夢「それは私達の待ち合わせには関係ないことですよ」
果林「そうだけど…」
歩夢「やっぱり荻窪待ち合わせにしておいてよかった」
果林「電車に乗るんだったら間違えないもの」
歩夢「信じられないな~」
果林「ちょっと歩夢…!って、あなたまでそんな目で見ないでよ──侑」
侑「あはは、相変わらずだなーと思ってさ。久し振り、果林さん」
果林「久し振り。悪いわね、わざわざ来てもらっちゃって」
侑「ううん、全然いいよ。二駅だし」
歩夢「果林さんがこっちに来るよりも確実だし」ボソ
果林「こら、歩夢。聞こえてるわよ」
歩夢「えへへ」
31ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:46:05.61ID:+gvF3m5y
カフェ
侑「今日は撮影で?」
果林「ううん、今日は全然別。お世話になってた美容師さんがお店をオープンしたからそのお祝いと、お客さん第一号になってきたのよ」
侑「あー!すっごくオシャレだなーと思ったらそういうことだったんだ」
歩夢「じゃあ、午前中は美容院にいたんですね」
果林「そ。どう?センスいいでしょう」
歩夢「とっても。なんてお店ですか?」
果林「…英語のね、あの…」
ゆうぽむ「「………」」
果林「ショップカード貰ったからあげるわ。ぜひ行ってみて」スッ
歩夢「ありがとうございます!」
侑「果林さん、これ、ローマ字じゃない?『Chou-cho』って、普通に『ちょうちょ』なんじゃ…」ジッ
果林「い、いいでしょもう!ほら、注文しましょうよ!」
侑「はーい」
………
……
…
32ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:49:31.77ID:+gvF3m5y
歩夢「そういえば、あれ見ましたよ。シプラのジーンズ特集!」
果林「あら、よく見つけたわね」
侑「果林さんスタイルいいからジーンズすっごく映えるよね。あれ見て買いたくなったけど、私、結局あんまり身長伸びなかったからさぁ」シュン
歩夢「まーまー、侑ちゃんは小さく可愛いのがいいんじゃない」ヨシヨシ
侑「私だってかっこよくなりたいのにー!」
果林「そうねえ。シプラはメインターゲット的に侑と合うサイズの取扱いが少ないと思うけど、じゃなければ合わせやすいジーンズを揃えてるサイトがあるから、後で送りましょうか?」
侑「ほんと!?ぜひ送って!」パァ
果林「そうそう、シプラといえば、この間彼方からも連絡があってね」
侑「!」
歩夢「…!」
果林「『モデルさんに惹かれてジーンズ買っちゃったよ~』ってわざわざ手紙をくれて、」
ガタッ
33ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:53:16.38ID:+gvF3m5y
歩夢「すみません、ちょっと私、お手洗いに行ってきますね」タタタ
果林「え?ええ」
侑「あ、歩夢…」
果林「…私に『相変わらず』なんて、よく言えたわね」ハァ
侑「…うん」
果林「みんなとほとんど連絡取ってないらしいじゃない」
侑「そう、だね」
果林「休日はいつも二人で?」
侑「よっぽどのことがない限りはね」
果林「私はよっぽどのことなのね」
侑「果林さんは、ほら、特別だから」
果林「…あなた達の関係だもの、余計な口出しする気はないけど」
侑「そういう表情には見えないけどなあ」ハハ…
笑って見せると、果林さんはこれ見よがしに溜め息を吐いてからコーヒーを口に運んだ。
「じゃ、彼方の話はやめときましょうか」と呟くので、「うん」と返す。
歩夢が席に戻ってきたのは、たっぷり十分以上経ってからのことだった。
*
34ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 16:56:50.03ID:+gvF3m5y
──────
────
──
歩夢『……金曜日、飲み会になっちゃった』
侑『そうなんだ。珍しいね、楽しんでおいでよ──』
歩夢『っ本当は行きたくないんだよ、でもどうしても断りきれなくって!』バッ
侑『え、うん、そっか。でもせっかく行くなら…』
歩夢『今聞いてるメンバーはね、科の子が二人と、そのサークル繋がりの子が三人。後で名前とか聞いて教えるから』
侑『そ、そこまでしなくても…』
歩夢『場所も送ってもらったの。えっとね…ここ。二時間で切り上げるから、帰るときには連絡するからね』
侑『…うん、わかった』
歩夢『……侑ちゃん、私、嘘なんかついてないよ。本当だよ…』
侑『────………っ、うん…わかってる。信じてるよ』
歩夢『ほんとだよ…ほんとに、嘘なんか…ついてない…』カタ…
侑『…大丈夫だよ、歩夢』ギュ
歩夢『侑ちゃん……侑ちゃん………』カタカタ…
あの日から、歩夢はとても怖がりになった。
侑『──ごめんね、歩夢────』ギュッ…
──
────
──────
37ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 17:00:14.75ID:+gvF3m5y
*
果林「それじゃあ、またね。楽しかったわ」
歩夢「ここ、行ったら写真送りますね!」
貰った美容院のショップカードを振って見せると、果林さんは嬉しそうに目を細めた。
果林「ええ、ぜひ。ああそうだ、ジーンズのサイト、後で歩夢に送っとくからね」
侑「うん、ありがとう」
歩夢「またこっちに来るときは連絡してくださいね」
果林「歩夢達も。うちの傍まで来たら連絡してちょうだい」
歩夢「もちろん!」
果林「二人とも、気をつけて帰ってね」
ゆうぽむ「「………」」キョトン
ゆうぽむ「「…ふふっ」」
果林「?」
38ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 17:03:51.80ID:+gvF3m5y
歩夢「果林さんこそ、途中まで送っていかなくて平気ですか?」
果林「なっ…!平気に決まってるでしょ、もう!」
侑「乗換わかんなくなったらいつでも電話してね」
果林「絶対しませんーっ」
うーっと子どもっぽく睨まれてしまう。
うふふ、果林さんってば普段がかっこいいだけに、こうしてからかいたくなっちゃう。
歩夢「それじゃあ、また」
東京行に乗り込んだ姿を見送ってから、侑ちゃんと手を繋ぐ。
歩夢「ここ、さっそく来週行ってみない?」
侑「いいね。ちょうどそろそろ美容院行きたかったんだ~」
歩夢「侑ちゃんどんな髪型にしてもらおうかなあ」
侑「え!?自分の髪型じゃなくて!?」
歩夢「私はなんでもいいもん。侑ちゃんの方が大事だから」
侑「そ、そうかなあ…」
困惑する侑ちゃんの髪型を好きにいじっていると、電車はすぐにやってきた。
………
……
…
39ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 17:07:32.09ID:+gvF3m5y
侑「あゆむー……手ぇ…」パタ
歩夢「はいはい」ギュ
侑「まだ寝ないの…?」
歩夢「ううん、もう寝よっか。電気消すね」
侑「うん…」
侑ちゃんはなにかもごもごと話しかけてくれるけど、もう相当眠いようで、うつ伏せも相まってほとんど聞き取れない。
やがてすうすうと寝息を立て始めたので、少し硬い髪を撫でる。
一度眠ってしまった侑ちゃんは滅多に起きない。
横髪を掻き分けると、小さな耳が現れる。
平熱が高いせいで、だいたいいつも赤くなっていて熱っぽいよね。
唇を触れさせるとじんわりと熱を感じる。
歩夢「…果林さん、会うたびに綺麗になっていくね」
40ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 17:10:54.49ID:+gvF3m5y
吐息がくすぐったかったのか、唇の感触に反応したのか、耳がぴくりと震える。
歩夢「みんな、みんな、キレイなままでいられたらよかったのにね」
耳の帯びる熱が増したような気がするのは、私の吐息が熱いからかもしれない。
歩夢「キレイなのは、果林さんだけだね」
繋いだ手に、きゅ、と力がこもる。
歩夢「行けばよかった」
歯を立てる。
歩夢「行かせなきゃよかった」
ん、と高く細い声が漏れる。
歩夢「そしたら、私はあんなこと──」
歩夢「────侑ちゃんは────あんな、こと────……っ」
*
41ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 17:14:48.73ID:+gvF3m5y
*
朝。
いつも通りうつ伏せで目を覚ます。
横を見ると、私の左手を両手で包んで眠る歩夢の顔。
ほんとは頭を撫でたりしたいけどこの体勢じゃどうしようもないから、歩夢が起きるまでぼうっと寝顔を眺めて過ごす。
歩夢 スゥ…
「寝てるときの顔なんて眺めないで!」って怒られちゃうけどね。
幸せそうに眠る顔を見られるのが、本当に嬉しいんだ。
もう、歩夢の寝顔に涙の跡を見つけることはなくなったから。
──歩夢「みんな、みんな、キレイなままでいられたらよかったのにね」
たとえ、涙が涸れちゃっただけだとしても。
42ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 17:16:19.94ID:+gvF3m5y
あの日、歩夢も一緒に行けていれば。
──歩夢「行けばよかった」
あの日、私も行けない理由があったなら。
──歩夢「行かせなきゃよかった」
なにも、間違わずに済んだのに。
43ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 17:19:42.02ID:+gvF3m5y
人に、ましてや友人に会わないで済むならその方が気楽だなんて言いたくないけど。
友人同士だからといって、全てが予定通りに、想定通りに進むとは限らないから。
色々考えようとすると、かえって焦る。
焦って、判断ミスしちゃったりする。
そんなお粗末な言い訳はないとわかっていても、ね。
侑「────────」
泣きたかったのは、私じゃない。
謝るべきだったのは、歩夢じゃない。
私も、歩夢も、そうすることしかできなかっただけ。
44ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 17:22:53.36ID:+gvF3m5y
怖くて、怖くて、言えなかった。
私がなにより真っ先に言わなくちゃいけなかったことを。
歩夢が、言ったとき。
──歩夢「……………………侑、ちゃん………ごめん、なさい……………」
歩夢が私の隣にいるためにはそうするしかなかったのだと、わかったから。
私はその罪を一生背負っていくことに決めた。
これからも歩夢の隣にいるためには、そうするしかなかった。
47ぬし ◆z9ftktNqPQ (秋と紅葉の楼閣)2021/03/07(日) 17:25:55.17ID:+gvF3m5y
私が背負うべき全ての責任を歩夢が背負う。
その罰を、私は背負う。
歩夢を失うことに比べれば、そんなのは罰にもならない。
だから私は、その他の全てをなげうとう。
電話帳アプリなんて必要なくて。
トークルームは一つしかなくて。
歩夢と仕事を往復するだけの、単調な日常。
侑「好きだよ、歩夢」
残る全ての時間の使い方は、二度と間違えない。
私は歩夢と一緒に生きていく。
一生。
終わり
これで完結の作品として書き上げたのですが、困惑する声が多かったため補足を書いて投下しました。読了感に影響を与える懸念もありますので、以降は自身の責任でお目通しください。