69ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:24:44.91ID:azmfGS+I
絵里「そんなの…認めないわ!」
がしりと腕を掴まれる。
絵里「この子たちをその気にさせて、私をその気にさせて、それなのに貴方がここにいないなんて…認められるわけないでしょう!?私の――私の隣に貴方が立たなくて、誰が立つっていうのよ!」
希「……」
にこ「希。あんた、ずっとにこのこと応援してくれてたわね。そのことにすごく感謝はしてる…でも、にこはそんなのいらなかった。ただ隣にいてほしかったわ。あんたを誘った言葉にも気持ちにも、一回だって嘘はなかったのよ」
希「…………」
海未「希先輩。私たちがこうやってグループとして一つになれたのは、あなたがいてくださったからです。希先輩なのでしょう、私たちに『μ's』の名を下さったのは。それならば、あなたがいないこのグループを、誰がμ'sと呼べるのですか!」
希「……………」
穂乃果「希先輩!私、難しいことはよく分かりません。でもこれだけは言えます…私は、希先輩と一緒じゃなきゃ嫌なんです!私が嫌なんです!!」
希「……っ!」
希「…放して」
絵里「希…」
70ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:25:46.49ID:azmfGS+I
希「えりち。にこっち。海未ちゃん。穂乃果ちゃん。ありがとう」
穂乃果「お礼なんかいりません。だから、」
希「ウチは…ウチは、みんなの邪魔をしたくない」
ぽろぽろと。
そんなつもりはないのに、涙が零れ落ちる。
絵里「邪魔になんかならないわ。みんな貴方が必要なのよ」
希「あかん…あかん……ウチじゃだめなん…」
穂乃果「希先輩…どうして」
伸ばされた手を掴みたい。
穂乃果ちゃんを始めとするみんなが一つになって、そこにえりちも加わることができて。
そこに――いたくないわけがない。
だけど!
71ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:26:55.27ID:azmfGS+I
――――パチン
卒業製作の壮大なステンドグラスを、指一本で全損させた。
――――パチン
文化祭のお化け屋敷に大量のビー玉をぶち撒けて、からくり屋敷に変貌させた。
――――パチン
修学旅行のバスに一人だけ乗り損ねて、旅程を大きく狂わせた。
――――パチン
家庭科の調理実習で、とっても塩っぽいケーキを作り上げた。
――――パチン
大掃除でワックスのバケツを引っくり返して、二時間の成果を台無しにした。
72ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:28:04.01ID:azmfGS+I
幾度となく失敗し、ことごとく人の頑張りを無に帰してきた。
なにかを為そうとするときに必ず頭の中に鳴り響く悪魔の舌打ちが、度重なる転校以上に人との繋がりを怖いものだと思わせる要因となった。
分かっている。
本当は、高校に入ってから大きな失敗がなくなったのは、決して注意深くなったからなんかじゃない。
人との繋がりを減らし、『想い』や『願い』を遠ざけ、どんな失敗が起こるか分からないなにもかもをはね除けてきたから。
ただそれだけのことだ。
今、目の前で大きな大きな『奇跡』のカケラたちが一つになろうとしている。
そこに加われば、きっと。
間違いなく。
その最も大切なときに、再び悪魔が舌打ちをするだろう。
そんな恐怖には――耐えられない。
73ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:29:32.50ID:azmfGS+I
希「9人目は、責任を持ってウチが見付ける。目星はついてるんよ。一年生の美奈ちゃんとか、二年生の優香ちゃんとか、四組の柚村さんとか、みんなと並んで立つのに遜色ない子なん。あとはきっかけさえあればみんなと繋がることができて、」
絵里「そんなこと誰が望んだのよ!」
にこ「ここにいる8人の心は一つ、あんたに仲間になってほしいって、それだけのことなのよ。分かんないわけじゃないでしょ」
希「…えりちの言ったことそのまんまなん」
絵里「え?」
数日前の、生徒会室でのワンシーンを思い出す。
部の申請をしにきた穂乃果ちゃんたちに対して、えりちは頷きながらも断った。
希「申請の要件は満たしてるかもしらん。でも、承認の要件が満たされてない…そんな感じやね」
えへへ、と笑ってみせる。
希「ウチのこのギャグまんがみたいな体質が、永遠にそれを許してくれないんよ」
74ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:30:39.25ID:azmfGS+I
やっと顔を上げられた。
言いたいことを言ってどこかすっきりしてしまったのは、一人だけずるいと言われるだろうか。
それでもいい。
たとえ同じ場所に立つことができなくても、影からみんなをサポートすることさえできれば。
えりちを始めとする誰も、なにも言わない。
呆気に取られたように、呆れたように。
湛えられた憐憫と遺憾は、必ず払拭してみせるから。
希「ほな、ウチは行くね。次の曲も楽しみにしとるよ」
海未「待ってください。どこへ行こうというのですか」
海未ちゃんの声。
希「え?どこって別に、お昼ごはんでも食べに…」
その言葉は深い溜め息にも聞こえて。
海未「それしきの理由で私たちから――穂乃果から逃げられると思わないでください」
75ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:32:41.85ID:azmfGS+I
希「は、はあ?それしきの理由って」
海未「穂乃果!」
穂乃果「あいよっ!」
パァン、と海未ちゃんの手が打たれる。
海未「ワン ツー スリー フォッ」
希「な、なにしてるん?」
海未「ダンスの練習です。穂乃果、半拍子ほど遅れていますよ!ファイ シックス セブン エイッ」
9人っきりの教室内。
決して広いとも言えない空間で、どこかはらはらさせる動きながらも、手拍子についていく穂乃果ちゃん。
すごいけど、これが一体なに――と改めて抗議しようとした瞬間、
76ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:34:44.23ID:azmfGS+I
穂乃果「わあああっ!」
ステーン、と穂乃果ちゃんがすっ転んだ。
ことり「きゃあっ!」
真姫「ちょっとこっち来ないであああもうっ!」
花陽「あっ真姫ちゃんことりちゃん…」
凛「かよちん危ないよ!んにゃあっ!!」
にこ「んぎゃなんでに"ごも"ぉぉっ!」
転んだ弾みで穂乃果ちゃんの上履きが吹き飛び、避けようとしたことりちゃんが真姫ちゃんを巻き込んでドミノ倒しに。
駆け寄ろうとした花陽ちゃんの裾を掴もうとした凛ちゃんが、なぜかにこっちの手を引いて一緒にこけて。
海未ちゃんと花陽ちゃん、それにぽかんと見詰めるだけのえりちを残して死屍累々。
77ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:36:47.75ID:azmfGS+I
真姫「いたたた…なんなのよ、もうっ!」
花陽「り、凛ちゃん大丈夫?」
凛「大丈夫だにゃ!かよちんが転ばなくてよかった~」
にこ「にこをクッションにしたらそりゃ大丈夫でしょうよ!早くどきなさいよ!」
凛「にこちゃんクッションになんかなってないにゃ」
にこ「どこ見て言ってんのよ!!」
穂乃果「あたた…ことりちゃん大丈夫?ごめんね」
ことり「う、うん大丈夫だよ…穂乃果ちゃんこそ足を挫いたりしてない?」
穂乃果「えっと…うん、なんともないよ!」
真姫「どうして転んだからって靴が脱げるのよ、意味ワカンナイ」
海未「かかとを踏んでいたようですね。穂乃果…」
穂乃果「だ、だって海未ちゃんがいきなり手拍子し始めるから!」
海未「ちゃんと合図をしてあなたも応えたでしょう!」
ことり「誰も怪我しなくてよかったあ…」
海未「本当です。誰がここまで派手に失敗しろと…まあ、これで全員無傷というのも、ならではでしょう」
78ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:38:55.01ID:azmfGS+I
希「な、ならではって…」
困惑を隠せない。
転び、焦り、怒り、しかしなぜか満足そうで。
ところが、海未ちゃんはしれっと言ってのけた。
海未「もちろん、ギャグまんがならではです」
希「ギャ、ギャグまんが…?」
海未「ええ。このシーンで転ぶのも、それが曲がりなりにもアイドルでありながらこうも派手であったのも、ここまで大勢を巻き込んでおきながら誰一人として怪我をしていないのも、ね」
真姫「まったくもう…転ぶなら転ぶって言いなさいよね」
穂乃果「む、無理言わないでよう真姫ちゃん…」
真姫「そもそも教室の中でいきなり踊り出すんじゃないわよ、このノーキン」
穂乃果「それは海未ちゃんがやらせたんだもん!」
海未「いかがですか、希先輩」
穂乃果「海未ちゃん!少しは穂乃果を気遣ってよ!穂乃果使いが荒いんだから…」
79ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:41:03.16ID:azmfGS+I
やがて、転がっていた全員がのそのそと起き上がる。
すっかり埃まみれになって、お尻をはたきながら照れ臭そうに。
海未「凛」
凛「びしっとポーズ決めた直後に大雨に降られたにゃ!」
海未「花陽」
花陽「腹筋中に練習着のお尻が破れちゃいました…」
海未「真姫」
真姫「デモテープを再生するつもりが間違って録音した鼻唄を再生したわ」
海未「ことり」
ことり「衣装を作ってるときに制服の袖まで縫い付けちゃったよ」
海未「にこ先輩は打合せ中に大きなくしゃみをしてホワイトボードを鼻水で台無しにしたことがあります」
にこ「なんでにこのだけあんたが言うのよ!」
海未「穂乃果は見ていただいた通りいつでも転びますし」
穂乃果「そんなにいっつも転んでないよ!」
海未「私は、その…考え事をしていた様子を…花陽に…」
穂乃果「決めポーズ取ってるのを見られたんだよね」
海未「言わないでください!!」
80ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:43:07.17ID:azmfGS+I
にっ、と。
してやったりと七人が笑う。
そんな――そんなの――
希「…ウチがおることで、いつか取り返しのつかん事態を招いたら、って…それだけは絶対に嫌で、ずっと…」
海未「私たちはみんな、すでにこれでもかと言うほどのギャグまんが体質なのです。そこに今さら希先輩が『いくらか似たようなもの』を持ち込もうと、たいしたことはありません」
希「………!」
ずっとずっと、この体質を忌々しく思ってきた。
望みを奪い手足を縛る、外すことのできない枷だと。
だからきっと、もうなにもすることは叶わないのだと。
でも、そんなことはない…
この枷を外すことができないままでも、受け入れてくれる人たちがいる。
だったら、もう――――
希「ウチも、みんなの隣に…立ちたい」
81ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:45:09.24ID:azmfGS+I
止めたと思ったのに。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
再び瞳からは涙が溢れ出す。
けれど、この涙はちっとも悲しくなんかなくて。
暖かく、暖かく、頬を濡らしていった。
絵里「よろしくね、みんな」
希「よろしくな、みんな」
「「「よろしくお願いします!絵里先輩、希先輩!」」」
***
82ぬし ◆z9ftktNqPQ (茸)2018/04/02(月) 07:47:10.89ID:azmfGS+I
その日から、悪魔は鳴りを潜めている。
幾度ものライブの日も、9人で大喧嘩をしたときも、大切な未来のことを話し合った場でも。
舌打ちは一度も聞こえなかった。
いや、本当はいつだってそこにいて、何度だって鳴らされていたのかもしれないけれど。
絵里「さあ、行くわよ!」
凛「気合い入れて行っくにゃー!」
希「あ~待ってえなみんな~!ウチまだ準備が…っとと、うわあああっ!」
ことり「きゃあっ!」
海未「またですか希!」
希「あたた…ごめんごめん…ってあれ、海未ちゃん。シャツ前後ろやない?」
海未「!?」
穂乃果「あはははっ、海未ちゃん間抜け~」
海未「笑いましたね穂乃果!」
ことり「えへへっ、海未ちゃんおかしい」
海未「ふふ…もう、着替えてすぐに行きますよ」
穂乃果「海未ちゃん待ちなんだよ~」
海未「言いっこなしです!」
――――パチン パチン パチン…
そんな些細な音は――
私の大切な仲間たちが、いつだって掻き消してくれるのだ。
終わり
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