くれた言葉 1

1>>1(茸)2019/08/27() 18:39:34.83ID:T0/JLuFs

ことり「真姫ちゃん」

からり、と扉が開けられた。
鍵盤を叩いていた手を止め、そちらを見る。

海未「やはり、ここにいたのですね。教室にいないから探してしまいましたよ」

ことり「凛ちゃんと花陽ちゃんから、真姫ちゃんお昼休みはお弁当を食べた後はいつも音楽室にいるって聞いて、来てみたの」

海未と、その脇に控えたことりの姿があった。
凛や花陽はたびたび聴きにきてくれるけれど、この二人──というか、一年生組以外が訪ねてきたのは初めてのことだ。

海未「真姫。今、少しいいですか?」

いつもの、凛々しくも綺麗な笑顔で入室してくる海未。
ことりは静かに続き、後ろ手に扉を閉める。
良い伴侶ね。

 

2>>1(茸)2019/08/27() 18:40:24.73ID:T0/JLuFs

真姫「構わないわよ。珍しいわね、二人が来るなんて」

小さく頷き、手近な椅子を勧める。
ことりと隣同士にちょこんと座り、海未が言う。

海未「明日の放課後、私達と出掛けませんか?」

真姫「え?私達って、海未とことりと?」

海未「それ以外にいるのですか?」

きょとんとした表情で返される。
いや、この場にはいないけれど……
疑問符だらけの会話に、さらに追い討ちを掛ける。

真姫「構わないけど、どうしてこの三人なの?」

海未「えっ」

またしても驚いて見せる海未。

 

3>>1(茸)2019/08/27() 18:41:12.43ID:T0/JLuFs

海未「嫌ですか?」

真姫「い、嫌とかじゃないわよ。ただ、なかなか誘われたことのない組み合わせだなと思っただけ」

海未「それはそうかもしれませんが、同じμ'sのメンバー同士なので不都合はないかと思ったのですが……」

真姫「不都合はないけど……」

二人しておろおろしながら会話をしていると、やっとのところでことりが助け船を出してきた。

ことり「ほら、海未ちゃん。ちゃんと説明しなきゃ、真姫ちゃんだって分からないよ」

海未「わ、私はちゃんと説明したつもりですが……」

真姫「どういうことなの? ことり」

これでは埒が明かないと思い、会話の相手を切り替える。

ことり「海未ちゃんはね、作詞と衣装のことについて、一緒に考えようって言いたいんだよ」

真姫「ああ、そういうことなのね」

やっと得心がいった。

 

4>>1(茸)2019/08/27() 18:42:06.18ID:T0/JLuFs

海未「この三人ならそれしかないと思って、私は……」

ことり「私や海未ちゃんからしてみれば、そのつもりで来たから分かってるけど、真姫ちゃんは突然訪ねられて話し始められたんだから、困惑して当然だよ。このお話は初耳でしょ?」

優しい調子で説くことりに、海未は納得した様子で頷く。

海未「なるほど、言われてみれば確かにその通りです。申し訳ありませんでした、真姫」

真姫「い、良いわよ。謝らなくて」

丁寧に頭を下げる海未。
下級生に対しても礼儀の手を抜かない、素晴らしい人だと思う。

話を理解できたところで、本筋に戻ることにする。

 

5>>1(茸)2019/08/27() 18:43:02.52ID:T0/JLuFs

真姫「それで?出掛けるって、どこかへ行くつもりなの?放課後ってことは、練習と被るんじゃない?」

いつものように、他のメンバーが屋上で練習している間に部室や音楽室で三人集まるというわけではないのだろう。

海未「明日の練習は、私達は休むことになります」

真姫「あら。さぼりに厳しい海未にしては珍しい判断ね」

海未「これは、私達がμ'sにおける役割を全うするために必要な行為です。穂乃果や凛のさぼりとは意味が違います」

ことり「そういうことっ。たまには息抜きも良いでしょ?」

冷やかな調子で二人の名前を出した海未の肩に手を置き、ことりがにこりと微笑む。

真姫「レッスンリーダーがそう言うなら、特に異論はないわ」

 

6>>1(茸)2019/08/27() 18:44:13.79ID:T0/JLuFs

海未「ちなみに明日の練習指導は、絵里にお願いしてあります」

頷きつつ、海未が言う。
咄嗟の思い付きなんかではないらしく、しっかりフォローも済ませているようだ。
ここらへんの気配りが行き届くのはさすがだと感心する。

私も、凛にさぼりだと言われたときにちゃんと説明できるよう、自分の中で整理しておかないといけないわね。

海未「どこへ出掛けるかについては、ことりと相談しているところです。真姫の希望はありますか?」

真姫「特に。二人が決めたところについていくわ」

海未「助かります」

ことり「ことりはね、刺激的で、普段と違う世界で、癒されて、静かで、可愛い衣装がたーくさん見られるところがいいなあって思うの!」

海未「ですから、ことり。そんなに多くの要望があっては、決められないに決まっています。必要最低限の条件で考えるべきです」

 

7>>1(茸)2019/08/27() 18:45:08.62ID:T0/JLuFs

ことり「えー……でも海未ちゃん。ここを妥協するってことは、次の新曲そのものを妥協するってことにならない?」

海未「そ、それは確かに……」

困ったように抗議することりに、困ったように頷く海未。
なかなか決まらなさそうね。
二人とも言っていることが正しいだけに、その折衝案を見付けるのは大変そうだ。

そこで予鈴が鳴り、三人で同時に「あ」と漏らす。
ピアノの鍵盤をさっと拭き、元の状態に戻す。

ことり「明日までにはちゃんと決めておくからね、真姫ちゃん」

真姫「そんな様子を見せられた後じゃ、安心してらんないけどね」

海未「だ、大丈夫です。このくらいのことで躓いてはいられません」

溜め息を吐いて見せた私に、海未が焦ったように取り繕う。
そしてそんな海未を、ことりが鎮める。

ことり「気張り過ぎは良くないよ、海未ちゃん」

 

8>>1(茸)2019/08/27() 18:46:06.15ID:T0/JLuFs

何事か言葉を交わす二人を横目に、預かってきたスペアキーで音楽室を施錠する。

ことり「それじゃ、明日の放課後、教室まで迎えにいくからね」

真姫「ええ、分かったわ。じゃあ、また練習で」

スペアキーを返しに職員室へ寄ってから教室に帰るとしたら、ちょっと急がなくてはならない。
海未達とは違う方へ踏み出したとき、後ろから呼ばれた。

海未「そういえば、真姫」

真姫「なに?」

海未「作詞と衣装のことだけで話を進めてしまっていますが、作曲の方は問題ありませんか?」

 

9>>1(茸)2019/08/27() 18:47:27.01ID:T0/JLuFs

真姫「ええ。問題ないわ」

力強く頷き返す。
今回の曲はかなり自信がある。
まだ少し改編するつもりではあるものの、既に海未に渡しているデモですら、綺麗にまとまっていると思う。

海未「そうですか、さすがです。私達も負けていられませんよ、ことり」

ことり「うん! とびっきり可愛い衣装にするからね!」

改めてバイバイと言い、二人と別れた。
今回の新曲は今までの中でも特に良い曲に仕上がる。
そんな予感がし、私は弾むような気持ちで職員室を目指した。

 

10>>1(茸)2019/08/27() 18:48:39.03ID:T0/JLuFs



ことり「まーきちゃんっ」

翌日、放課後。
凛と花陽を見送ってから待っていると、ことりが顔を覗かせた。

ことり「お待たせ。準備できてるなら、行こ」

真姫「海未は?いないみたいだけど、待たなくていいの?」

ことり「海未ちゃんは不用意に連れて歩くと後輩から足止めを喰っちゃうから、先に校門で待ってもらってるよ」

真姫「すごい存在ね……」

 

11>>1(茸)2019/08/27() 18:50:10.56ID:T0/JLuFs



真姫「結局、どこへ行くことに決まったの?」

先導する海未に、ことりと並んで続く。

ことり「実はことりも知らないの」

真姫「えっ」

ことり「昨日、海未ちゃんから決めたって連絡を貰ったんだけど……」

海未「ことりの要望を全て叶える場所を思い付いてしまったのです!」

ことり「……の一点張りで、どこに行くか教えてくれないの」

ふふん、と嬉しそうに胸を張る海未を見つつ、ひそひそとことりが耳打ちしてくる。

 

12>>1(茸)2019/08/27() 18:51:44.78ID:T0/JLuFs

真姫「なんだか、嫌な予感がするんだけど」

ことり「ことりもそう思う。海未ちゃん、頭良いのにたまにおばかさんになるから……」

海未「ことり?なにか失礼なことを言いませんでしたか?」

ことり「ぴぃっ!?い、言ってないよ海未ちゃん!」

海未は振り向いてじとりとした視線を向けてきたものの、「そうですか。それなら良いのですが」と、すぐに前へ向き直った。

海未「さあ、二人とも!時間は有限です。さっさと行きますよ!」

ことり「は、はあい……」

真姫「どこへ連れていかれるのかしらね……」

有無を言わせぬ歩調で進む海未に、私とことりは、溜め息を吐きつつ後を追った。

 

14>>1(調整中)2019/08/27() 18:53:20.50ID:T0/JLuFs



海未「着きましたね」

途中からもしやと思っていたけれど、海未は予想を裏切らない場所で満足そうに立ち止まった。

ことり「え……」

真姫「ここって……」

海未「私達の本日の活動は、ここで行いますよ!」

真姫「活動するって、ここ図書館じゃないの!」

海未「そんなことはわかっていますが」

思わず、ことりと顔を見合わせる。

海未「刺激的で、普段と違う世界で、癒されて、静かで、可愛い衣装と素敵な歌詞がたくさん保存されている……まさに打って付けです!」

いやいや……

 

16>>1(茸)2019/08/27() 18:55:43.19ID:T0/JLuFs

こうなってくると、昨日一任した自分が恨めしくなる。
ことりには、なんとしてでも昨日のうちに聞き出しておいてほしかったものだ。
海未に任せっ切りにしてしまったのはまずかった。

ことり「う、海未ちゃん。さすがにことり達、ここじゃなにもできないよ」

海未「そんなことはありません」

ことり「ひっ!?」

なんとか抵抗しようとしたことりに、海未が断定する。

海未「温故知新。ここには先人達が遺した、名作とも呼ぶべき数々の歌詞と衣装の例が存分に蓄えられています。それらを学び糧として、次代に生きる私達がより良いものを生み出して後世へ残し伝える。それこそ、あるべき創作の姿。それでこそ、先人達の苦労も報われようというものです」

ことり「しゅ、趣旨が変わっちゃってるような……」

海未「つべこべ言いっこなしです。さあ、閉館までみっちりと学びますよ!」グイッ

ことり「ああっ。助けてえ、ホノカチャァ~ン……」ズルズル…

聞く耳を持たなくなった海未と引き摺られていくことりを見て、私は何度目かの溜め息を吐いた。

真姫「……今日は休養日になりそうね」

 

17>>1(茸)2019/08/27() 18:57:00.44ID:T0/JLuFs



真姫「ところで、海未。歌詞はどんな調子なの?」

海未「はい……そうですね、八割方できあがってはいるのですが……」

真姫「その言い方は、できている部分についても納得していない、って感じね?」

海未「そうなんです。真姫に頂いた曲とも、合っているとは思うのですが、いまいち決定打に欠けると言いますか……」

真姫「曲の方だってまだ改編するし、焦ることないわよ。新曲を発表する予定日までだって、まだ時間はあるもの」

海未「はい……そうですね」

表面上はにこりと笑い返しつつも、その顔には明らかな苦悩の色が浮かんでいた。

 

18>>1(茸)2019/08/27() 18:58:54.41ID:T0/JLuFs

今までにもこういうことはあった。
海未は真面目な性格なので、やるからには徹底する。
自ら作ったものであっても客観的かつ冷静に分析し、悩みながらやり直しながら、最後には誰もが心から素晴らしいと思える歌詞に仕上げる。
曲と、衣装と、μ's全体の雰囲気と、全てに合った歌詞を作り上げようとするのだ。

そしてそれは必ずうまく行く。
相応の時間を掛けつつも、立派にやり遂げるのだ。

海未が私の曲に合わせて歌詞をしたため、ことりがその両方に合わせて衣装を繕う。
いつの間にかでき上がっていたこの流れは非常にスムーズで、後続する二人を信頼しているがゆえ、私も好きなように曲が書ける。
そういう意味では、流れの最初にいる私は、自分の思うまま曲を書いているので、どちらかと言えば楽をさせてもらっていると思う。

――うみの苦しみ。
ふと浮かんだダジャレを、頭を振って追い払う。
海未が悩んでいるというのに、失礼なことを考える頭だ。

 

19>>1(茸)2019/08/27() 19:01:26.63ID:T0/JLuFs

なにか気の利いたアドバイスをしようかと思ったとき、ことりが嬉しそうに駆け寄ってきた。

ことり「海未ちゃん、真姫ちゃん!見て見てっ」

海未「こら、ことり。図書館で騒いだり走ったりしてはいけません」

ことり「あっ、ごめんなさあい……」

海未に窘められ、えへへ……と後頭部をさすることり。
こんな状態であっても姿勢を崩さない海未は、やはりすごい。

真姫「どうしたの?」

改めて私が訊くと、ことりは再びぱあっと破顔し、控えめに声を上ずらせた。

ことり「うん!すごく可愛いデザインを思い付いちゃったの!今ね、軽く絵に起こしてみたんだ」

言い、ごそごそと鞄から画用紙を取り出す。

 

20>>1(茸)2019/08/27() 19:03:46.80ID:T0/JLuFs

入館前こそ渋っていたことりだけど、いつの間にやらすっかり図書館に籠絡され、せわしなくデザイン関係の棚を飛び回っていた。
ようやく気に入るデザインが浮かび、その場で描いてきたらしい。

ことり「はい、これっ!」

海未「わあ。可愛いです、ことり!」

ことり「えへへ……そうでしょ?」

元々ふわふわした様子で戻ってきたことりは、海未に褒められ、より一層嬉しそうに照れ笑いをした。

真姫「私にも見せて」

二人の手元に置かれた画用紙を覗き込む。

真姫「……え?」

覗き込み、固まった。

 

21>>1(茸)2019/08/27() 19:06:23.60ID:T0/JLuFs

ことり「ことり、音楽だけを聴いてイメージに繋げるの苦手なんだけど、海未ちゃんの歌詞を読みながら聴いてたら、ぴぴって来たの!」

海未「それは良かったです。曲のイメージとも合致した衣装ですね」

ことり「ね。真姫ちゃん、どうかな?」

名前を呼ばれ、どきりとする。
その問い掛けには答えず、海未の方を向く。

真姫「う、海未。歌詞を見せてもらえないかしら」

海未「ええっ。ま、まだだめです。自分が納得していないものを見せるなんて、相手に失礼です」

真姫「良いじゃない。ことりには見せたんでしょ!」

海未「そ、それはことりの助けになるならと……」

真姫「いいから貸して!」

 

22>>1(茸)2019/08/27() 19:07:04.97ID:T0/JLuFs

必死に私から遠ざけようとする海未の手から、歌詞の書かれた紙を引ったくる。

海未「ああっ、真姫、そんな……!」

非道を訴える海未の言葉には耳を貸さず、歌詞に目を落とす。

海未「うう……ひどいです、真姫…… 嫌がっているものを無理やりに取り上げるなど……絵里に訴えますよ」

真姫「海未。これを書き始めたのはいつ?」

海未「え…?」

何事か呟いていたのを無視し、問う。

海未「それは……真姫の曲を聴いてからですので、ええと……一週間ほど前からでしょうか」

真姫「事前に書いていたものを流用したりしてないの?」

 

23>>1(茸)2019/08/27() 19:07:35.71ID:T0/JLuFs

問い詰める私に、困惑しながらも海未ははっきりと答える。

海未「いえ。最近はずっと、歌詞は真姫の曲を聴いてから書くようにしています。そのせいで真姫は最初の納期が短くなってしまい、申し訳なく思っていますが……」

もう一度、手元の歌詞に目をやる。

海未「なにか、変なところがありましたか?」

海未が恐る恐るといった様子で訊いてくる。
ことりも、私がなにを気にし始めたのか分からず、戸惑ったように海未と交互に見比べている。

 

24>>1(茸)2019/08/27() 19:08:01.87ID:T0/JLuFs

真姫「…………いいえ。一週間でこれだけのものを書けるんだなって、感心しただけよ」

海未「な、なんですか、急に。いつもこのくらいのペースでしょう」

真姫「そうよね。そうだったわね」

ことり「真姫ちゃん、」

ことりの声を聞き、はっとする。
慌てて振り向いて、取り繕う。

 

25>>1(茸)2019/08/27() 19:09:01.18ID:T0/JLuFs

真姫「海未の歌詞からイメージを掴めたって言うから、どんなものだろうって気になっただけよ。このデザイン、私も良いと思うわ」

ことり「ほんと!?良かったあ」

曇り顔が一転、ぱっと笑顔に変わる。

真姫「よし。私も海未とことりに負けないよう、細かい部分をもう一度見直すわ」

海未「その意気です。素晴らしい新曲に仕上げて、穂乃果達を驚かせてやりましょう!」

ことり「おーっ!」

ことりが力強く賛同の声を上げた。
私は、歌詞と衣装のデザインを、焼き付けるように見詰めた。

 

26>>1(茸)2019/08/27() 19:09:36.48ID:T0/JLuFs



図書館での時間は特にことりにとって非常に有意義なものとなり、また海未にも良い刺激になったようで、二人は大満足のようだった。
帰り道、二人と別れてから、一人になった私は焼き付けた歌詞と衣装のデザインを思い出す。

真姫「……私のイメージと、全然違った……」

これまでなかった経験に、どうすればいいのかわからない。
私は悶々としたまま、自分の曲をリピートして聴き続けた。

 

27>>1(茸)2019/08/27() 19:11:52.72ID:T0/JLuFs



ことり「ダンス、少しずつ形になってきたね」

ことりの言葉に頷きつつ、私は自らの仕事の遅れを反省する。

海未「そうですね。歌の練習に入れないのが、申し訳ないですが……」

ことり「まあまあ。もうほとんどできてるんだから、詰めるだけでしょ?近いうちに入れるよ。ことりの方もデザイン決まったから、明日はもう制作に取り掛かれるからね。頑張ろ、海未ちゃん」

海未「はい」

見慣れた幼なじみの笑顔に、安心すると同時に気が引き締まる。

 

28>>1(茸)2019/08/27() 19:14:15.60ID:T0/JLuFs

図書館で衣装のデザインの方向性が決まってから一週間と少し。

やや時間が掛かってしまったものの、歌詞もなんとか完成が見え始めた。
真姫が曲を提供してくれてからは、二週間以上が経っている。
おかげで早めに振付を決めることができ、ダンスの練習は順調に進んでいた。

デザインが確定したということで、明日からは衣装作りにも人員を割く必要がある。
歌詞が完成すれば、歌の練習も始まる。
ここから、μ'sの活動が最も激しく、そして楽しくなる。

新曲の発表までに仕上げなければならないという緊張と、それに勝るほどの高揚感。
この感覚に、もはやすっかり虜になってしまった。

 

29>>1(茸)2019/08/27() 19:14:42.10ID:T0/JLuFs

海未「しかし、真姫が曲を早く上げてくれるのは、やはり助かりますね」

空いた椅子を見遣り、言う。

海未「振付を決めるのも、ダンスの練習をするのも、曲があってのことですからね」

ことり「そうだね」

ことりは私の言葉に頷くと、気遣わしげな声を漏らした。

 

30>>1(茸)2019/08/27() 19:16:23.45ID:T0/JLuFs

ことり「真姫ちゃん、疲れてるみたいだったけど、大丈夫かなあ」

海未「最短の納期で上げてくれていますからね……疲れているのも当然のことです。ですが、もう曲は完成だと言っていましたし、明日は簡単な作業についてもらって、少し休ませることにしましょう」

ことり「うん」

一足先に帰ると言った真姫に、ことりは思い出したように訊いた。

──ことり『そういえば、真姫ちゃん。曲は今ので完成なの?改編するって言ってたと思うけど』

その問いに、真姫は「完成よ」と答えた。

その声がわずかにためらっているように聞こえたのが、気掛かりと言えば気掛かりだけれど……

ことり「あっ、もうこんな時間!」

ことりのそんな言葉に、私もつられて時計を見る。
穂乃果を迎えにいく時間になろうとしていた。

 

31>>1(茸)2019/08/27() 19:18:56.28ID:T0/JLuFs

ここ数日、穂乃果は生徒会の仕事を一手に引き受けている。

と言うのも、新曲の発表を数週間後に控えたこのタイミングに、生徒会の仕事が、偶発的な繁忙期となってしまったのだ。
当然、有志活動であるμ'sの方を後回しにしようとしたけれど、穂乃果が力強く「任せて」と言ったので、私とことりはこちらに集中することになった。

穂乃果の方は絵里がサポートに入り、ダンスについても隙を見て二人で練習しておいてくれるとのことだった。

ことり「穂乃果ちゃん、大丈夫かな」

海未「大丈夫ですよ」

短く即答した私の顔を、ことりはじっと見詰め、すぐに笑った。

ことり「そうだねっ」

海未「では、行きましょうか。今なら少し手伝えるかもしれません」

 

32>>1(茸)2019/08/27() 19:19:56.11ID:T0/JLuFs

二人で部室を出、灯りを消したところで、ふと気付く。

海未「あ」

ことり「パソコン、消し忘れてたね。消してくる」

暗闇でパソコンの明かりだけがぼやっと光っていた。
同時に気付いたらしいことりが駆け寄ってくれたので、私は再度部室の灯りを点けた。

パソコンは基本的に、最後に使った人が消すルールにしている。
確か、今日は立ち上げてからずっと、真姫しか触っていなかったと思う。

海未「真姫も、やはりお疲れだったのでしょうね」

ことり「あれっ?」

きちんと専用のチェアに座って、起動中のソフトを落としたり、フォルダを閉じたりしてくれていたことりが、声を漏らす。

 

33>>1(茸)2019/08/27() 19:20:53.29ID:T0/JLuFs

海未「どうかしましたか?」

ことり「このデータ、なんだろう」

海未「どれですか?」

覗くと、画面にはひとつだけフォルダが残っていた。
真姫の専用フォルダだ。

ことり「これ」

矢印がくりくりと動いて辿り着いた先は、音楽ファイル。

ことり「このデータ、今回の新曲と同じ名前だよ」

海未「では、新曲のデータではないのですか?」

 

34>>1(茸)2019/08/27() 19:21:28.86ID:T0/JLuFs

ことり「そうかなあ……でも、最終更新日が昨日になってるの」

海未「え?曲ができたのは、もう二週間以上も前ですよ?」

思わず顔を見合わせる。

ことり「……良いかな」

海未「少しだけなら」

ことりが恐る恐るクリックすると、音楽が流れ始めた。
その流れてきた音楽を聴き、再び見合わせる。

海未「……これは」

私は嫌な予感がし、急いで携帯電話を取り出した。