一目貴女を見た日から 1

2ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:13:56.16ID:By+20cRm

タタン、タタン、タタン… 

定期的な音、揺れ。 

窓の外に流れていく景色。 

カーブに差し掛かれば、決して丈夫には見えない躯体が苦しそうに呻き声を漏らす。 

東京を走る電車とは、一体なにが違うのだろう。 

スマホ画面と多すぎる雑踏に埋もれて気付かないけれど、もしかして向こうで乗る電車も同じなのかしら。 

戻ったら、感覚を澄まして乗ってみよう、なんて。 

誰にも気付かれない決意を胸に、頬杖を微調整する。 

久し振りに会う彼女は元気にしているかな。 

少しだけ目を瞑り、想いを馳せる。 


私の中の、大切な一年間に―― 


────── 

──── 

──

 

3ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:14:57.17ID:By+20cRm



「ありがとーござーしたーっ」 

善子「へへ…」ガサガサ 


提げたビニール袋から、待ちかねてスライムまんを取り出す。 

食べ物としてどう見ても自然じゃない、目が覚めるほどの鮮やかなブルー。 

普通の肉まんやあんまんと違って、ツンと角が立っている。 

見飽きるほどに見慣れた表情――まんまるに見張った目と、なんだか嬉しそうに綻ぶ口元。いずれも食べ物で上手に表現してある。 

発売から一ヶ月を経て、やっと買うことができた。 

食が細い私は、放課後に中華まんの買い食いなんてしようものなら晩ごはんをろくに食べられなくなってしまうに決まっているもの。 

結果、ママに怒られちゃうのはわかりきっていること。 

休みの日にコンビニへ走っては、売り切れ、売り切れ、売り切れて、何度目の前で最後の一個が買われていく場に立ち合っただろう。

 

4ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:15:57.42ID:By+20cRm

それが――やっと巡り会えたこの好機! 

運命の神とやらも、まさかこんな南の町で『大雪』によって休校となることまでは予見できなかったみたいね。 

沼津でここまでの雪が降るだなんてよっぽどのことで、私の人生においてはもちろん初めて、「観測史上最大」なんて言葉がローカルニュースから聞こえてくるほどだもの。 

ま、お陰さまで学校には行かずに済んだし、念願のスライムまんにはありつけたし、文句なんて一つもないけどね。 

鼻も耳もきゅうっと冷たくて、両手に伝わる熱がいっそうスライムまんを愛おしく思わせる。 

くう…! 

きょろきょろと辺りを見回すけれど、歩道と車道の区別すら曖昧にする風景の中、車も人も見当たらない。

 

5ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:16:59.14ID:By+20cRm

立ち食いは行儀が悪い? そうね、そんなジョーシキを聞いたことはあったかも。 

だけどそれって、 


善子「愚かなる人間どもの話でしょ?」 


白銀世界に立つたった一点の漆黒たる私には、関係のないことです――ギラリ。 

立ち食いをしたら、天が裂かれ地が割れるとでも言うんだっけ? 

行儀の悪さで補導できるものならしてみなさいっての。 


善子「いっただっきまーーーす♡」 


身体によさそうな部分が一つもないそれに今まさにかぶり付く、というところ。…だった、のよ。

 

6ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:18:00.59ID:By+20cRm

善子「…あら?」 


眼前に広がる雪景色、その中にちらりと覗く赤色。 


善子「なにこれ…」ヒョイ 


拾い上げて、ハンと鼻息一つ。 

大きなハートマークにクラブ、スペード、わずかに欠けたダイヤが連なる形のペンダント。 

去年の春頃に流行ったドラマで主演の女優が身に着けていたもので、ものすごい勢いで人気になって、ドラマの終了とともにものすごい勢いで忘れ去られたものだ。 

日本人女性の半分が買ったと言われているけれど、私は少数派――あ、いや、半々ならどっちが少数派でもないのか……とにかく!

 

7ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:18:59.71ID:By+20cRm

善子「今さらこんなもの、珍しくもないわ」 


どこかにぶつけでもしたのか、欠けちゃったせいでいらなくなったってところかしらね。 

それならそれできちんと燃えないゴミの日に出せばいいのに。 

とりあえず拾ってしまった手前、まさか再び雪に埋め直すわけにもいかない。 

傍のポストに、雪を払って乗せておく。 


善子「郵便屋さんが気を利かせて元の持ち主まで届けてくれたらいいわね」 


なんて、適当なことを言って遊んでいる場合じゃなかった。 

せっかくのスライムまんが冷めちゃう――………ん? 

嫌な…予感、が…

 

8ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:19:56.52ID:By+20cRm

恐る恐る瞳を上げると、 


トンビ「ウスァーーーーーーッ!!!」ビュオオオッ 

善子「…………うわーーーーっ!?」ビックゥゥゥ 


なにあれ!? 鷹!? でかい! 怖い! あんな大きな鳥、初めて見た! 

ちょっ、なに、すごい勢いで迫ってくる!! 

目が合ったかと思うや一直線に向かってきたその鳥は、びゅんびゅんと私の周りを飛び回る。 

怖い、怖い怖い…! 

くそう、こうなったら……

 

9ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:20:59.09ID:By+20cRm

善子「で…出てきなさい、ケルベロス!この不気味なロック鳥を食い散らかしてしまいなさい!」カッ 

トンビ「ウスァーー!」ビュンビュン 

善子「あーーーっ、やめてよーー!あっち行ってってば!」 


ぶんぶんと振り回す手、そこに握られていたはずのスライムまんが気付くとなくなっていて―― 


善子「あああっ!?」 

トンビ ヒューーン 

善子「んなっ、ちょっ…こら!待ちなさいよ!」 

善子「戻ってきなさいってば!それ私のよ!人間から食べ物を奪うなんて――じゃない、私はヨハネ…穢れの地に降り立った堕天使なのです…」フッ 

善子「――って言ってる場合じゃなかったあ!!」 


慌てて叫んでも鳥が戻ってくるわけはなくて。 


水蒸気で湿ったビニール袋はむなしく寒風に揺れるばっかりで、とうとうスライムまんを食べることなく、私の冬は過ぎていったのだった――――

 

10ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:21:54.57ID:By+20cRm

私は津島善子。 

静岡県沼津市に住む平凡な女の子――とは、世を忍ぶ仮の姿。 

真の姿は、天使。 

といっても、あまりの美しさゆえ嫉妬した大天使より天界を追われこの人間界へと落とされてしまった、いわゆる堕天使なんだけどね。 

堕天使「ヨハネ」の名とともにこの身に受けた呪いのせいで、こんな不幸は日常茶飯事。 

けれど私は負けない。 

大天使に掛けられた不幸の呪いがその効力を失うまで堪え忍べば、今度こそ堂々と天界へ舞い戻る。 

だから、それまでほんの何年ばかりかの辛抱――なんて、ね… 

***

 

11ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:22:52.05ID:By+20cRm

*** 

中学最後の夏休みも終わりが近づいてきたある日曜日のこと。 

私は自分の生活圏をやや離れ、内浦地区へと足を伸ばしていた――と言いつつ、その足はバスに代理を任せているのだけど。 

当たり前よね。残暑もまだまだ陰りを見せない炎天下、こんな距離を歩くなんて自殺行為もいいところだもの。 

…地獄の業火に比べればこの程度の熱量はどうってことないけれど、今は仮の身体だし! 


『オキシーテック前、オキシーテック前です…』 

善子「あ、ここね…」 


運転手さんを除けば一人きりになってしまうおばあちゃんを横目に、バスを降りる。 

う、暑っつ…

 

12ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:23:46.52ID:By+20cRm

八月ももう終わるってのに、なによ、この暑さは。 

後ろでバスが発車すると、わずかな遮光さえなくなり、いよいよ全身を熱気が包む。 

上から下から、ジリジリと焼き付ける灼熱の波。 


善子「えーと、ここから…ああ、あの信号を曲がるのね…」 


グーグルマップと現実世界をにらめっこ、なんとか道を把握する。 

視界の先はゆらゆらと揺らめいて空と道路の境界線を曖昧にして、真っ直ぐに駆ける水平線に喧嘩を売る。 

一歩、一歩、アスファルトが熔け落ちてなくなっていないか確認しながら進む。

 

13ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:24:48.17ID:By+20cRm

善子「うあー、もー、暑すぎ…絶対ミスった…」 


暑いとか寒いとか、言おうと思ってなくても口を吐いて出るのはどうしてなのかしらね。 

帰りのバスは、確か早ければ20分後だったはず。 

もういいかな、ここまで来たんだし充分よね、それ逃すと30分待たなきゃいけなくなるし、そこの商店でアイスでも買って食べてればいい、一刻も早く帰ってクーラーをがんがんに効かせて布団に潜りたい、いいかな、いいよね……… 

一歩、一歩、徐々にペースを落とす足取りが、ついに向きを変えたとき―― 


わあああああああああ…っ!! 


私の足を止めたその声は、ほんのすぐ傍からのものだった。

 

14ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:25:49.80ID:By+20cRm

発生源はわかっている。 

だって、私はそのために来たんだもの。 

文字通り『あと一歩』のところで、私は内に囁く悪魔に打ち勝った。 

さくさくと歩みを進めて、辿り着く。 


『沼津市立内浦小学校』 


堂々たる威厳を感じさせる石彫りの灰色――を、呑み込まんとする実にカラフルな手作りの看板。 


『内浦こども祭り』 


善子「ったく、一時間だけだからね」 


ぽりぽりと頭を掻いて、誰に聞かせるわけでもない呟きを夏の空に吐き付けた。 

……………… 

………

 

15ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:26:52.17ID:By+20cRm

「いらっしゃいませー!わたあめでーす!」 

「メンコしょうぶやってまーす!」 

「おさかなとのふれあいコーナーでーす!」 

善子「……!」 


広い校庭のそこかしこで、年齢も性別もばらばらの子ども達が、一生懸命に声を張り上げていた。 

見慣れない光景にぽかんと立ち尽くしていると、一人の男の子が駆け寄ってきた。

 

17ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:27:55.84ID:By+20cRm

かと思うと、 


「おきゃくさんはっけん!」 

「はっけーん!」 

善子「えっ」 

「おねえちゃんこっちであそんでー!」 

「だめー!こっちが先ー!」 

「おねえちゃん!」「おねえちゃん!」「おねえちゃん!」 


あっという間にわさわさと集まってきた子ども達に取り囲まれ、あちらこちらから手を引かれる。

 

18ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:28:57.72ID:By+20cRm

善子「わ…わかったわかった!みんな遊ぶから、順番に!お姉ちゃんは一人しかいないんだから、順番よ!」 

「やったー!」 

「じゃーおねえちゃん、こっち来てー!」 


そうして手を引かれるまま、いっとき照り付ける陽射しすらも忘れて、私は子ども達のお店を順番に遊んで回った。 

ある子は水鉄砲の射的屋さんを、ある子はサッカーのシュートゲームを、ある子は野球ボールのストラックアウトを。 

お世辞にも立派とは言えないながらも、思い思いにお店を構えて、一生懸命にお客さんを呼び込んでいた。

 

19ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:29:59.99ID:By+20cRm

善子「ちょっと休憩…!」 


一瞬の隙を突いて子ども達の包囲網から抜け出し、よろよろと傍の木陰へ避難する。 

私がいなくなったことに気付いているのかいないのか、変わらぬ熱量ではしゃぎ続ける子ども達。 

アドレナリンどばどばなのかしら、あんなにずっとはしゃぎっ放して…脱水症状で倒れなきゃいいけど。 

お客さんはほとんどが高齢者で、恐らく地域のおじいちゃんやおばあちゃんに違いない。 

ちらほらと親らしき年齢の人もいて、私と同じくらいの子はほとんどいない――…二人。

 

20ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:31:01.47ID:By+20cRm

さっきまでの私のように、子ども達に連れ回されて…もとい、引きずり回されているお客さんが二人。 

いずれも私と同い年か、少し上かしら。 

みかん色の髪と、アッシュグレーの髪と。 

対照的にも見えるその二人は、しかし双子のように同じ笑顔で、子ども達に負けないほど元気に走り回る。 

…と、ふと、みかん色のコと目が合う。 

そのコは立ち止まって、なにか言いたげに口を開く。 

釣られて私も視線を送り、 


「ちかちゃん次はこっちー!」 


一言を発することすら許されないまま、嵐のような勢いで子ども達に連れ去られていった。 

……………… 

………

 

21ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:32:00.52ID:By+20cRm

思い出したような熱気に身を預けて、ぼうっと空を眺めていると、 


「へーい彼女っ」ハグッ 

善子「ひえっ!?」ビクッ 


突然、そんな風に抱きつかれた。 


善子「ななな………あ、さっきの…」 

「こんにちは!さっき目が合ったよね!」 

善子「そ、そうですね…」 

「んん~?なんか表情がカタいな~」ムム… 

「ちかちゃーん」タタタ…

 

22ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:32:59.89ID:By+20cRm

善子「あ、もう一人の…」 

「よーちゃん!見て、知らないコも来てくれてるよ!」 

「おー、ほんとだ。こんにちは!この辺の人じゃないよね?どこから来たの?」 

善子「えっと、沼津の方から…です」 

「おーっ、沼津から!遠路はるばるようお越しくださいなすって、あたしゃ本当に嬉しいよう…!」ヨヨヨ… 

善子「ええ…」 

「ちかちゃんちかちゃん、初対面でそれは引かれるって…あ、自己紹介がまだだよね。私、渡辺曜。よろしくね!」ゞ 

善子「曜、さん」 

曜「それでこっちが高海千歌ちゃん!」 

千歌「チカちゃんって呼んでね!よろしく!」 

善子「は、はあ…」

 

23ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:33:59.11ID:By+20cRm

曜「あなたのお名前は?」 

善子「私、の…名前…は――」ウズ… 

善子 シュバッ 

曜「!?」 千歌「!?」 


善子「私は――天界より堕ちた悲しみの天使。堕天使ヨハネなのです!」ギランッ 


曜「………」ポカン… 

千歌「………」 

善子「あっ…」

 

24ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:34:57.81ID:By+20cRm

曜「えっ、と…」 

善子「あ、や、その、」オロ… 

曜「よ、ヨハネ…ちゃん。ちょっと変わってるけど、可愛い名前だね…?」 

善子「や、やややややちがくてあのあのあの――  千歌「かっっっこいい!!」 

ようよし「「――へ?」」 

千歌「なになになに今の!すっごくかっこよかった!えっと、なんだっけ。テンカイより落ちた悲しみの天使!堕天使ぃ…ヨーーハネーーっ!!」ウオオオオッ 

善子「ちょ、なによそれ!ださっ!プロレスラーじゃないんだから!」 

千歌「ちがうのー?」 

善子「全然違う!ちゃんと見てなさいよ、…漆黒に彩られた穢れの翼、堕天使ヨハ  千歌「夏だ!みかんだ!堕天使だ!!うーーーっ、ヨハネ!!」

 

25ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:35:57.93ID:By+20cRm

善子「だああああからああああっ!!勝手にださく改変するなーーっ!」 

千歌「ださくないよ!かっこいいでしょ!ね、よーちゃん!」 

曜「え!?ここで私に振るの!?」ギョッ 

善子「はっきり言ってあげて、ださいって!」ズイ 

曜「ええ…」 

千歌「よーちゃんにはチカのかっこよさがわかるよね!?」ズイ 

曜「や、えーっとぉ…」 

善子「ださいものはださいってはっきり言ってあげるのが本当の友情よ!」ズズイ 

千歌「だって堕天使、ヨハネだし!」キラッ 

善子「さらにださくすんなあ!!」ウギーッ 

千歌「よーちゃん!」ズイ 

善子「曜さん!」ズズイ 

ちかよし「「ねえ!!」」ズズズイッ 

曜「うあーー、もーーっ!どっちも一緒!どっちもかっこいいからーーーっ!!」 

……………… 

………

 

26ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:36:59.37ID:By+20cRm

曜「でも、珍しいね」プシッ 


ラムネのビー玉を押し込みながら、曜さんの言葉。 


善子「なにが?」プシッ 

曜「沼津からわざわざこども祭りに来る人が、だよ。宣伝もしてないはずだけど、よく知ってたね」 

善子「あー、うーん…」 

千歌「もしかして善子ちゃん――沼津から送り込まれてきたスパイなんでしょ!」 

善子「スパイだとして、誰が内浦なんかに送り込むのよ」グビ 

千歌「ひどいっ!?」ガーンッ

 

27ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:37:59.37ID:By+20cRm

パチパチと暴れ水が喉を下っていき、やっと人心地つく。 


善子「ママが教師でね。お客さんを寄越してほしいって知り合いから頼まれたからって、行ってきなさいって、ほとんど無理やり」 

曜「無理やり、そっか…そうだよね」 

善子 ハッ

善子「あ、や、来たくなかったとかそういうことを言いたいわけじゃないのよ!?ただ私の返事を待たないで無理やり決定されちゃったというか、その、ね?」アセアセ 

千歌「あはは…へーきだよ。無理やりでもなんでも、来てくれただけ嬉しいから」

 

28ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:38:59.75ID:By+20cRm

千歌「内浦なんか、じゃないけど、どんどん人が減っていっちゃってるのはほんとのことだもんね。このこども祭りだって、年々お客さんは減ってく一方だもん。内浦の人達にとっては大切な交流の場だから、なんとか毎年続けてるけど…あと何回できるのか、わかんないもんね」 

曜「ちかちゃん…」 

千歌「って、えへへ…だからね!チカとよーちゃんは毎年お客さんとして遊びにきてるんだよ。ね!」 

曜「うん!私達が小学生だったとき、お客さんが来てくれるのがすっごく嬉しかったって覚えてるからね!」 

善子「…そう。優しいのね、二人とも」 

千歌「ほんとはチカ達の同級生だってもっといるんだけど、みんななかなか忙しいからね~。ひまじんなチカとよーちゃんだけ皆勤賞なのだ!」ブイッ 

曜「いや、私は飛び込みの練習を休んで来てるんだけどね?ひまじんなのはちかちゃんだけだよ」 

千歌「あーっ、ひどいよーちゃん!裏切ったなー!?」 

曜「いひひ。さっき困らせてくれたお礼だよーっだ」

 

29ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:39:59.84ID:By+20cRm

わいわい、私を放ったらかして言い合いっこをし始める。 

その日、初めて会った二人組。 

それなりの人見知りを自負する私だけれど、なぜだか彼女達とはすぐに馴染むことができて。 


善子「ふふ…あははっ」 

曜「あ――」 

千歌「善子ちゃん笑った~。よーちゃんと同罪だよ!」 

善子「うふふ、いいわよ別に。千歌さんより曜さんに付く方が心強そうだもの」 

千歌「んなあっ!?」ガガーン

 

30ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:40:58.79ID:By+20cRm

善子「ね、曜さん。校舎の中にもお店あるんでしょ?二人で見にいっちゃいましょうよ」 

曜「え~、ちかちゃん置いて?…しょうがないな~」 

千歌「しょうがなくないよ!チカを一人にしないで!」 

曜「あははははっ、冗談だよ~」 

千歌「も~~~っ!」プンプン 


夏休みも終盤の貴重な一日を使って炎天下の外出。 

帰ったらママにわがままの一つでも言ってやろうと思っていたけれど、気付けばそんなささくれた気持ちはどこへやらで。 

この二人に出会えたことで、来てよかったなんて、長いこと感じたことのない気持ちを思い出したのだった――

 

31ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:42:00.12ID:By+20cRm

千歌「…あ、そういえばそろそろじゃない?」 

曜「そうかも。さっきマイク取りにいってたもんね」 

千歌「前の方に行っとこっか。行こ、善子ちゃん!」 

善子「え、なに?なにかあるの?」 

千歌「うん!行けばわかるから!」 

善子「は、はあ…」

 

32ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:43:00.60ID:By+20cRm

おひさまがちょうど真上に輝き出した頃、千歌さんに手を引かれて校舎を後にする。 

先ほどまでお客さんを取り合っていた子ども達も、それにお年寄りも親達も、みんなぞろぞろと―― 


善子「…体育館?」 


一同、そして私達も目指すのは、どうやら校庭の端に立つ体育館のようだった。

 

33ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:44:00.71ID:By+20cRm

館内。 

全開にされた窓と張られた暗幕のおかげで外よりわずかに居心地のいい空間には、大人子どもが体育座りで寄り添い合う。 

前方の壇上にはマイクが置かれていることから、誰かの話があるということだろう。 

気になるのは、 


千歌「こうやってみんな集まってるのを見ると、今年もこども祭りに来られてよかったーって思うね」 

曜「そうだね~」 

千歌「ね、前に行っちゃっていいかな?」 

曜「いいんじゃない?せっかくだし行こうよ」 

千歌「ごめんごめ~ん、前に行かせてくださ~い。ほら、善子ちゃんもおいでよ!」 

善子「あ、うん…」 


この二人、どうしてこんなに待ち遠しそうなのかしら。 

まるで今から『誰か』が話すのを聞くのが楽しみであるかのよう。

 

34ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:45:00.83ID:By+20cRm

でも、そんなことある? 

地域のこども祭りっていうんだから、町内会長とか、あるいはこの小学校の校長先生とか? 

いずれにしたって、全校集会が退屈な時間であることと大差ないはずなのに。 

昔お世話になった大好きな先生、とかかしら。 

だったら私を引っ張っていくのは勘弁してほしいものだけど… 


千歌「ここ!座っちゃお」 

曜「結局、一番前まで来ちゃったね」 

千歌「善子ちゃんも座って座って」 

善子「うん。ねえ、今から話をするのって、一体どういう――」 

千歌「しっ!ほら、来たよ」 


あの瞬間のことを、私は、生涯忘れることはないだろう。 

 

35ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:46:01.71ID:By+20cRm

高校のものらしき制服、それとセットの上履き。 

きっちりと揃えられた前髪は真っ黒に流れて、申し訳程度のヘアピンが左右に光る。 

服装検査で指導する隙など一分もない、完璧な――そう、完璧な出で立ち。 

一歩、一歩。 

歩みの速度こそ先ほどの私と同じだったかもしれないけれど、その足取りに見える迷いのなさ、気高さ、自信、意思。 

私と同じ部分など、ほんの微塵にも感じられなくて。 

ざわついていた子ども達ですら、はっと息を呑むのがわかった。 

袖からその人が現れた瞬間、体育館の陳腐な壇上はステージとなり、全ての鼓動が一点に収束した。 


ダイヤ「皆さん、ごきげんよう。浦の星女学院生徒会副会長、黒澤ダイヤでございます」 

 

36ぬし ◆z9ftktNqPQ (の眠る深淵)2019/06/17() 06:47:01.76ID:By+20cRm

 
 
  
SS】一目貴女を見た日から 
  
 

 

37ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:48:00.91ID:By+20cRm

恨みつらみを垂れたくなるほどの照り付ける陽射し。 

パワフルな子ども達。 

完全インドア派の私にはなかなか珍しい日曜日。 

出会った二人の友人。 

一つひとつがとっても強烈なはずのそれらが、ふと――輪郭をぼやけさせてしまうほどに。 


私の中に、濃密な彩りが咲いたのだった。 

……………… 

………

 

38ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:49:00.29ID:By+20cRm

『――これで、第××回の内浦こども祭りを終わります。皆さん、来てくれてありがとうございました。内浦小の生徒は、班ごとに分かれて片付けを開始してください――』 


曜「んーっ、今年も終わっちゃったねー」ノビーッ 

千歌「よーちゃん、この後は飛び込み行くの?」 

曜「そうだな~、少しだけ顔出しとこうかなー」 

千歌「そっか。善子ちゃんはバスで帰るの?……善子ちゃん?」 

善子「んにゃ!?」ビクッ 

善子「な、なに!?てゆーか、善子言わないで!ヨハネよ!」

 

39ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:50:03.15ID:By+20cRm

千歌「暑くてぼーっとしちゃった?」 

曜「わ、それはまずいね。なんか飲み物貰ってこよっか!」タタタ… 

善子「あっ大丈夫!」ハッ 

曜「そう?無理しちゃだめだよ?」 

善子「ありがとう、本当に平気よ。それより、教えてほしいことがあるんだけど…」 

曜「なに?」 

善子「さっきの、挨拶した人…あれ、知り合いなの?二人とも嬉しそうだったし…」 

曜「あ~、ダイヤちゃんね!」

 

40ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:51:01.75ID:By+20cRm

曜「あれはダイヤちゃんだよ。黒澤家の長女で、私達とは幼なじみだからね!」 

善子「そう、そうなのね…幼なじみ…」 

曜「山の上に浦の星女学院っていう高校があって、こども祭りではいつも浦女の生徒会長がああやって挨拶してくれるんだ。今年は生徒会長が都合つけられなかったとかで、副会長のダイヤちゃんが挨拶することになったみたいだけどね」 

千歌「でもこーゆー挨拶なんかって、正直そんじょそこらの生徒会長よりダイヤちゃんの方がよっぽど向いてるよね」 

曜「そんじょそこらの生徒会長って。まあ、わかるけど」 

千歌「ダイヤちゃん家は黒澤家って言って、ここらへんでは結構有名なんだよ。そこの長女さんだから、町内の行事とかでも踊ったり挨拶したりよくするしね」 

曜「そういえば、今日ダイヤちゃんと目合ったよね」 

千歌「あー思ったー!普段あーゆー場だとチカ達に気付いてもカオに出さないのにね~」 

善子「浦の星女学院、か…」

 

41ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/17() 06:52:00.30ID:By+20cRm

曜「あ、うん!通称浦女!私もちかちゃんも浦女の生徒で、っていうか内浦の子はだいたい浦女に行くよね」 

千歌「ねー。家族も周りもそうだから、なんか当たり前みたいに浦女に入ったよねー」 

善子「うら…浦女には地元の子しかいないの?」 

曜「そんなことないよ。たまーに沼津とかから通ってる子もいるよね」 

善子「沼津からでも通えるのね…!」 

曜「そうだね。遠いしバスの本数が多くないから登下校はちょっと不便だけど、通えないことは全然ないよ!」 

善子「…わかった」 

千歌「そーいえば善子ちゃんって中三でしょ?どー?これもなにかの縁なんだし、いっそのこと浦女に来てみる気なんかない?」ニシシ… 

善子「そうする」 

千歌「なーんて…………え?」 

善子「私、浦女に行くわ。千歌さん、曜さん、勉強教えて!」ガバッ 

千歌「ぇ…………」 


ようちか「「ええええーーーーーーーっっ!!?」」 

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