一目貴女を見た日から 8

269ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/20() 23:37:40.40ID:S3CeFQye

『――以上で、内浦こども祭りを終わります。内浦小の生徒は自分たちの持ち場に戻って、片付けを始めてください…』 


曜「いやー、今年もたくさん遊んだねー!」ンーッ 

千歌「そうだねー。今年も晴れてよかった~」 

曜「こども祭りの日って雨だったことないよね」 

千歌「ね!内浦の子ども達がみんな良い子だからだね!」 

曜「どーする?辻宗さんでアイスでも食べる?」 

善子「あ、私は…」 

千歌「善子ちゃんは行くとこがあるんだよね」 

善子「!」 

曜「ありゃ、そうなの?」 

千歌「だからよーちゃん、チカと二人で行こ!」 

曜「うん。じゃーまたね、善子ちゃん…って、あれ?結局それ…」 


曜さんが指差すのは、私がぶら下げたモノ。 

閉会式の前から携えているそのモノこそ、今年のこども祭りが楽しかった一番の理由。 


善子「またね、千歌さん。曜さん。よい休日をね」 


そう、私は、行くところがあるから。 

……………… 

………

 

270ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/20() 23:38:40.70ID:S3CeFQye

ダイヤ トコ… 

善子「ダイヤ!」 

ダイヤ「あら、ヨハネ。てっきり千歌ちゃん達と帰ったのだと思っていたわ」 

善子「あの人達は辻宗商店にアイス食べにいったわ」 

ダイヤ「行かなくてよかったの?」 

善子「うん。私はまだやることが残ってるから」 

ダイヤ「やること?」 


こくりと首を傾げるダイヤに、ラムネを突き出す。 


善子「一日お疲れ様。私と一緒に、お祭りを楽しんでくれる余裕はある?」 

ダイヤ「………!」 


ダイヤ「ええ、もちろんですわ」ニコッ 


夕焼けの中、校庭の隅。 

すっかりぬるくなったラムネを二人で飲みながら、私は今日の武勇伝をたくさん語って聞かせたのだった。 

***

 

276ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:02:19.58ID:XrcE1R1V

*** 

<
イチ ニッ サン シー ゴー ロク ナナ ハチッ パンパン 

<
まる少し遅れてるよー、ルビィ今のステップ忘れないで! 

<
よーしお疲れー。15分きゅーけー。 

<
つかれたぁぁあ… 


『練習予定表』 

22() 善子…お休み』 


<
この後どうしよっかー 

<
ユニット練習でいいんじゃない? 

<
ギルキスがよければそうしよ 

<
はーーーい 

……………… 

………

 

277ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:03:16.62ID:XrcE1R1V

『間もなく、小田原。小田原です。小田原の次は、鴨宮に停まります…』 


制服に身を包んで、一人、東海道線に揺られる。 

ここから先は滅多に行くことがない。 

今頃みんなは部活動の真っ最中で、基礎ステップ練が終わったくらいかな。 

お休みの人がいたらユニット練がしづらくなっちゃうのよね、今日はなにしてるのかな。 

時間帯のせいなのか、エリアのせいなのか、車内にはお世辞にも多いと言えない人数の乗客しかいない。 

ふと、自分だけが世界から切り離されるような疎外感に襲われる。 

私が寄り道をしている間にもルビィやずら丸は新しいステップを覚えて、千歌さんや曜さんや梨子さんは苦手な音域を克服して、果南センパイやマリは難しい動きとシビアな歌声をみんなに浸透させて。 

そして、ダイヤはもっともっと先へ――

 

278ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:04:13.89ID:XrcE1R1V

善子「ッ!」ガタッ 


こみ上げる感情が口から出そうになるのをなんとか抑える。 

大丈夫、大丈夫… 


――善子『私、たくさん頑張るから。だから、ちゃんと見ててね』 

――ダイヤ『ええ、もちろんよ』 


置いていかれたりなんかしない。 

ダイヤが私を置いていったりするはずなんか、ないんだから。 

どれだけダイヤの歩みが速くて、私の歩みが遅くて、二人の速度に差が生まれたって、きっと待っていてくれる。 

だからこそ私は頑張ろうと思えるのよ。 

少しでも追い付きたいと思うから。 

だから、心配することなんかなにもない。 

そうよね、ダイヤ。 


善子「………たとえば私達の進む道が分かれたって、大丈夫…よね……」 

……………… 

………

 

279ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:05:11.25ID:XrcE1R1V

「遠いところ、よくお越しくださいました」 

善子「こちらこそ、お時間を取っていただいてありがとうございます」ペコッ 

「ほお…随分と礼儀正しいですね。うちの子達にも見習ってほしいものですよ」 

善子「母がしっかりと育ててくれたので」 

「お母様には何度かお会いしたことがありますよ。熱心でよい先生です」 

善子「そう、なんですね。あんまりお仕事の話は聞かないので、新鮮です」 

「そうですか。まあ、自分の娘に仕事の話はしたくないかもしれませんね。でも機会があればぜひそんな話をしてみてください、きっと今以上にお母様のことが好きになりますよ」 

善子 …コクン 

「年頃の子には恥ずかしい話でしたかね。それでは、本題に入りましょうか」 

善子「はい。よろしくお願いします――」 

……………… 

………

 

280ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:06:09.09ID:XrcE1R1V

ダイヤ『もしもし、ダイヤです』 

善子「あ、ダイヤ…今へーき?」 

ダイヤ『ええ、先ほど練習が終わったところよ。見計らってかけてきたのでしょう?』 

善子「うん」 

ダイヤ『今はまだ東京ですか?』 

善子「うん。さっき用事が終わってね、電車待ってるとこ」 

ダイヤ『それで後ろが騒がしいのね。やっぱり東京は人が多い?』 

善子「そうね、この数時間だけで内浦で一年間に会う以上の人数とすれ違ったんじゃないかしら」 

ダイヤ『東京と比べられてしまっては、内浦が叶うはずはありませんわね。けれど、内浦の人達はみんな良い人よ。それは東京どころか日本のどこにも負けませんわ』 

善子「………そうね」 

ダイヤ『? ヨハネ…?』 

善子「なんでもないわ。人が多過ぎて疲れちゃった。帰りの電車では爆睡しちゃいそう」 

ダイヤ『貴女、もしかしてなにか悩み事でも――』 

善子「あっそろそろ電車来るから、一旦切るわね。起きたらラインするから!」 

ダイヤ『ヨハ  プッ 


善子「……………っ」 

……………… 

………

 

281ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:07:06.83ID:XrcE1R1V

10番線、沼津行電車、ドアが閉まります…』 


ゆっくりと電車が走り出す。 

窓の外には、溢れんばかりの人、人、人。 

それぞれ背も服装も性別も、向いてる方も歩く速さも視線の先も全然違う。 

その奥には、色とりどりの電車が交差する。 

各駅停車、快速、特急。 

当駅停まり、当駅始発、北行き、南行き、東行き、西行き。 

始めは目で追える速度だったのに、気付けば視点を定めるのも難しいほどにびゅんびゅんと景色が流れていく。 

今から私は沼津に帰る。 

ほんの数時間いたばかりの東京から離れられるそんな事実が、ほっと胸を撫で下ろしたくなるほどで。 


帰った先、沼津に、私の居場所はまだあるよね…? 


また拡がりかけるイヤな感情を圧し殺すように、私はぎゅっと目を瞑った。 

……………… 

………

 

282ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:08:03.38ID:XrcE1R1V

ダイヤ「お帰りなさい」 


場所は沼津駅南口、時刻は18時半。 

夕陽というには明る過ぎる陽射しが残る中、事もなげに微笑んで手を振るダイヤの姿。 


善子「え、なん…」 

ダイヤ「なんですか、幽霊でも見たような表情で。一万人の人とすれ違って、わたくしの顔を忘れてしまいましたか?」 

善子「や、そんなことないけど…なんでここにいるの…?」 

ダイヤ「そうねえ。『起きたらラインする』とおっしゃったのに、今の今まで放っておいたわたくしがお出迎えしたら、さぞ驚くわよねえ」 

善子「うっ…」 


じとりと責めるような目付きで、スマホを振って見せるダイヤ。

 

283ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:09:04.61ID:XrcE1R1V

そう、いや、確かに、熱海くらいから目は覚めていたけど、なんとなく画面を眺めているばっかりで。 

結局ダイヤに連絡することもなく沼津に着いちゃった、って、いうのに… 


善子「まさか、ずっと待ってたの?」 

ダイヤ「いいえ。善子さんが到着する時刻を推定して、それに合わせて来たのよ」 

善子「推定って、どうやって…」 


ふ、とキザったらしく口角を上げて。 


ダイヤ「お電話を下さったとき、後ろからは喧騒と併せて駅のアナウンスが聞こえていたのよ。その内容から察するに、あのとき善子さんがいたのはJR東京駅のホーム。それだけ分かれば、そこから沼津へ行く電車を調べることなどルビィにだってできるわ」 

善子「で、でも東京から沼津の電車なんか何本も走ってるし…それに私、あの後すぐ乗ったってわけでもないのに…」 

ダイヤ「そうね。善子さんが乗ったのは東京駅を1627分に出発する電車でしょう?」 

善子「!?」 

ダイヤ「簡単なことですわ。一人で遠出することなど滅多にない善子さんは、電車の乗換えを極力減らしたいと思うはず。貴女が電話を下さった16時以降の便の中で、最も乗換えが少なく最も出発が早いものこそが――1627分東京駅発、1839分沼津駅着の便、ということよ」ドヤッ 

善子「……………か、」 


推理が完璧過ぎて、もはや少し気持ち悪い…! 


ダイヤ「さて。ここからはお説教の時間よ」 

……………… 

………

 

284ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:10:02.14ID:XrcE1R1V

産まれてから最も身近にあった景色。 

ママと、パパと、多くはないながらもその時々の友達と、いつだって私の日常だった風景。 

その中を、ダイヤと並んで歩く。 

去年の私には想像もできなかったことね。 

夢に見て、憧れて、それで終わりだったはずの、未来。 

たとえどれほどの時間だったとしても、この未来を歩めていることが、言葉にならないくらい――嬉しくて。 

それと同時に――切なくて。 


ダイヤ「今日はなにをしていたのですか」 

善子「…東京に行ってたわ」 

ダイヤ「それは知っています。東京で、なにをしていたのですか」 

善子「…ぁ  ダイヤ「遊びにいっただけ、などとすぐにばれるような嘘はおやめなさいね。部活動まで休んで」 

善子「べ、別に部活動だって毎日毎日休みなく参加しなきゃいけないってわけじゃないでしょ。そもそもからして、入りたくて入ったってものでもないんだから――」 

ダイヤ「夏休みに、制服を着て、一人で」 

ダイヤ「東京へ遊びにいったとでも?」ジッ 

善子「…っ」ビク…

 

285ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:10:59.91ID:XrcE1R1V

ダイヤ「勘違いをしないでちょうだいな。わたくしは部活動に来なかったことを責めているのでもないし、言いたくないことを聞き出そうとしているわけでもないの」 

ダイヤ「ただ、貴女が迷い、悩んでいるのならば、話を聞かせてほしいし力になりたい。それだけなのですわ」 

善子「……………」 


その言葉に嘘がないことくらい、私にもわかる。 

私がここで黙り続ければ、ダイヤはきっと追及してこないのだろう。 

今日の練習がどんなだったか、千歌さんや曜さんがどんな風にふざけていたか、話してくれるのだろう。 

言いたくないことならば、聞かないでいてくれる。 

だったら―― 


ガサ… 


善子「…これ」つ紙 

ダイヤ「読んでも?」 

善子 コクン… 

ダイヤ「…………――――!」

 

286ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:12:02.30ID:XrcE1R1V

 
 
  
『××高等学校 編入に関する説明会 詳細案内』 

『日時:822() 13時より』 
 
 
 

 

287ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:13:00.09ID:XrcE1R1V

ダイヤ「三月、ですか?」 

善子「…うん。今年度いっぱい」 

ダイヤ「そう」 


まるで感情を匂わせない声音で、ダイヤは短く呟いた。 


ダイヤ「決まっていたことなのね」 


善子「――ぅ……っ」ジワ… 

善子「うわぁぁぁああん………っ」ポロポロ…… 

善子「私っ、わた… 内浦を出たくない…!ダイヤっ、ダイヤぁ……離れたくないよぉ…っ」ボロボロ… 


優しい抱擁に包まれて、鼻に馴染んだシャンプーの香りとわずかな汗のにおいに、私は涙を流し続けた―― 

……………… 

………

 

288ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:14:18.55ID:XrcE1R1V

善子「元々ね、浦女には一年生の間だけ通うって約束だったの。浦女にっていうか、こっちの高校に…ね。 

善子「パパの会社が東京に本社を移転することになって、その引き抜きで東京に行くことに決まったの。ママも一旦教師を辞めて、パパの生活のサポートに専念するってことで。もちろん私もついていく。 

善子「こっちの高校には進学しないで、中学卒業した時点で先にママと東京に移るっていう選択肢もあったわ。でも私は高校なんてどこでもよかったし、三年間同じ高校に通いたいとも思ってなかったから、パパと同じタイミングでいい、ってママに任せたの。 

善子「そうする方が、ママも一年長くこっちで教師を続けられるし、パパとも離れずにいられるから。…まあ、立ち上げ準備?とかでパパは頻繁に東京に行っちゃうから、そんなにいつも家にいられるわけじゃないんだけど。 

善子「その話が決まった頃は、周りに合わせて適当に沼高か沼商にでも行くんだろうなーって考えてたわ。特別に仲良しな友達もいなかったし、適当に一年過ごしたら東京の高校に編入して、そしたらまた違う人間関係も作れるかな、とか。 

善子「でも、ね。 

善子「私は、沼高にも沼商にも行かなかった。今そうしてるように、浦女を選んだの。浦女に行きたいって、パパとママにお願いして。片道一時間のバス通学なんて大変だって何度も言われたけど、どうしてもって。 

善子「そしたら、一年間なんだからできるだけ私のしたいにようにさせたいってママが。来年からは自分のわがままに付き合ってもらうんだから私の希望はできるだけ聞こうってパパが。 

善子「『善子がこんなに強く希望してきたことなんて、これが初めてだから』って、喜んで背中を押してくれたわ。 

善子「だから、頑張ったわ。別に浦女はレベルが高い高校じゃないけど、万が一にだって落ちたくなかったからね。あなたも知ってる通り、毎週ってくらい内浦まで来て、ルビィやずら丸と一緒に勉強した。そして、ちゃんと合格できた……」

 

289ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:15:09.26ID:XrcE1R1V

ダイヤ「………」 

善子「…ふふ、なによそのカオは」 

ダイヤ「…いえ。善子さんがどれだけ本気で努力していたかは、それなりに近くで見ていたから知っているつもりだけれど。どうして、 

善子「どうしてそんなにも浦女に固執したか、でしょ?」 

善子「――あなたがいたからに、決まってるじゃない」 

ダイヤ「! わたくしがいたから…?」 

善子「私はね、ダイヤ――あなたと同じ、あなたが通う浦の星女学院に通いたかったのよ。少しでもあなたと同じ景色を見て、あなたの傍にいたいと思ったの。たとえ一年間だけだとしても、ね」 

善子「実際、あなたとは二つ離れてるわけだから、一年間しか通えないってことはなんの不都合もないと思ったのよ。私が沼津を離れなきゃいけないとき、それはあなたが卒業するときなんだもん」 

ダイヤ「…それは思考が錯綜しているのではありませんか?」 

善子「どういうこと?」

 

290ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:16:02.92ID:XrcE1R1V

ダイヤ「貴女がわたくしと出逢ったのは、浦の星の受験対策を行うために我が家を訪れたときのことでしょう。つまり、浦の星への進学を志すに至る原因がわたくしにあるというのは時間的に矛盾が  善子「ないわよ、矛盾なんか」 

ダイヤ「…っ、ですが…」 

善子「だって、私があなたに初めて出逢ったのはそのときじゃないんだもの」 

ダイヤ「え…!?」ドキッ 

善子「その二日前。なにがあったか、覚えてる?」 

ダイヤ「………二日前…?」 

善子「…わけ、ないわよね」クス 

善子「実はね、黒澤邸であなたと会った日の二日前って、  ダイヤ「内浦こども祭り…」  ……えっ」 

善子「な、なんでそんなのパッと出てくるの…!?」ヒキ… 

ダイヤ「貴女から言い出しておいてなにを引いているのですか!」 

善子「や、だってえ…」

 

291ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:17:13.96ID:XrcE1R1V

善子「でも、うん、そうなの。去年のこども祭りの日、なの。私がダイヤに初めて出逢ったのは」 

ダイヤ「………」 

善子「記憶になくて当然よ。閉会の挨拶をするあなたを、私が一方的に認識しただけなんだもの」 

ダイヤ「…!」 

善子「千歌さんと曜さんに連れられてね、あなたが挨拶する様子を眺めたの。…息を呑んだわ。カッコいいとか、美しいとか、そういう余計なことを考えるよりも前に、ただね」 

善子「憧れたの」 

善子「それでね、千歌さん達からあれは浦女のヒトだって聞いて、…私は進路を決めたのよ」 

ダイヤ「そういうこと、だったの……」 

善子「それからは驚きの連続よ。浦女に入学して遠くから眺めていられればそれでいいって思ってたヒトと、二日後には再会しちゃって、勉強を教えてもらったりたまに遊んだりできるようになっちゃって、そうかと思えば入学してからも面倒を見てもらえて、同じ部活に入って、そんで――」 

善子「こんな関係に、なれたんだもの」 

善子「夢よ、夢。こんなの夢みたい。私はこの一年間、とてつもないほど幸せな夢の中にいるような気分でいっぱいなの。だからね、 

ダイヤ「…わたくしの話も、させてください」 

善子「え?」

 

292ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:18:03.14ID:XrcE1R1V

胸の内にあった色々なものを吐き出してしまって、どこか一人ですっきりして。 

自分に言い聞かせようとした言葉は、ダイヤの神妙な声によって遮られた。 


善子「ダイヤ…?」 


こちらをまっすぐ見つめる翠緑の瞳は、なぜか――ふるふると潤いを纏っていて。 


ダイヤ「打ち明けたいことがあるのは、貴女だけではないわ」 

ダイヤ「言わずにおこうと思っていたことを、こうなっては、わたくしだって話したい」 


ダイヤ「貴女に知ってほしいことが、わたくしにだってあるのです――」 

……………… 

………… 

……

 

293ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:19:01.99ID:XrcE1R1V

ダイヤ「はー…もうイヤ…」 


一歩一歩、ぼふりぼふりと聞こえそうなほどに重い足取り。 

とうとう歩くのをやめて、私はその場にうずくまった。 

しかしそれも、下手に腰を下げすぎるとお尻が濡れてしまうため、ぎりぎりの中腰を保たざるを得なくて。 


ダイヤ「……もうっ!」 


やり場のない気持ちを口から漏れるに任せて、すぐに再び立ち上がる。 


ダイヤ「こんなことなら、出かけなければよかった」 


大きな溜め息。 

ここ数十分のうちに何度も頭を駆け巡った思いが、ついに言葉となってしまう。

 

294ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:20:00.22ID:XrcE1R1V

つい今朝方のこと。 


――ダイヤ『お、お母様…本気ですか!?』 

――黒澤母『仕方がないでしょう。車も出せないし、バスも通らないのですから』 

――ダイヤ『いえ、だったら無茶をせずに今日は行かないという決断が賢明なのでは…』 

――黒澤母『平気です。これくらいのことで欠席するなど、黒澤の名折れですからね。大丈夫、道はわかりますから』 

――ダイヤ『頑固な………わかりました、わかりました。ではわたくしも一緒に行きますわ』 

――黒澤母『まあ。母一人では不安だとでも、』 

――ダイヤ『いえいえ。わたくしも書店に行きたい用事があるのです。せっかくこうなったのですから、久し振りに一緒に歩きませんか』 

――黒澤母『そうですか、そういうことなら…』 

――ダイヤ『コートを取ってきますので、待っていてくださいな』 

――ルビィ『おねいちゃん、出かけるなら気を付けてね』 

――ダイヤ『ええ、ありがとう。…もし出せそうだったら、帰りは車を寄越してほしいとお父様に伝えておいてくれる?』ヒソ 

――ルビィ『わかった』ヒソ 

――黒澤母『ダイヤさん、出ますよ。早くなさい』 

――ダイヤ『はいはい、すぐに参りますわ!』

 

295ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:20:59.77ID:XrcE1R1V

やはりあのとき、無理にでもお母様を引き留めておくべきだった。 

ただでさえ長い道のりを、しかもこんな状態の道をお一人で行かせるわけにはいかなかったとは言え… 


――ダイヤ『なんとかお父様が来てくださることを祈りたいものね…』 


旧知の方々との集まりに行くと言って聞かないお母様と連れ歩くこと二時間余り、どうにか目的地まで送り届け、ついでと書店に寄ったり様変わりした町の中を散策したりしていたのがよくなかった。 

物珍しさに高揚していた気分も落ち着いた辺りで、脚から腰から慣れない長距離移動の疲労がどっと押し寄せた。 

残った体力と気力を振り絞って帰路に着こうとしたところで、はたと気付く―― 


――ダイヤ『あれ…?』 


大切に身に着けていたペンダントがなくなっていることに。

 

296ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:21:59.03ID:XrcE1R1V

昨年、テレビドラマの影響で爆発的な人気を生んだペンダント。 

それくらいなら世の時流によってはたびたび起こり得ること。 

昔から流行り廃りに目敏く、また綺麗なものや可愛いものに目がなかったルビィとは対照的に、私はあまりそういう事柄へ関心を向ける方ではなかった。 

けれど、そのペンダントにはなぜだか妙に惹かれてしまい、学校帰りの足で沼津まで買いにいってしまった。 

それからというもの、初めて自ら「欲しい」と感じて購入した特別感も相まって、大切にしてきたというのに―― 


ダイヤ「確かに着けて出たのに…」 

ダイヤ「なくし、ちゃった…」 


慌てて来た道を辿る。 

よく目立つ赤色で、決して小さいものでもない。 

目を凝らして捜せば、きっとすぐに見付かる――と、思ったのに…

 

297ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:23:00.18ID:XrcE1R1V

一時間も経っただろうか。 

目的を定めることもないままふらふらと敷いた足取りを完璧に辿ることはできず、ただただ私の身体と心には疲労が溜まっていくばかりで。 

毎日のように着脱を繰り返したせいで、チェーンは随分と弱くなっていた。 

わかっていたのに、あまり知識がないことも手伝って放ったらかしにしてしまっていた。 

これは、そんな怠惰な自分への罰なのか―― 

弱気な考えが脳裏をよぎるのと心が折れてしまうのは、ほとんど同時だった。 


ダイヤ「こんなことなら、出かけなければよかった」

 

298ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:24:03.77ID:XrcE1R1V

高価なものでもない。 

人から貰ったものでもない。 

諦めてしまおう、そう決意したときだった。 


うわーーー、と、叫び声のようなものが聞こえた気がした。 


ダイヤ「聞き間違い…かな…」 


それくらい遠い声だった。 

どうせこれ以上捜す当てもない身、足は自然と声の方へ向いていて。 

もたもたと覚束ない足取りを数歩、人通りも車通りもない町に、その影を見付けた。

 

299ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:25:02.73ID:XrcE1R1V

白銀ばかりを映す視界の中、その中央に黒い影。 

遠目だから黒く映ったわけではない。 

本当に黒い。 

髪から、服から、靴まで、余すところなく真っ黒。 

正直、人影なのかどうかも確信が持てなかった。 

視線は釘付けにされ、吸い寄せられるように足は前に出続けた。 

そして、 

ウスァーーーー!という奇怪な声を放って、その人影の元から大きな鳥が飛び立っていった。 

冷静になって思い返せば、あの鳥は恐らくトンビで、食べ物を狙って人に襲い掛かり、目的が達せられたのか否か飛び去ったのだとわかるけれど。 

そのときの私には、その姿がとても神々しく映った。 


黒装束に身を包み雄々しく両手を掲げて、遥か大空へと使いの鳥を放つ、まるで――そう、天使かなにかのように見えたのだ―― 


やがてその人影は去り、相当に後れ馳せながら辿り着いたその跡で、私はなくしたペンダントに巡り合った。 

沼津市で「観測史上最大」と叫ばれた、豪雪の日のことです。 

…… 

………… 

………………

 

300ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:26:08.08ID:XrcE1R1V

ダイヤ「それから半年ほどが経ち、内浦こども祭りの日、千歌ちゃん達と並んで座る貴女を壇上から見付けてはっとしたわ。なぜかしらね、貴女があのときの人影なのではないかって、確たる裏付けもないままに感じたの。 

ダイヤ「そしてその二日後。 

ダイヤ「次は我が家で再会して、堕天使として振る舞う貴女を前にして――確信に変わった」 


言葉を失う私にダイヤは微笑んで、首からチャラリと取り出した。 

大きなハートマークにクラブ、スペード、わずかに欠けたダイヤが連なる形のペンダント。 


ダイヤ「ほんの些細なことだけれど、貴女はわたくしの恩人なのよ。ずっとお礼を言いたくて、言えなくて…でも、これでやっと言えますわ」 

ダイヤ「わたくしの大切なものを見つけてくださって、本当にありがとうございました」ペコッ… 

善子「…………っ!!」 


ダイヤ「夢のようだとは、わたくしこそ言いたいくらいです。だって、わたくしの方が、きっと貴女のことを先に慕うようになったのだから。一目貴女を見た日から――ね」 


── 

──── 

──────

 

301ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/21() 11:27:01.48ID:XrcE1R1V

 
 
『伊豆長岡、伊豆長岡に到着です…』 


最後に大きく揺れたかと思うと、電車は停止した。 

ぱらぱらと降りる人達に続く。 

家からここまで乗換え三回。 


善子「今の私にとっては電車の乗換え回数なんて、ちょっと面倒くさいかどうかの基準でしかないのにね」 


スマホで確認した時刻は、きっちり定刻。 

ローカル線なのに偉いわ、誉めてつかわす。 

これなら、懐かしい町並みを歩く時間は充分にありそうだ。 

数週間前に届いた嬉しい案内。 


――千歌『やっほー善子ちゃん、元気?』 

――千歌『今年のお盆って、こっち来れないかな』 

――千歌『みんなで集まりたいねって!』 


ちょうどよく停車するみとしー行きのバスに向かい、私は少しだけ駆け足になった。 

***