一目貴女を見た日から 4

128ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:01:58.26ID:FZIUjABW

花丸「ルビィちゃんのこと、よろしくお願いします。絶対に、千歌ちゃん達にとってかけがえのない存在になるから」 

善子「せっかく手に入れたリトルデーモンの時間を明け渡すのは惜しいけど、自分がやりたいことさせてあげないとね。…む、謀反を起こされたって困るし!」 

ルビィ「はなまるちゃん…よしこちゃん…」 

善子「ルビィ。やりたいことはやっていいのよ。誰に迷惑がかかっても関係ない、あなたがやりたいんだから」 

花丸「そうだよ、ルビィちゃん。でもまる達ができるのはここまでだから、最後の一言は自分で――ね?」 

ルビィ「――――」

 

129ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:02:58.39ID:FZIUjABW

ルビィ「千歌ちゃん!」 

ルビィ「曜ちゃん、果南ちゃん!」 

ルビィ「ルビィ、スクールアイドルがやりたいです。だから、仲間に入れてください!」 

果南 ニッ 

曜「だってさ、リーダー」 

千歌「もっっっちろん、大歓迎だよ!ありがとうルビィちゃん!」 

ルビィ「あとはなまるちゃんとよしこちゃんも仲間に入れてください!」 

千歌「最初からそのつもりだよ!」 

花丸「!?」 善子「!?」

 

130ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:04:00.25ID:FZIUjABW

果南「これで一気に六人か~、いきなり大所帯になったね」 

花丸「いやっ、待って、まるまでやるとは言ってないずら!」 

曜「あっはっはっは、諦めなよ花丸ちゃん。もう無理だから」 

花丸「無理ってなに!?ルビィちゃんはめたの!?」 

善子「謀反が早いわ!誰が私達まで巻き込めって言ったのよ!」 

ルビィ「ルビィがやりたいからやるの!誰に迷惑がかかっても関係ないから!」 

花丸「善子ちゃァァァん!!」 

善子「うおおおおおおっ!!」 

千歌「さーさーさーさー、さっそくこっちで入部希望の紙にお名前を書きましょーねー」 

ルビィ「かきましょーねー」 

花丸「いやああああっ!なんだか悪徳勧誘のにおいがするずらああああっ!」

 

131ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:04:59.35ID:FZIUjABW

善子「私は書かん!書かんぞぉ!意地でも書かないんだから!」 

果南「善子ちゃんの漢字ってこれで合ってる?」カキカキ 

曜「うん。あと子どもの子だよ」 

善子「ちょおおおおおっ!それは反則でしょ!代わりに名前書くのは違法でしょ!………漢字間違っとるんかい!!こっちの字よ!」カキカキッ 

果南「記名ありがとう、善子ちゃん」ニコッ 

善子「はあ…っ!!」ガビーン 

千歌「よっしゃー!目標のμ'sと同じ九人まで、あと三人!」 

善子「カウントすなーーーーっ!」

 

132ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:05:57.72ID:FZIUjABW

…そんな形で、前触れなくやってきた嵐に巻き込まれて、私はルビィとずら丸と一緒にスクールアイドル部とやらに加入させられることになったのよね。 

それはほんの一時間にも満たないあっという間の強引な出来事だったけれど、私は――たぶんずら丸も、不思議と嫌な気持ちとか『無理やり感』みたいなものは感じていなかった。 

いや、無理やりであったことは疑いようもない事実なんだけど、やっぱり――「別に嫌じゃなかった」っていうのが、素直かつ適切な表現かしらね。 

私は知り合ってからそこまでの半年間で、ずら丸はもっと長い付き合いの中で、『高海千歌』という少女が持つ引力を充分に知ってしまっていたんだもの。 

その証拠に、ずら丸は帰りのバスでずーっとぐちぐち言っていたのが嘘かと思うくらい、次の日から放課後になるとルビィと手を取って楽しそうに教室を飛び出していくようになった。 

私は――違ったけどね。 

***

 

133ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:06:59.02ID:FZIUjABW

*** 

放課後 


ルビィ「はなまるちゃん、よしこちゃん!部活行こう!」 

花丸「すくーるあいどる部…!」 

ルビィ「うん。大丈夫、ルビィだって運動得意じゃないもん。一緒に頑張ろう!」 

花丸「ルビィちゃんの熱意には負けたずら。今さら『やっぱりやめる』なんて言わないから平気だよ」 

ルビィ「えっと、よしこちゃんは…」キョロ 

善子の席 カラッポ 

花丸「…もう行っちゃったみたいだね」 

ルビィ「うゅゅ…やっぱりだめかあ…」 

花丸「でも正式に部員にはなったんだから。根気強く誘い続けてたら、きっといつか一緒にやってくれるよ」 

ルビィ「そうだよね…!」 

花丸「そのときには善子ちゃんが頑張ったって追い付けないくらい上達してるように、たくさん練習するずら!」 

ルビィ「おーっ!」 

……………… 

………

 

134ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:08:01.67ID:FZIUjABW

部活動。 

部活動、ねえ。 

中学でも特に部活には入ってなくて、放課後には挨拶と同時にすたこらさっさと教室を飛び出すのが毎日のことだった。 

帰ってからすることと言えば、ゲームか、昼寝(夕寝?)か、趣味の動画配信か。 

要は、生産的な時間ではなかったわけだけど、だからって興味もないのにわざわざ部活を選んで時間を割くのが正しいとは思えなかったから、気にしたことなんかなかった。 

それに、今ここで部活なんてやっても… 


善子「スクールアイドル部…」 


わっかんない。 

昨日ルビィに熱弁されたけど、結局は歌って踊る部活ってことよね。 

歌うのは嫌いじゃないけど、踊るなんて考えたこともない。 

あの子達と――あの人達とやればそれなりに楽しい時間になるのかもしれないけど、うーん… 

やっぱり、今はいい。 

もっと明確に時間を費やしたいことがある、今は。

 

135ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:09:03.04ID:FZIUjABW

善子「着いたっ」 


ノックを三回。 


「どうぞ」 


短く返る声に、心は躍る。 


善子「ただいまっ」ガチャ 

ダイヤ「生徒会室は貴女の家じゃないわよ、ヨハネ」 

善子「放課後最初に戻ってくるところなんだから、家みたいなものよ!」 

ダイヤ「なんですか?それは」クスッ 


悪いわね、ルビィ。 

この時間は、何物にも代えられないのよ。 

……………… 

………

 

136ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:09:59.16ID:FZIUjABW

カリカリカリ、カリカリカリ… 

書類に、ノートに、ペンを走らせる音だけが響く室内。 

窓の外から届く元気な声々は実に学校らしいBGMとなって、私達の間に満ちる。 


ダイヤ「今日は、なにか変わったことはあった?」カリカリ… 

善子「!」 

善子「よくぞ聞いてくれましたっ!」 

ダイヤ「?」 

善子「一昨日の小テストが返ってきたんだけどね…」ゴソゴソ 

善子「じゃじゃーーんっ!」つ『100点』 

ダイヤ「あら!」

 

137ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:11:00.93ID:FZIUjABW

善子「へっへーん、どう?どう!?頑張ったでしょ!」 

ダイヤ「ええ、とっても。しかも苦手な生物ではありませんか。偉いわ」 

善子「えへへー、…」モジモジ… 

善子「………」ジッ 

ダイヤ「………」ジッ 

ダイヤ「こちらへいらっしゃいな」ニコッ 

善子「!」ピクッ 

善子 テテテテッ 

ダイヤ「よく頑張りましたわね。この調子で引き続き頑張りなさい」ナデナデ 

善子「へへ…えへへ……うんっ!」

 

138ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:12:00.04ID:FZIUjABW

ダイヤ「そういえば」 

善子「んー?」 

ダイヤ「ルビィに聞いたわよ。ヨハネ、貴女スクールアイドル部に入部したのでしょう?」 

善子「あー…うん、一応ね」 

ダイヤ「そう。せっかくの高校生活だもの、打ち込めるものを見つけて思いきりやってみることは、必ずあなたの糧になるわ」 

ダイヤ「ところで、練習はいつからなの?」 

善子「………………………今日、みたいね…」 

ダイヤ「…今日?」 

善子「とぅ、today 

ダイヤ「………」 

善子「………」 

ダイヤ「こ、こんなところでなにをしているのですか!早く練習へお行きなさいな!」 

善子「うわ~~~ん、絶対言われると思ったーーー!」 

ダイヤ「当然でしょう!」

 

139ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:12:58.78ID:FZIUjABW

ダイヤ「確か、中学時代は帰宅部だったのでしょう?必ずしも部活動をやるべきとまでは思っていないけれど、入部した以上はきちんと練習に参加しないとだめよ」 

善子「ううー…だってー…」 

ダイヤ「やりたいと思ったから入部したのではないの?」 

善子「いや、入部について私の意思はほとんど関係なかったかしらね…」 

ダイヤ「そうなの?………」 

ダイヤ「わかりました。それではわたくしから話をつけましょうか」ガタッ 

善子「え?話?」 

ダイヤ「嫌がるものを無理やり引き込むような真似はしていないと信じたいけど、千歌ちゃんは昔からこれと決めるとなりふり構わない部分があるのも事実だもの。善子さんの入部は本人の同意に伴わないものだったと話せばきっとわかってくれるでしょう。大丈夫よ、入部の事実を遡って取り消すようにするから、今回のことがあなたの内申で不利にはたらくことはないから――」 

善子「あああああああ待って待って待って平気よ平気!!」ガシッ

 

140ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:13:57.28ID:FZIUjABW

ダイヤ「きゃっ!?っと、危ないではありませんか。だめよ、親しい相手だからといって自分の意見を呑み込んでは。嫌なことは嫌と言えて、それでも変わらない関係でいられることこそが、本当の絆であって…」 

善子「いやいや!えっと、入部したのは確かにいつもの千歌さん節だった感じがするんだけど、イヤってわけじゃないの!ただ、今はまだ練習に参加する気になれないっていうか…」 

ダイヤ「そ、そうなの?それはなぜ?」 

善子「そもそもこっちでは部活とか………うう、放課後は部活の他にやりたいことがある、から…」 

ダイヤ「やりたいこと…?」 

善子「うん……」モジ… 

ダイヤ「だって貴女、放課後はここで課題をやるくらいのことしか…」 

善子 モジモジ… 

ダイヤ「………」 

ダイヤ「一人では課題をさぼってしまうから…?」 

善子「違ぁう!!あなたと一緒にいたいからよ、ばか!!――あっ」 

ダイヤ「…!わたくしと?」

 

141ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:14:58.09ID:FZIUjABW

善子「あ、や、今のはそういうんじゃなくて、あのほら、私一人っ子だし親が共働きだし、こんな風に放課後誰かと一緒に過ごせるのが嬉しくて、別に必ずしもダイヤじゃなきゃいけないってことじゃないんだけど、いやでもダイヤがいいんだけど、そのうちちゃんと部活動には顔を出すようにするからまだしばらくはあなたとの時間を過ごしていたいっていうか、あのあのあの――」アワワ… 

ダイヤ …フフッ 

ダイヤ「わかりました、わかりました」 

ダイヤ「意図せぬ部へ入部し、それが重荷になっていてはいけないと思っただけよ。貴女が前向きに受け止めているのならば、わたくしは特に口を出したりしませんわ」 

善子「え、あ、うん…」 

ダイヤ「誰かといたいということならば、それこそ千歌ちゃん達の方が人数も多いし明るく楽しいとは思うけれど――」 

善子「そんなことない」 

ダイヤ「え?」 

善子「明るくなくても、楽しくなくても、たった一人でも」 

善子「私は、ダイヤがいいんだもん」 

ダイヤ「善子さん…」 

善子「ヨハネ」 

ダイヤ「…ふふ。はいはい、ごめんなさい、ヨハネ」

 

142ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:16:00.70ID:FZIUjABW

ダイヤ「なにがよいのかはわからないけど、こうしてわたくしを慕ってくれるのはとても嬉しいわ。千歌ちゃん達のことだから、ここからさらに無理に練習へ連れ出すことはしないでしょうしね。貴女が納得できるまで待ってくれることでしょう」 

善子「うん」 

ダイヤ「さて、それじゃ――貴女がわたくしのことを『明るくもなく楽しくもない』と思っていることが判明したところで、執務に戻りましょうか」ガタ… 

善子「!!」 

善子「え、ちが、あれは言葉の文でほんとにそう思ってるわけじゃ――」 

ダイヤ「あーあ、ヨハネにそんな風に思われていたなんて、悲しいわねー」カリカリ… 

善子「違うの、違うのダイヤ。私はあなたと話すの好きよ。ねえ」 

ダイヤ「ヨハネ!課題は進んでるの?」 

善子「進んでない」 

ダイヤ「進めなさい」

 

143ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/18() 17:17:04.97ID:FZIUjABW

善子「えぅー…怒ったの?ダイヤぁ…怒った…?」オロオロ… 

ダイヤ「怒ってませんから、課題を…」 

善子「ダイヤが怒って拗ねちゃったから、あっちで反省してるわ」 

ダイヤ「ちょ!そういうのはいいから、課題をなさい!」 

善子「反省」テシッ 

ダイヤ「反省と言うならばせめて正座をなさい!おサルさんですか貴女は!」 


案外キレるツッコミに頬を緩める。 

私が、千歌さんでもルビィでもなく、あなたといたい理由。 

理解を深めてほしいのはユーモアじゃなくてもっと他のものだけど――そんなニブチンなところも、あなたにしかない魅力よね。 

***

 

150ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:38:52.12ID:q2ESJKen

*** 

『重須、重須です…』 

善子「ありがとうございましたぁ…」ペコ 


運転手さんに頭を下げて、バスを見送る。 

普段はそんなことしないけど、なんだか責められているような気持ちをごまかすために、なんの意味もない免罪符。 

ここから歩いて25分。 

あー、もう。ほんとに気が重い。 

この気分に歩みを任せたら一時間コースになりかねないので、意識して足はきびきび動かす。 

九時半が十時でも関係ないわよね…なんて。 


善子「てゆーか、そう。不公平よ!家が遠い人には登下校時刻の配慮をしてほしいものね!」 


とかなんとか一人でぐちぐちぼやきつつ。 


ヨハネ、浦女に入って何回目かになる遅刻です… 

……………… 

………

 

151ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:39:52.24ID:q2ESJKen

善子「人の気配、ナシ!」 


そろり、そろり、壁に寄り添いつつ下足室への道。 

体育がないと、授業中の学校はしんと静まり返っているもの。 

静寂を守るように足取りを踏んでいるうちはぎりぎりセーフ。 

事実はそんなこと全くなくて、たとえ教室まで誰にも見つかることなく辿り着けたとしても、そのまま職員室に出頭しなくちゃいけないんだけど。 

半分くらいはヤケクソで、今の状況を楽しもうとしてみたり。 

いよいよ先生も「やれやれ」ってカオをしてくれなくなってきて、一年とは言えそろそろヤバいかもなー…

 

152ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:40:53.36ID:q2ESJKen

善子「到着っ」 


第一コース、下足室まではクリア。 

いそいそと上履きに履き替えて人心地。 

さて、第二コースは素直に職員室か時間稼ぎに教室か、運命を決める二者択一が―― 


「津島善子さん」 

善子「にゃっ!?」ビクッ 


聞き馴染んだその声は、嬉しいような最悪のような… 


ダイヤ「また遅刻しましたわね」ニコッ 

善子「あ…はは、ダイヤ…おはよーございます…」 


やっぱり、一番会いたくない人だったかも… 

……………… 

………

 

153ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:41:54.83ID:q2ESJKen

昼休み、生徒会室 


ダイヤ「お昼は?」 

善子「お弁当」サッ つ弁当箱 

ダイヤ「まさか、それを作っていて遅刻したなどという…」 

善子「い、いやいやまさか。これはママ――じゃなくて、仮の同居人が作っておいてくれたものよ」 

ダイヤ「そうですか。それならば、今回も寝坊なのね?」 

善子「はい…」 

ダイヤ「目覚まし時計の用意はしてなかったの?」 

善子「かけてたんだけど、布団に巻き込まれてて…音が全然聞こえなくて…」 

ダイヤ「まったくもう…」 

善子「それより、ほら。早くごはん食べましょうよ!せっかくのお昼休みがなくなっちゃうわ!」 

ダイヤ「貴女が言うことですか!…でも、それもそうね。食事の場でお説教するのは頂けませんから。頂きましょうか」 

善子「………」 

ダイヤ「なんですか?」 

善子「今の、ダジャレ…?」 

ダイヤ「…………は!?た、たまたまよ!くだらないことを言ってないで、食べるわよ!」 

善子「はーい。いただきまーす」 

ダイヤ「頂きますっ」フンス

 

154ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:42:56.06ID:q2ESJKen

善子「ね、ダイヤ」 

ダイヤ「はい?」 

善子「…なんでもない」 

ダイヤ「そう」 


元々よく喋る方ではないけど、特に食事中はほとんど会話をしようとしないから。 

ダイヤが小さく頷くと、室内はまた控えめな咀嚼音だけになる。 

昼休み、二人きり、生徒会室、お昼ごはん。 

中学時代からやや常習気味だった私が浦女に入って初めて遅刻をした日、ダイヤが声を掛けてくれてから、遅刻した日は決まってこうするようになった。 

遅刻の理由から始まって、なぜなぜ分析と再発防止策。 

三回ほど繰り返されたあたりでそれもなくなって、ただ一緒にごはんを食べるだけになってきたけれど。 

私だって、入学式の日に宣言した手前、それなりに頑張っているし実際中学時代よりは寝坊も遅刻もぐんと頻度が減った――ん、だけど…

 

155ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:43:56.41ID:q2ESJKen

善子「この時間が悪いのよねえ」 

ダイヤ「なにがですか?」 

善子「ううん、一人言」 

ダイヤ「そう。食事中のおしゃべりは行儀が悪いわよ」 

善子「ふーんだ。これちょうだいっ」ヒョイ 

ダイヤ「あっ!?なにをするのですか!取っておいたのに!」 

善子「へー、そうなの。ごめんごめん。食べないからいらないのかと思ったのよ」モグモグ 

ダイヤ「わたくしがプチトマト好きなの知ってるくせにぃ…」ジワッ 

善子「あーもう、ごめんってば。代わりにヨハネの方のトマトあげるから」ヒョイ 

ダイヤ「だったら始めから取らないで!」ウーッ 

善子「交換したい気分だったのよ」 

ダイヤ「…取る前にきちんと言いなさいな、それくらい」 

善子「はいはい」 


ごめんね、ダイヤ。 

遅刻をしなくなるには、もう少しかかるみたいだわ。 

***

 

156ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:48:21.75ID:q2ESJKen

*** 

ある日の放課後。 

いつものように生徒会室でダイヤと二人、それぞれお仕事と宿題に向かっていると―― 


コンコン 

善子「!」 

ダイヤ「どうぞ」 

千歌「こんにちはー、ダイヤちゃん!」ガラリッ 

梨子「だ、ダイヤちゃん…!?」 

曜「失礼しまーす!」ゞ 

果南「や」ノ 

ルビィ ヒョコッ 

花丸「失礼します。善子ちゃんも、さっきぶり」 

梨子「し、失礼します…!」 

ダイヤ「また大勢で来ましたね。あら、そちらの方は…?」 

千歌「ふっふっふー、聞いて驚けぇダイヤちゃん!」バーン 

曜「なんとこちらは我らがスクールアイドル部の新メンバー、桜内梨子ちゃんにあらせられられられるでありますぞ!」バーン 

梨子「られが多いような…」

 

157ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:49:19.31ID:q2ESJKen

ダイヤ「ほう、新メンバーですか」 

梨子「ご挨拶が遅れました、生徒会長。私、二年生で千歌ちゃんと曜ちゃんと同じクラスの桜内梨子といいます」ペコッ 

ダイヤ「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。本校の生徒会長を務めます、黒澤ダイヤですわ」ペコ 

梨子「………」ソワソワ 

ダイヤ「ふふ。いづらいですよね、生徒会室など」 

梨子「そ、そんなことは…」 

千歌「緊張しなくてだいじょーぶだよ、梨子ちゃん!」 

曜「そーそー!ダイヤちゃんお堅いけど優しいから!」 

梨子「だから、どうして二人ともさっきからそんなに気軽なの!?相手は三年生だよ!?しかもちゃん付けって…」アワワ 

ダイヤ「構わないのよ。千歌ちゃん達とは昔馴染みだから、今さら高校へ入学した程度のことで、上下関係を気にするような間柄ではないの」 

梨子「そうなんですか…?」 

ダイヤ「ええ。東京からいらした梨子さんにとっては馴染みがたい感覚かもしれませんけどね」 

梨子「あれ?私、東京から来たなんて言いましたっけ」

 

158ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:50:16.33ID:q2ESJKen

ダイヤ「直接は伺っていませんが、梨子さんは校内でも有名ですからね。二年次に編入してくる例など、あまりないから」 

梨子「あぅ、有名って…」 

千歌「ちょっとちょっとーダイヤちゃん!梨子ちゃんが困ってるじゃーん!」 

曜「そーだよ。梨子ちゃんはこの通り恥ずかしがり屋さんなんだから、言葉には気を付けていただきたいね!」 

ダイヤ「はいはい、気を付けます気を付けます。梨子さんも、なにか学校生活で困ったことがあったら遠慮なく訪ねてきてくださいね。それと、わたくしのことは気軽に『ダイヤ』と呼んでくださいな」 

梨子「は、はい…ありがとうございます。えと、ダイヤ…さん」 

ダイヤ「結構」ニコッ 

千歌「お~?ダイヤちゃんがチカ達には見せない優しい表情をしてますな~」 

曜「昔は私達にもあんな笑顔を向けてくれてた時期があったのにねえ…」ヨヨヨ… 

ダイヤ「ついでに、そこのおばかさん達にいたずらをされたら真っ先に報告なさい。よく言って聞かせますから」 

千歌「ひ、ひぃっ!?」 

曜「梨子ちゃん!信じてるからね梨子ちゃん!」 

梨子「あ、あはは…わかりました…」

 

159ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:51:13.10ID:q2ESJKen

果南「お、向こうの話も終わったみたいだね」 

善子「向こうのって…あなた達もスクールアイドル部の一員でしょ」 

果南「ははは。梨子ちゃんはチカ達が口説き落としたチカ達の同級生だからね。それに、」ニヤ 

善子「…なに」 

花丸「部の一員だって言うなら、善子ちゃんだって同じずら」 

善子「うっ」 

ルビィ「ねえ、そろそろ一緒に練習しようよ。よしこちゃん」 

善子「わ、私は…まだ…」 

ダイヤ「そういえば、部を発足してからもう三ヶ月ほどになるのね。その間、ヨハネは…」 

ルビィ「一回も練習に来てくれてないよ!」 

善子「あっこら、なにチクってるのよ!」 

花丸「わざわざ言わなかったとしても、毎日ここにいたんだからそれくらいダイヤさんもわかってるよ」 

善子「そうだけど…っ」

 

160ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:52:11.07ID:q2ESJKen

ダイヤ「梨子さんが新たに加わり、部員は六人。アイドルグループとしては、それなりに見える人数になったわね」 

千歌「そーだよ!ここから私達は、輝きを目指してもっともっと力強く走り出していくんだよ!」 

千歌「だから、どうかな。ダイヤちゃん」 

ダイヤ「………」 

善子「どう、って…なにが?」 

ルビィ「あれ?よしこちゃん、聞いてない?」 

善子「え、なにを?」 

花丸「ダイヤさんも、スクールアイドル部にお誘いしてるんだよ」 

善子「えっ…!そうなの!?」 

ダイヤ「……ええ、実はね」コク

 

161ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:53:23.93ID:q2ESJKen

曜「ダイヤちゃんは背が高くて美人さんだし、お家の稽古事で踊りもやってるからね。スクールアイドルには適任だと思うんだ」 

千歌「生徒会のお仕事もあって、お家のこともあって、チカ達なんかより何倍も忙しいのはよくわかってる。でも、やっぱり私がスクールアイドルってものをやるなら、ダイヤちゃんには隣にいてほしいなって思うから」 

花丸「おらも。内浦には素敵な人がいっぱいいるけど、その中で一番魅力的な女性はダイヤさんだと思うずら」 

果南「私達で手伝えることがあるなら、生徒会の仕事とやらは分け合えばいいしね」 

ルビィ「ルビィも、おねいちゃんとスクールアイドルがやりたいな。ずっと憧れてたものを、ずっと憧れてたおねいちゃんと」 

千歌「梨子ちゃん、東京ではピアノやっててね。どうしてもってお願いしたら、作曲してくれるって」 

千歌「作詞は私と花丸ちゃんでなんとかやってみるし、衣装はよーちゃんとルビィちゃんがメインで指揮してくれる。練習のメニュー作ったりするのは果南ちゃんがやってくれるって」 

千歌「これで、なんとか格好つく活動ができそうだと思う。やっと走り始められるようになったんだ。だから」 


千歌「改めて、どうかな。チカ達と一緒に、スクールアイドルを――やりませんか?」 

……………… 

………

 

162ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:54:15.65ID:q2ESJKen

カリカリカリ、カリカリカリ… 

普段よりワントーン落ちたように聞こえるその音は、今の私の気持ちをそのまま表しているようだった。 

つまり、 


善子「なんで、返事しなかったの」カリカリ… 

ダイヤ「なんでって、千歌ちゃん達に言った通りよ。まだやりたいこともあるからもう少し考えたい。それだけですわ」カリカリ… 

善子「なによ、やりたいことって」カリカリ… 

ダイヤ「家のこととか、生徒会のこととか、他にも――ね。毎日放課後の時間を部活に割こうと決断するにはまだ時間が、  善子「でもやりたいんでしょ?スクールアイドル部」 

ダイヤ「………」 

善子「やりたくなかったら、やるつもりがなかったら、返事を保留になんかしないでしょ」 


他の誰でもない、あなたなんだから。 


ダイヤ「やりたくない、とは言いませんわ」

 

163ぬし ◆z9ftktNqPQ (星の眠る深淵)2019/06/19() 05:55:14.66ID:q2ESJKen

ダイヤ「昔から、千歌ちゃん達は放課後になるとやれ駄菓子屋さんへ行くだの、やれ秘密基地へ行くだの、それはそれは楽しそうなことを毎日のようにしていたわ」 

ダイヤ「内浦はこんな地域ですから、学年の垣根もそうなかったし、果南さんやルビィという存在もあって、わたくしもよく誘われてはいたけれど…家は厳しくお稽古事も多く、その誘いに応じられた回数など本当に高が知れているの」 

ダイヤ「だから、彼女達が――大好きな幼馴染み達がいよいよみんなで一つ大きなことをやってみようというときに、そこに加わりたいという気持ちは確かにあるわ」 

善子「だったら、その気持ちに素直に従えばいいだけじゃない。思考力も発言力もなかった昔とは違う、今は高校生になって一家の一員として力強く立ってるあなたのこと――部活に入っちゃだめなんて言われないでしょ?」 

善子「その足を止めているものは、なに?」 

ダイヤ「………」 

善子「…やっぱり、私…なんだ」 

ダイヤ「!」 

善子「私が毎日ここに来るから、部活に入ってなお顔を出すことなくここに来るから、気を遣わせてるのよね」 

ダイヤ「気を遣っているというわけではありません」