サヨナラの意味 4

75名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 00:56:22.18ID:W2PjMw5p

◆◆◆ 

『三日が過ぎ、一週間が過ぎ、二週間が過ぎ』 

『少女とネコは、いつも一緒にいました』 

『働き者のネコは村のみんなに好かれ、よく打ち解けました』 

『そしてなにより、そんなネコが隣にいることで、少しずつ、少しずつ、少女も受け入れられるようになってきました』 

『昨日は初めて野菜が売れました』 

『夕方にすれ違った老夫婦には、初めてあいさつをされました』 

『嬉しい。私、まるで村の一員になれたみたい』 

『ありがとう、ネコさん』 

『お礼を言うことなどなにもないよ。やっと、きみの頑張りが報われたというだけのことなんだから』 

『やがて、村人は少女に冷たくすることはなくなりました』 

『少女は、毎日ネコの手を握って眠りに就きました』

 

76名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 00:56:54.87ID:W2PjMw5p

『ある日』 

『少女は村の市場へ買い物に出掛けました』 

『ネコは子どもたちに旅の話を聞かせにいったので、今日は一人です』 

『しかし、もう怖くありません』 

『ぎこちなさはあるものの、みな、少女に手を振ります』 

『今日はいい魚が獲れたんだ』 

『今朝は鶏が玉子をたくさん産んでね』 

『この間は野菜をありがとう、美味しかったよ』 

『こんなに世界が明るいなんて、いつ以来かしら』 

『足取りは軽く、跳ねる少女』 

『その耳に、突然の報せが届きます』 


『やあ、聞いたかい。ネコさんは、そろそろこの村を発とうというつもりだそうだよ』

 

77名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 00:57:26.79ID:W2PjMw5p

『…うそ』 

『うそじゃないさ。切り株に腰掛けて、自分で言ったんだ』 

『ほろり――ほろり――』 

『珠のような涙が頬を伝います』 

『いやよ――いやよ――』 

『手からかごが離れ、パンが、りんごが、ころげます』 

『ひざが震え、目がちかちかして』 

『全身がさあっと冷えていきました』 

『ああああああああああああああっ!』 

『喉が張り裂けんばかりの泣き声』 

『いけない――』 

『そう思ったときには、もう手後れでした』 


『少女の全身からは、無数のトゲが生えていました――』 

◆◆◆

 

78名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 00:58:05.09ID:W2PjMw5p

*** 

――「帰り、アイス食べてこっか」 

――「いいね!誰か誘う?」 

――「…あ。西木野さん、帰りアイス食べていかない?」 

真姫「えっ」 

真姫 (アイス…

真姫 (寄り道ってしてもいいのかな…

真姫 (でも食べていきたいかも…


西木野さん? 

嫌だったかなあ。 


真姫 (行くって言っていいのかな…

真姫 (お情けで誘ってくれたのかも…

真姫 (でも、誘ってくれたことには違いないし…


ごめんね、突然誘っちゃって。 

また行こうね!ばいばーい。 


真姫 (…うん、よし。決めた

真姫 (行こう!

真姫「行きたいわ」 


真姫「…あれ?」 

………………

………

 

79名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 00:59:30.87ID:W2PjMw5p

トボトボ… 


真姫 (まただめだった…

真姫 (いっつも考えすぎちゃう…

真姫 (一言、すぐに言えればいいだけなのに…

真姫「…ハァ」 

真姫「…ん?」 


善子 コソコソ ササッ ジィ… 


真姫「…」トコトコ 

真姫「…ねえ、なにしてるの?」 

善子「んにゃあっ?!」ビクッ 

真姫「きゃっ」ビクッ 

善子「び、びっくりさせないでよ!」 

真姫「ごめんなさい…」 

善子「なに?」 

真姫「あの、なにしてるのかなって…」 

善子「観察よ、観察。憧れの人をね。わかったらあっち行って」

 

80名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:00:03.63ID:W2PjMw5p

真姫「…」 

真姫「…ねえ、私もまぜて」 

善子「はあ?!嫌よ、あっち行ってってば!」シッシッ 

真姫「私も遊びたいの」クイクイ 

善子「遊びたいなら一人で遊んでなさいよ!もう、引っ張らないで!」 

真姫「…」 

善子「…なんなのよ。…あなた、棘人?」 

真姫「違うわ」 

善子「じゃあなおさら用無しよ。行って行って」シッシッ 

真姫「ご、ごめんなさい…」シュン 

真姫「…」トボトボ… 


真姫「…いつか、お友達ができますように」 

***

 

81名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:00:38.03ID:W2PjMw5p

占占占 

村祭り当日。 

棘刀式を控えた今年のお祭りは例年以上の賑わいを見せた。 

人の入りも、屋台の数も。 

毎年楽しみにしているお祭りだけれど、今年は楽しいばかりの心持ちではいられない。 


果南「ほーら、そろそろ行くよー」 

にこ「もっかい!もっかいだけ!もっかいで取れるから!」 

果南「何回やったって無駄だってば。ドへたくそなんだから」 

にこ「誰がドへたくそよ!」 

果南「もー。ほんとに行かなきゃ間に合わないから!」 

にこ「くうううう…っ。ちょっと!それにこが目ぇ付けてんだからね!勝手に取るんじゃないわよ!」 

果南「子どもになんてこと言うのさ…お待たせ、希」 

希「うん」

 

82名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:01:27.14ID:W2PjMw5p

にこ「っていうか、別ににこたちがついてく必要なんかないでしょーが。小学生でもあるまいに」 

希「それはウチもそう言ったんやけど…」 

果南「だめだよ。なにがあるかわからないんだから、急な出来事で遅れちゃったら大変じゃん」 

希「…って果南が聞かんのやもん」 

にこ「過保護ねえ。控えテントまで送ったら、すぐ抜けるわよ。最前列行かなきゃいけないんだから」 

果南「最前列なんかとっくに埋まってるよ。今さら急いだって無駄だよ」 

にこ「薄情ねえ、あんた。そんなん、いくらか押し退けてでも前に行くわよ。希の晴れ舞台よ?」 

希「やめてや…」 

果南「別に関係者席から見ればいいからね」 

にこ「あんたはね。私なんの関係者でもないから」 

希「ええんちゃう?一人増えたくらいなんてことないやろ」 

にこ「そうかしら?だったらそっちのが楽ね。そうしよ」 

果南「…うわ、人多いな~。希、大丈夫?緊張してない?」 

希「あはは…してる」 

にこ「ま、頑張んなさいよ。いくらか間違って構いやしないわ。私と果南が見てるから、大船に乗った気持ちでやってきなさい」 

希「…うん。ありがと」 

………………

………

 

83名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:02:01.07ID:W2PjMw5p

@@@ 

ガラリ 


ルビィ「おねいちゃん」 

ダイヤ「あら、ルビィ。お祭りはいいんですの?」 

ルビィ「うん。お祭りはおねいちゃんと行くものだから」 

ダイヤ「…そう。今年くらい、お友達と行けばいいのに」 

ルビィ「………それより、ねえ。おねいちゃん…」 

ダイヤ「なんですか?」 

ルビィ「…トゲ。ちょっとだけ」 

ダイヤ「…もう、仕方ありませんわね。こちらへいらっしゃい」 

ルビィ「うん!」 


テテテ… 


ダイヤ「出しますわよ」 

ダイヤ「ん………気を付けて」 

ルビィ「おねいちゃんのトゲ…」ハム 

ダイヤ「トゲを噛む癖、そろそろ治さなくてはだめですわよ。もう十六歳なのですから」 

ルビィ「うゆ…わかってるけど」 

ルビィ「…今日だけは」 

ダイヤ「…そうですわね」ナデ

 

84名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:02:33.36ID:W2PjMw5p

ルビィ「…ね、式の準備はいいの?もうすぐでしょ?」 

ダイヤ「甘えてきた人がそれを言いますか?」クス 

ダイヤ「そろそろ行こうと思っていたところよ」スッ パタン 

ルビィ「…おねいちゃん、最近よくなにか書いてるね」 

ダイヤ「え?うん、そうね」 

ルビィ「なに書いてるの?」 

ダイヤ「…日記、のようなものよ。ほら、毎日色々なことがあるから」 

ルビィ「そっか」 

ダイヤ「さて、ルビィも迎えにきてくれたことですし、そろそろ会場の方へ行きましょうか。本当に遅れてしまいますわ」 

ルビィ「お着替え手伝う!」 

ダイヤ「ふふ…ありがとう」 

………………

………

 

85名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:03:07.99ID:W2PjMw5p

◆◆◆ 

『湧き上がる悲鳴は、すぐに森にいたネコのもとへ届きました』 

『駆け付けたネコが見たのは、信じられない光景でした』 

『少女が全身から無数のトゲを生やして泣き崩れ、そして、それを囲う村人たち』 

『悲しみを堪えきれずに大きな声で泣き続ける少女に、手を差し伸べる者は一人もいません』 

『それどころか、まるで恐ろしいバケモノを見るような目を向け、遠巻きにひそひそと言葉を交わすだけ』 

『旅先で聞いた、トゲ人間の噂が脳裏によぎります』 

『そうか、だから少女は今までたった一人で生きていたのか』 

『私が村を離れるつもりだと、誰かから聞いたのだ』 

『全てに気付いたけれど、時すでに遅く』 

『村人たちは、忘れ掛けていた棘人への恐怖を思い出してしまいました』

 

86名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:03:52.27ID:W2PjMw5p

『棘人はやっぱり棘人だ。危険な存在だ』 

『子どもが怪我をしては大変だ』 

『棘人のトゲを斬り落としてしまえ。そうすれば二度と生えてはこないのだから』 

『口々に拡がっていく辛辣さに、ネコは耐えられず、村人たちの前に躍り出ました』 

『待ってくれ、待ってくれ。そんな仕打ちはあんまりだろう』 

『彼女がこれまで村のためにどれだけ頑張ってきたと思う。あなたたちも知っているだろう』 

『しかし、恐怖を思い出した村人たちには届きません』 

『それはわかっている。だけれど、これは少女のためでもあるんだ。トゲを斬り落としてさえくれれば、私たちも彼女に怯えることはなくなる。誰もが安心して暮らせるようになるんだ』 

『やがて、村の蔵から刀が運ばれてきました』 

『悪く思わないでおくれ。私たちと棘人が、手を取り合って生きていくためなんだ』 

『刀が振りかざされ、そして――』 

◆◆◆

 

87名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:04:28.11ID:W2PjMw5p

占占占 

祭囃子と太鼓の音。 

儀装を纏い、舞台袖。 

すでに棘刀式は開始を告げ、棘人と人の演舞が行われている。 

もう間もなく、私も壇上へ登る。 

腰に吊った装飾刀の柄を撫でる。 

これにも儀装が施されてはいるものの、練習用の木剣とは違う。 

刃は光り、危うく触れれば皮膚を破る。 

それでこそ意味を持つ。 


希「…ダイヤちゃん」 


登壇の音が鳴り、飾り石が手のひらへと食い込んだ。 

………………

………

 

88名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:05:00.29ID:W2PjMw5p

占占占 

ドン、ドン、ドンドンドン。 

太鼓の音は棘人と人の怒りと争いを。 

祭囃子はその後の融和へ向けた祈りを。 

それぞれ表しているという。 

主旋律をとる太鼓の音に、わずかに紛れる祭囃子。 


ザク、ザク… 

静まり返った広場に、踏み鳴りだけが響く。 


ギシ。 

ギシ…ギシ… 

刀を携え、私はダイヤちゃんの元へと辿る。 

人が棘人の元へと、辿る。

 

89名無しで叶える物(やわらか銀行)2018/05/12() 01:05:32.94ID:W2PjMw5p

刀を握る手に力が入る。 

壇の中央には黒澤ダイヤ。 

その周り、彼女を囲うように棘人と人が半円を為す。 

一歩、また一歩。 

やがて、黒澤ダイヤの正面へ。 


すう… 

刀を構える。 

同じくして、黒澤ダイヤが両手を挙げる。 

顔を隠すように拡げられた両の手。 

そして、拡げられた黒澤ダイヤの両手が小刻みに震え。 

ぐぐぐ――……と、手の甲から幾本もの『トゲ』が生える。 


ダイヤ「希さん」 

希「ダイヤちゃん」

 

90名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:06:06.61ID:W2PjMw5p

私の役目は、そのトゲを斬り落とすこと。 

仮面を砕き、皮を引き剥ぐかのように。 

棘人が棘人たるための証を――尊厳を。 


スゥ… 

息を吸い、 


――息を吸い、木剣を振り下ろす。 

――ダイヤちゃんが表情を歪める。 

――なにを謝ることがありますか。 

――これは私と希さんに課された『役割』の為すこと。 

――そこに、 


――希さんの意思はないでしょう? 


そう。 

そうなのだ。 

この壇上で、私の行いは過去をなぞるもの。 

そこに、私の意思は、ない。 


希「…それこそが、ずっと続くもやもやした気持ちの正体」 

ダイヤ「…希さん?」 


息を吸い、刀を脇へと放り投げた。 

………………

………

 

91名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:06:48.74ID:W2PjMw5p

占占占 

刀は甲高く会場に水を打ち、いっときの静寂を生んで。 


『ネコは再び躍り出ます』 


太鼓も、囃子も、棘人も、人も。 


『刀を前に、幾百もの冷蔑の前に、その身を晒して、叫びます』 


その全てが口を噤む。 


『そんなことせずとも、私たちは手を取り合えるはずだろう!』 


ダイヤ「希…さん?なにを…」 


『トゲを斬り落とすような――尊厳を奪うような真似をせずとも!』 


希「トゲで身体が傷付いてもいい。ケンカで心が傷付いてもいい」 


『ネコは振り向きます』 


希「ウチは、ウチを傷付けない相手と仲良くなりたいわけやない」 


『構えられた刃に背を向け、泣きじゃくる少女に向き合います』 


希「ウチは、黒澤ダイヤと仲良くなりたいんや」 


『ネコは無数のトゲをその身に受けて、かたく少女を抱き締めます』 


希「行こう。ダイヤちゃん。ウチはウチの意思で――」 


希「貴女の手を握るよ」 

占占占

 

92名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:07:47.12ID:W2PjMw5p

◇◇◇ 

穂乃果 こんなところにいらしたんですね。 

千歌 はあ…はあ……ずいぶん捜し回っちゃいましたよ。 

ダイヤ ………… 

穂乃果 ダイヤ先輩。後は、あなただけなんです。 

千歌 どうか、私たちに力を貸してください。 

ダイヤ …みんな、あなたたちの元に集ったのですね。 

穂乃果 はい。 

千歌 言い出したのは穂乃果ちゃん。そこに海未ちゃんが乗って、梨子ちゃんが乗って、二年生みんなが乗って、希先輩たち三年生も、ルビィちゃんたち一年生も。 

ダイヤ あなたたちは、なにを望むのですか。なにがしたくて、私たちを集めようとするのですか。 

穂乃果 ……本当に、簡単なことなんです。 

千歌 ……私たちの願いは、最初から一つだけ。 


ダイヤ 私たちの願いは、最初から――たった、一つだけ。 

◇◇◇

 

93名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:08:29.84ID:W2PjMw5p

占占占 

七年後――次回の棘刀式がどうなるのかは、わからない。 

今年の棘刀式は、これまでの長い村の歴史において、まったく異例な式となった。 

そんな中、ただ一つだけ、わかることは。 


希「ウチがめちゃくそ怒られたってことだけやん…」ゲッソリ 

にこ「あはははははははっ!あははははっひひぃ~~~っ…おな、お腹…っおなか痛い…」ヒィヒィ 

果南「あんなめちゃくちゃなことするからだよ…」 


めちゃくそ怒られた。 

南さんと御三家当主三名、計四名の大人に囲まれて、もうびっくりするくらい怒られた。 


――歴史ある儀式をなんだと思ってるの! 

――あんな醜態を晒してほしくてあなたを選んだんじゃありませんよ! 

――あなたは沼津ヶ村とここに住まう人々、棘人、その全てを侮辱したんだぞ! 

――とんでもないことをしてくれたものですね。 


四人もの大人が寄ってたかって、目まぐるしく、入れ替わり立ち替わり、ここぞとばかりに、日本語には卑罵語が少ないなんて嘘やんと五千回くらい思わされるほどの豊富な叱責と罵倒を浴びせてきた。

 

94名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:09:01.90ID:W2PjMw5p

希「耳と脚なくなるかと思った…」 

にこ「死の直前、希被害者はそのように語っていた――って感じ?…ププーーーーーッ、あっはっはっはっはっは!!」バンバン 

希「笑いすぎやろ…」 

にこ「いやいや、笑わずにいられないわよ!カラオケ大会で愛の告白したのとはわけが違うのよ、七年に一度の儀式であんな型破りな……ぶふぉーーーっ!!!」ゲラゲラ 

希「許さへんからな…覚えときよ…」 

果南「ま、まあにこの反応は過剰にしても…よく思い切ったと思うよ、私も」 

希「そんなん…ウチだってそう思うよ…」 

果南「…でもさ、後悔してないでしょ」 

希「……」 

希「うん」

 

95名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:09:34.00ID:W2PjMw5p

本来ならば、装飾刀でダイヤちゃんのトゲを斬り落とし、それを次の棘刀式まで保管することで、棘人と人との向こう七年間の融和を示すものだったのだ。 

それを私は盛大に無視した。 

長年受け継がれてきた刀を放り投げて、トゲだらけのダイヤちゃんの手を取って、そのまま二人で会場から脱走した。 

別に村から逃げ出そうという気があったわけではない。 

というか本当に、なんの企みもなければ、なんの思惑もない。 

ただ、私が私の意思で「やろう」と決めたことをやっただけ。 

お互いにごてごてとした格好、すぐに走り疲れてへたり込んでいるところに村の大人たちが駆け付けてきて、私たちは天の川よろしく引き離され―― 

朝までたっぷりお説教コースと相成った。

 

96名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:10:16.79ID:W2PjMw5p

にこ「結局、ダイヤのトゲだって予定通り斬って保管すんでしょ?」 

果南「だってね」 

希「それを誰がやるかで大揉めになってるらしいで」 

にこ「あんた立候補してきたらいいじゃない。リベンジで」 

果南「無理だよ!私が希をそそのかしたんじゃないかなんて言ってる人もいるくらいだし!」 

希「そこは一応弁解しておいたんやけど、あんまり意味なさそうやったなあ…」 

にこ「しばらくはやりづらくなるわね~」 

希「ごめんな、果南」 

果南「まー、別にいいけどさ。希の勇気のお釣りと思えばね」 

希「えへへ…ありがとさん」 

にこ「相変わらず、希に甘いわねえ」 

希「あ」 

希「ウチ、ダイヤちゃんとこ寄ってくから」 

果南「うん。行ってらっしゃい」 

にこ「昨日の今日で、よくまた黒澤邸に入ろうなんて思えるわね…いってら」 

希「ほな、また明日ね」 

………………

………

 

97名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:10:59.66ID:W2PjMw5p

黒澤邸の門扉をくぐり、母屋までの道を行く。 

確かにしこたま怒られたけれど、その場所は紛れもなくこの黒澤邸だったけれど、実はそこまで怯えてもいない。 

だって、 


南『はあ……はあ……』 

園田『…これくらいにしておきましょう。よく伝わったでしょうから…』 

希『 』(← !DEAD

南『それじゃ私たちは、先に失礼しますね…よかったら泊めてあげて』フラフラ 

黒澤『ええ。離れを使わせます。お休みなさい、皆様』 


黒澤『聞こえていますか。今日は泊まっておゆきなさいな』 

希『は………はい………』 

黒澤『希さん』 

希『はい………』 

黒澤『…ありがとうございました』 


その言葉で、私の中に後悔などわずかにも残らなかったから。 

………………

………

 

98名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:11:33.29ID:W2PjMw5p

トントントン、と気持ちよく響く廊下を進む。 

突き当たりの、ダイヤちゃんの部屋。 

コンコン。 


希「ダイヤちゃ~ん」 


返事がない。 


希「あれ?ダイヤちゃん?」 

希「うーん…」 

希「失礼しまー…す」 


不躾を承知で、戸を引く。 

けれど、うたた寝…ということもなく、部屋は空っぽだった。 

来るって伝えておいたんだけどな。 

出掛けているとも言われなかったし。 


希「……ん、あれ…」

 

99名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:12:09.52ID:W2PjMw5p

更なる不躾を承知で、部屋に踏み入る。 

机に置かれた本とノート。 

本は、私の『棘人とネコ』。 

そもそも今日は、とりかえっこしていたこれを再び交換するために来たのだ。 

私も鞄から『棘人とネコ』を取り出し、そっと机に置く。 

代わりに、ノートを手に取る。 


『みんなで叶える物語』 


そう銘打たれている。 


希「…ごめん」 


ここまで来たら不躾ついでと、ノートをめくる。 

そこには、年齢も性格も違う23人の少女たちが手を取り合い、大きな一つのことを成し遂げる―― 

そんな物語が綴られていた。

 

100名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:12:42.22ID:W2PjMw5p

少女たちは目標を掲げ、仲間を集め、そして力を合わせる。 

言ってしまえばありふれたその物語は、ダイヤちゃんが書いたのだろうか。 

…問うまでもなく、そうだろう。 

なぜなら、その23人の少女は、私とダイヤちゃんを含めたこの村の住人。 

私たちが、全く違う世界で、全く違う出会い方をして。 

そして、全く違う道を歩んでいく物語。 


希「…ダイヤちゃん」 


これはダイヤちゃんの願い。 

そして、私たちみんなの願い。

 

101名無しで叶える物語(やわらか銀行)2018/05/12() 01:13:28.66ID:W2PjMw5p

そこには、なにもない。 

棘人が人を。 

人が棘人を。 

棘人が棘人を。 

人が人を。 

恐れ、嫌い、憎み、侮り、見下し、蔑み、嗤い、貶し、恨み、妬み。 

そんな確執が、一つもない。 


希「きっと…きっと、こんな世界もあったはずよね」 


『あなたたちは、なにを望むのですか。なにがしたくて、私たちを集めようとするのですか』 

『……本当に、簡単なことなんです』 

『……私たちの願いは、最初から一つだけ』 

『私たちの願いは、最初から――たった、一つだけ』 


『みんなが手を取り合って、笑い合う。そんな世界に生きたかった――ただ、それだけです。 黒澤ダイヤ』 



終わり