17ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:37:45.65ID:ZyNImPVe
#9.起こり
千歌が目覚める数週間前
曜「ちかちゃあああああああんっ!!」
部屋に入るや瞳が捉えたその人に、飛び付かずにいられるほどの理性はなかった。
許す限りの全速力で駆け寄り、ぎゅうっと抱き締める。
果南「こーら、激しくしないの」
コツン、と脇に立つ果南ちゃんに頭をこづかれる。
曜「果南ちゃん…だって、だってちかちゃんが…無事で、うえっ、無事でよかっ…おえっ。大怪我して、ちかちゃ、もう目を覚まさないんじゃないかって…」
果南「まったく、曜は大袈裟だなあ…」
曜「でもよかった、よかっ…ううう……… ……ん…」
そこにあることを確かめるように、強く、強く、ちかちゃんのからだを抱き締めて。
そして――違和感。
曜「ちか…ちゃん?」
18ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:38:30.65ID:ZyNImPVe
そのままの姿勢で顔を上げる。
瞼は閉じられ、口はきゅっと引き結ばれて。
曜「ちかちゃん…まるで、お人形さんみたい…」
鞠莉「Yes.」
ほとんど一人言のような呟きに、そんな相づち。
イエスって、それじゃまるでちかちゃんが人形だっていうみたいな…
鞠莉「そのちかっちは、人形よ」
曜「鞠莉、ちゃん」
19ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:39:05.10ID:ZyNImPVe
鞠莉「厳密には、dollじゃなくてcyborgなんだけどね」
ダイヤ「より厳密に言うのなら、サイボーグは身体の一部が機械である人間のことですわ。一部以外が全て機械であるモノを、果たしてサイボーグはおろか、人間などと…」
果南「ダイヤ。誰に対してそんなこと言ってるかわかってるの?」
ダイヤ「…申し訳ありませんわ」
曜「ちょ、ちょっと待ってよ。なに言ってるのか全然わかんない」
少し離れた位置に立つダイヤさんと、果南ちゃんのたしなめるような瞳、複雑そうに眉根を寄せる鞠莉ちゃん。
お人形?ドール?サイボーグ??
まるでちかちゃんを指して言ったみたいに。
でも、だって、ちかちゃんはここにいる。
大怪我して、もうだめかもって思って、でも鞠莉ちゃんがなんとかするって言ってくれて、それでこうしてやっとちかちゃんと――……
曜「ちかちゃん、どこも…けが、して…ない」
20ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:39:39.99ID:ZyNImPVe
鞠莉「それは、ちかっちによく似せて作った箱だよ」
曜「箱…」
鞠莉「たとえばね」
コツ、とヒールの音。
もったいぶるかのような足取りで一歩、一歩、歩み寄ってきて。
鞠莉「ほら、さわってみて」
鞠莉ちゃんがぐいと手を取る。
そのまま運ぶ先は…ってあわわわわだめだめ鞠莉ちゃんこれ以上近付いたらちちちちかちゃんの胸むねムネが触れふふ触れちゃうからそんなだめだってばああでも鞠莉ちゃんがむりやりさわらせるんだからわたしはわるくないわるくないふかこうりょく――ムニッ。
曜「………ん」
鞠莉「わかった?」
21ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:40:12.04ID:ZyNImPVe
曜「柔らかい…けど、これ…胸の感触じゃないような…」
鞠莉「それはシリコーンだよ」
曜「ああ…」
豊胸手術なんかに使われるやつだっけ。
手が離される。
けれど、違和感を握り締めたような感覚に、鷲掴みにした手をしばらく離すことができなくて。
やがてずるりと落ちるように離れた手にも、なにか見えないクリームがべったりと塗られているようだった。
鞠莉「他の部分も同じ。皮膚や骨と似たような素材で代用してるの。まさか本当に人体の一部を使うわけにはいかないからね」
22ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:40:45.19ID:ZyNImPVe
曜「鞠莉ちゃん…これ、なんなの?」
鞠莉「だから、ちかっちに似せて作った箱だよ」
曜「じゃなくってさ。なんのためにこんなもの作ったの?なにか目的があって作ったんでしょ?」
鞠莉「…ノーノー、なんだか声が怖いよ」
曜「じゃなきゃこんな悪趣味なもの作らないよね」
鞠莉「…あのね、曜」
曜「ちゃんと答えてよ鞠莉ちゃん!!」
果南「曜!」 ダイヤ「曜さん!」
がばっと両側から腕を取られ、そして初めて自分が立ち上がっていたことに気付く。
果南ちゃんとダイヤさんが止めてくれなければ、あやうく鞠莉ちゃんに掴み掛かるところだったのだ。
鞠莉「ねえ、曜。ティータイムにしましょうか」
………………
………
23ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:41:22.66ID:ZyNImPVe
#10.起こり②
鞠莉「ちかっちはね、かなり重篤な状態なの」
曜「じゅうとく…」
鞠莉「命があって、助かる見込みがあっただけよかったんだけどね。パパにお願いして手術の手配は取ったけど、時間は掛かっちゃうって」
曜「時間なんてどれだけ掛かってもいい!ちかちゃんが無事に戻ってくるなら、どれだけだって待てるよ!その手術をすれば、ちかちゃんは治るんだよね?!」
鞠莉「医者じゃない私には、そこまではわからないわ。ただ全力を尽くしてもらえるようお願いするだけ」
曜「そんな…淡白な…」
鞠莉「それと別にね、私たちには考えなきゃいけないことがあるの」
曜「…なに?ちかちゃんの手術より大切なことなの?」
鞠莉「ある意味ではね」
曜「………なに?」
鞠莉「ちかっちの脳のことなの」
24ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:42:01.43ID:ZyNImPVe
曜「脳…?」
鞠莉「brainね。ちかっちの身体は今ひどく傷付いてて、正常な生命活動を行える状態にないらしくてね…今の状態が続くと、なくなっちゃうかもしれないんだって」
曜「な、なにが…」
鞠莉「ちかっちの、記憶が。」
曜「う…うそだ!!」
鞠莉「私だって、今からでも嘘だって言ってほしいよ…でもね、聞いて、曜。記憶がなくならずに済む方法もちゃんと確認してきたの」
曜「どうすればいいの?!」
鞠莉「ちかっちの記憶を複製しておくの。それで、万が一ちかっちの記憶がなくなっても、複製しておいた記憶を脳に戻す。そうすれば、少し繋ぎ目に違和感が残る程度で済むんだって」
曜「な、なんだ…そんなの、記憶がなくなっちゃうのに比べたら全然たいしたことないよね…」
鞠莉「だけどね。脳ってとってもdelicateなものだから、複製してその辺にぽんと置いておいたんじゃ、その記憶も数日もしないうちに腐ってだめになっちゃうんだって」
曜「じゃ、じゃあやっぱりだめじゃん!」
25ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:42:46.11ID:ZyNImPVe
鞠莉「そう。だから、複製した記憶を保持する方法も確認したわ」
曜「どうやるの?!」
鞠莉「複製した記憶も、生かしておくこと」
曜「生かして…おく?」
鞠莉「つまり、普通の人間と同じように生活をさせるってことね」
曜「でも…記憶をコピーしたところで、アンドロイドじゃあるまいしどうやって人間と同じように生活なんて――……あっ」
鞠莉「そう。そのために、『あれ』を用意したんだよ」
――お人形さんみたい。
――dollじゃなくてcyborgだけどね。
鞠莉「曜。ちかっちの記憶を、預かる覚悟はある?」
………………
………
26ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:43:41.94ID:ZyNImPVe
#11.幕間
鞠莉「……っ、ふううう…」ヘナ
果南「鞠莉!」
鞠莉「Don't worry. アリガト、果南。緊張が解けただけだよ」
ダイヤ「まったく…あんな説明を鞠莉さんにさせるなんて、どうかしていますわ…」
鞠莉「しょうがないよ。話す相手が…曜、なんだから」
鞠莉「それに、私が決めたこと…だからね」
ダイヤ「それにしたって…!」
ハグッ
鞠莉「二人がついててくれたから、私は大丈夫だよ。ありがとう、ダイヤ」
ダイヤ「…鞠莉さんがそうおっしゃるのなら。それよりも、本当に…本当に大丈夫なんですの?あんなもの…」
果南「ダイヤ。あんなものなんて言わない。可愛い後輩たちなんだよ」
鞠莉「そーだよ。あんなにprettyにできたんだから、」
ダイヤ「私はどうだっていいんですのよ!それに果南さんも、鞠莉さんだって。関係ありませんもの!でも…曜さんのお母様のお気持ちを思うと……っ、うう…」
果南「充分に説明した上で頷いてもらったって話だよ。そこはもう、私たちが口を出せるところじゃない…」
鞠莉「一日でも早く手術が終わることを祈りましょう…それに、」
鞠莉「それに私は、終わるときのほうが怖いわ…」
***
27ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:44:14.38ID:ZyNImPVe
#12.幕間②
「…ありがとうございます。今回のことでは、ご家族に大変な苦労を強いることになりますが、」
渡辺母「主人は航海に出ていますので、今は私一人です…」
「そうでしたか。……もしご希望であれば、弊社グループのホテルにお泊まりいただけるよう手配を取りますが…」
渡辺母「いえ、大丈夫です。家に母親の一人もいないんじゃ、さすがに違和感もあるでしょうから…」
「ご配慮、痛み入ります…。こちら、私の名刺です。日常のお困り事やストレスなど、どんな些細なことでも構いませんので、なにかございましたらご連絡ください。私どもの力が及ぶ限りお力になりますので」
渡辺母「はい、ありがとうございます。…………あの、今回のことが…曜ちゃんのためにも一番いいんですよね」
「保証いたします」
渡辺母「…わかりました。それでは、失礼しますね」
「車を呼び付けてまいりますので、しばらくこちらで」
バタン
渡辺母「あんなものを、うちに………うっ。…だめ、耐えなきゃ…耐えなきゃ…………ぅぅ…」
***
28ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:56:23.16ID:ZyNImPVe
#13.よーちゃんとちかちゃん⑧
曜「おやすみなさい、ちかちゃん」
千歌「おやすみなさい、よーちゃん」
カチリ。
室内が月明かりだけで淡く満たされる。
よーちゃんは、眠るとき豆電球を点けない派らしい。
私は、
私は、高海千歌。
17歳の高校二年生。
旅館を経営する実家で、二人の姉がいる。
よーちゃんとは昔から家族ぐるみの付き合いがある、いわゆる幼馴染み。
私は、そんな私の――コピーだという。
大怪我をして意識を失っている私の脳を保持するための。
29ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:57:23.54ID:ZyNImPVe
見る見る瞳に涙を溜め、そしてぼろぼろとこぼし、何度も何度も謝りながら、よーちゃんが教えてくれた。
正直、薄々感づいていたことだった。
よーちゃんと話し、笑い、なにをするときにも、はっきりと形作られた私ではない私が見えていたから。
それでも、本当に嬉しかったのだ。
目を覚まして初めて出逢ったのがあなたで、いつでもあなたの一番近くにいられて、そして――あなたがくれた名前を、あなた自身が何度だって呼んでくれることが。
だから、ショックじゃなかったといえば嘘になる。
嘘だ。
ショックだった。
それでも――それでも、なんとかその気持ちを抑え込むことができたのは。
ぐしゃぐしゃの表情で泣き、謝り、そして必死に話す姿が、どうしたって私を傷付けたいと思っているようには見えなかったから。
たとえ私が十何年もの時間を共にしてきた私でなかったとしても、大切に想ってくれている気持ちが伝わってきたから。
だったら、それでいっか――なんて。
思ってしまったのだ。
30ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:58:01.65ID:ZyNImPVe
ころりと寝返り一つ。
丸まった背中に呼び掛ける。
千歌「よーちゃん、起きてるでしょ」
びくり、と肩が跳ねる。
やっぱり。
千歌「ね、よーちゃん。そっち行っていい?」
曜「や、だめ、だめじゃないけど、布団狭いし、ベッドのほうが寝やすいし」
千歌「だったらよーちゃんがこっちに来て。一緒に寝よ」
曜「えっと、その、うん…」
もぞもぞと意味もなさげに脚が組み替えられる。
返事とは裏腹に、余計に背中を丸めただけで、動こうとはしない。
…もうっ。
31ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:58:54.53ID:ZyNImPVe
千歌「お邪魔しま~す」
曜「ちょ、ちかちゃん、なんで入ってきてるのっ」
千歌「よーちゃんが入ってこないからー。ほら、頭あげてあげて」
戸惑っているのか、頭はふるふると振られる。
その隙をついて片腕を差し込む。
もう片腕は腰から掛けて裾を掴む。
千歌「えへへ…あったかい」
曜「あ、暑いでしょ」
千歌「そんなことないもん。よーちゃんの匂いがするー…」
曜「ちょっ、嗅がないで」
千歌「やーだー」
曜「このまま寝るつもり?」
千歌「だめなの?」
曜「寝苦しくなるよ…」
千歌「いいもん」
32ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 21:59:44.37ID:ZyNImPVe
曜「………………」
千歌「………………」
遠くに鳥の声。
視界はぼんやりと月明かり。
今だけ、世界は私たち二人きりのもので。
千歌「ねえ、よーちゃん」
曜「なに?」
千歌「チカのこと、きらいになった?」
曜「そんなことないよ!むしろ、ちかちゃんのほうが…」
千歌「チカはねえ、よーちゃんのこと、だいすき」
曜「………」
千歌「きらいになったんじゃないなら、そんな風にしないで。いつも通りにしててほしい」
曜「…うん」
千歌「想い出はなくても、今はチカがチカでしょ。ここにいる私を、ないものみたいにしないで」
曜「……うん、ごめん」
千歌「謝らなくていいの。なんにもしてくれなくっていいから。昨日までみたいに、一緒にいさせて」
曜「うん。………うん」
***
33ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:00:33.76ID:ZyNImPVe
#14.よーちゃんとちかちゃん⑨
千歌「カラオケに行ってみたい!」
曜「へ?うん、いいよ。じゃあ行こっか」
千歌「ほんと?!やったー!」
曜「ふふ…ちかちゃんはやっぱりちかちゃんだなあ」
千歌「?」
テクテク…
曜「ところで、なんでカラオケ?」
千歌「朝ごはんのとき、ニュースでやってたの。一人カラオケっていうのが流行ってるんだって」
曜「また私抜きで朝ごはん食べて~っ。うわ~~ん!」
千歌「わわわ、だってよーちゃんなかなか起きないから!お母さんと一緒にごはん食べたくって…」
曜「そういえば、お母さん今日はなんだって?」
千歌「わかんない。食べ終わったらすぐ出ていっちゃったから…」
曜「…そっか」
千歌「うん…」
曜「………あ、ほらちかちゃん。カラオケ着いたよ!」
千歌「あ、ほんとだ。楽しみ~!」
………………
………
34ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:01:32.28ID:ZyNImPVe
千歌「うわー、広いんだね~」
曜「もっと混んでるかと思ったね」
千歌「みんな一人カラオケに行っちゃったのかな?」
曜「あはは、まさか。夏休み真っ最中だからね、みんな旅行にでも行っちゃって、今は沼津に人が少ないのかもね」
千歌「そっか~」
曜「よーし、いっぱい歌うぞー!」
千歌「おーーっ!」
---
千歌「そういえば、チカ歌える曲ないや…」
曜「ええっ?!一曲も?!」
千歌「う、うん。CMで聴いたのなんかはわかるけど、サビだけだし…いいや、よーちゃんの歌が聴きたい!」
曜「え、ええ~~?!ちかちゃんが行きたがったのに」
千歌「だって歌えるのないんだもん。いいからいいから、ね!歌って、よーちゃん!」
曜「し、仕方ないなあ…休み休みだよ」
千歌「うん!なに歌うの?」
曜「そうだなー、最近はあんまり流行りもの聴いてないからなあ。なつメロ攻めで行こうかな!」ピッピッ
千歌「わ~い!」
***
35ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:02:18.62ID:ZyNImPVe
#15.よーちゃんとちかちゃん⑩
千歌「よーちゃんって、肌キレーだよね」
曜「え?」
千歌「手にも傷とか全然ないし、すべすべしてるし」ジィィ…
曜「や、ちょちょ…近いからちかちゃん」
千歌「いいな~、こんなに肌キレーなんて」
曜「いやいや、ちかちゃんだって同じくらい綺麗だから」
千歌「チカのこれは作り物のからだだもん!」
曜「じゃなくって、ちかちゃんほんとに綺麗な肌してるんだよ」
千歌「えー、そうなの?」
曜「まあ、よくはしゃいで転んだりしてるから、傷なんかはあるけどね…」
千歌「なにそれー!子どもみたいじゃーん!」
曜「ほんとのこと言っただけだからね?!」
千歌「でも、よーちゃんほんとにキレー。チカの腕にも負けないくらいだよ。ほら見て。おんなじくらいキレーだよ!」
曜「さ、さすがに同じくらいは言い過ぎだよ~」
曜 (でも…うん。われながら、確かに退けを取らないくらい綺麗…かも。なんちゃって…)
***
36ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:02:59.51ID:ZyNImPVe
#16.よーちゃんとちかちゃん⑪
曜「…あ。ね、ちかちゃん。ケーキ買って帰ろっか」
千歌「ケーキ?!うん買うっ!」
カランコロン
曜「わ~…良い匂い」
千歌「ほんとだね。甘い匂いでいっぱい…幸せ…」
曜「あはは、ちかちゃんってばほんとに幸せそうだね」
千歌「だって、こんなに良い匂いで全身包まれること、滅多にないよ」
曜「それもそうかも。ん~っ、確かに幸せ~!」ノビーッ
千歌「幸せ~っ」ノビーッ
クスクス…
千歌「あっ…ここ店内だったね…」//
曜「う、うん…ケーキ選ぼっか…」//
37ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:03:57.32ID:ZyNImPVe
千歌「むむ~~~っ、悩む…」
曜「これだけたくさんあると、どれも美味しそうで逆に選べなくなっちゃうよね」
千歌「モンブランもいいし、チョコレートもいいし、王道のイチゴショート…ああっ、プリンも捨てがたい」
曜「私はフルーツ系に目が行っちゃうなあ。メロンにさくらんぼ、梨に…うわっ、杏なんてあるんだ~」
千歌「ねー、よーちゃん。二つ買っちゃだめ~?」
曜「だ、だめだめ。ケーキって高いし、それにカロリーの塊なんだから!…でも私も二つ食べたいかも…ごくりっ」
千歌「ううう~~~……一つだけ…一つだけ………あっ」
曜「梨は秋まで待てるし、メロンはきっと生のほうが美味しいし、だからあとは…うう………あっ」
ようちか「「夏みかんのタルト!」」
千歌「……ぷっ」 曜「……ふふっ」
千歌「ハモったね、よーちゃん!」
曜「うん!私もちょうどこれだ!と思って」
千歌「一緒だね」
曜「じゃあ、夏みかんのタルト二つだね」
千歌「結局よーちゃんとお揃いかあ。違うのにすれば食べっこできたのにな~」
曜「二人で同じのを食べるのだって、悪くないものだよ」
千歌「えへへ…うんっ!」
***
38ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:14:57.77ID:ZyNImPVe
#17.よーちゃんとちかちゃん⑫
曜「むふふ~」
千歌「あー、よーちゃんまた制服見て一人でにやにやしてる」
曜「えっ、うそ?!にやにやしてた?!」バッ
千歌「してたよ。そんなに制服すき?」
曜「うん、すきだな。だって見てよこれ、可愛いよねえ」
千歌「…いいなあ」
曜「え?ちかちゃん、着てみる?」
千歌「ううん、そうじゃなくって。もちろん制服も羨ましいけど、チカも学校に行ってみたかったなあ」
曜「ああ…そうだよね…でも、うーん…夏休み中とはいえ、ちかちゃんが怪我したこと知ってる人がいないとも限らないし…」
千歌「あ、ううん、そんなつもりで言ったんじゃないよ。行ってみたかったってだけで、わがまま言ったつもりじゃ…」
曜「あ、そっか。夜に行けばいいんだ」
千歌「…へ?」
………………
………
39ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:15:35.63ID:ZyNImPVe
ブゥゥゥン…
乗客がゼロになったバスを見送る。
千歌「…いいの?あれ、終バスだよね」
曜「平気だよ。どっちにしたって、帰り方向のバスはもうとっくに終わったからね」
千歌「不良だー」
曜「いひひ。ちかちゃんも今日から仲間だよ。さ、行こ!」
千歌「うんっ」
どちらからともなく手を繋いで、静かに佇むばかりの学校へ。
きゅっと力が込められるのは、高揚だけのせいじゃないはずだ。
曜ちゃんに連れられて、夜の学校を隅から隅まで回った。
プールを覗き、水の黒さに呑まれそうだと笑って。
体育倉庫の周りをぐるりと歩いて、歩数を数えてみたり。
園芸部の花壇には、初夏を感じさせる実りが。
校庭では手を放し、何度もかけっこを。
一緒に数えてみたら、中庭には九種類もの花が咲いていた。
40ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:16:24.04ID:ZyNImPVe
想像した『学校』とは一つだって重ならなかったけれど、何倍も魅力的な時間だった。
ふうっと校舎に背を預けて一息。
けれど、
曜「休憩するには早いよ、ちかちゃん」
千歌「え?」
いたずらっぽく微笑むと、すぐにまた手を取って。
駐車場しかないような裏のほうへと連れてこられる。
千歌「ここになにかあるの?」
曜「んー、まあ見てて…」
窓をいじいじとよーちゃん。
やがて、ガラリ…と。
千歌「………え?!」
曜「あは。ここだけは覚えてたんだよねー」
窓に手を掛けて、よーちゃんはひらりと身を翻した。
曜「さ、行くよ!ちかちゃん」
夜は、まだ終わらない。
………………
………
41ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:16:56.45ID:ZyNImPVe
曜「夜の校舎って怖いねー」
千歌「えー?よーちゃん、怖がってないでしょ」
曜「どうかな。あんまり怖いって感じないけど、ちかちゃんがいるからだと思うよ」
千歌「チカなんの役にも立たないよ。今だってかなり怖いもん」
曜「でしょ?だから、いざってときは私がちかちゃんを守らなきゃって思ってるからかな。渡辺曜、ちかちゃんのナイトでありますっ!」
ビシッと敬礼。
その姿に、頬をすり寄せる。
千歌「…だったらチカもあんまり怖くないかも」
………………
………
42ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:17:41.45ID:ZyNImPVe
千歌「音楽室だって」
曜「うん。えーっと…おっ、あいてるよ」
千歌「まず扉の確認するんだもんなー、よーちゃん」
曜「校舎に入ったって教室に入れなきゃ意味ないからね。カギ掛けてないなんて、不用心だなー」
千歌「誰も夜中によーちゃんみたいな人が来るとは思ってないからだよ」
笑ってごまかしながら踏み入るよーちゃんに続く。
そして、思わずわあっと声が漏れる。
壁面に整然と並べられた楽器の数々は圧巻。
ラッパやトランペットなどの吹奏楽器は、差し込む月の光をきらきらと反射する。
それになにより目を引くのは、窓際に置かれた大きなグランドピアノ。
曜「…さすがの私もピアノは弾けないなー」
千歌「あんなの、思い通りに弾けたら…気持ちいいだろうね…」
曜「そうだね」
43ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:18:22.15ID:ZyNImPVe
千歌「よーちゃん」
曜「なに?」
千歌「学校って楽しい?」
曜「うん、楽しいよ」
千歌「いいな…」
曜「そうだね。通ってみたかったよね」
千歌「そうじゃないの」
曜「え?」
千歌「きっと、チカ、学校に通いたいわけじゃない」
曜「だったら、なに?」
千歌「よーちゃんと一緒に、学校に通ってみたいんだ」
曜「………!」
千歌「羨ましいよ。よーちゃんと一緒に学校に通える私が。私だけじゃない、それをできるみんなが。私は、私は……」
44ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:18:54.44ID:ZyNImPVe
ピン、と甲高い音。
曜「ちかちゃん!」
顔を上げると、いつの間にかグランドピアノに座っているよーちゃんの姿。
千歌「よーちゃん…?」
曜「音楽の授業だよ!もう一回鳴らすから、どの音か当ててね!」
千歌「よーちゃん…」
ピン。
曜「ほら!音!」
千歌「えっと…ファ?」
曜「待ってね、ここがドだから…レ、ミ、おお~!正解!」
千歌「え、ほんとに?!やったー!」
45ぬし ◆z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/12(木) 22:19:42.74ID:ZyNImPVe
曜「じゃあ次、これは?」
ピン。
千歌「さっきのより高いから、……ラ?とか?」
曜「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ…惜しい!シのシャープでした!」
千歌「え~~~っ、シャープはずるい!」
曜「ずるくないよ。音楽の授業だもん」イシシ
千歌「もー……ん?確か、シってシャープの鍵盤ないような…」
曜「えっ」
千歌「よーちゃん、どれ弾いたの?」トコトコ
曜「こ、この鍵盤…」
千歌「これソのシャープだよ!音階間違ってるじゃん!」
曜「あ、あれ~…あはは…」
千歌「しっかりしてよ先生ー!」
曜「音楽の授業って心地よくて眠くなっちゃうんだもん」
千歌「先生がそういうこと言うーー?!」
たった一夜。
二人きり。
私が学生だったその時間を、きっと忘れることはない。
***