希「ギャグまんが体質」 1

1ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:26:36.43ID:yPGCWe2Z

頂き物のタイトルと設定で書いたss 


絵里「希」 

希「んー?」 

絵里「どういうつもりなの」 

希「…なんや、えりち。怖いカオして。せっかくのべっぴんさんが台無しやよ」 

絵里「貴方まで、私の頭を悩ませないでちょうだい」 

希「嫌やなあ。ウチがいつえりちを悩ませるようなことしたんよ」 

絵里「あの子たちに荷担するのはどうしてなの?どうしたって、認めるわけにはいかないのに」 

希「ウチは生徒会の副会長やからねえ。迷える生徒には手を差し伸べる義務があるんよ――それに」 


えい、と人差し指をぎゅうっと寄せられた眉根に立てる。 

顔をしかめるものの、されるがままで避けたりはしない。 


希「ウチは誰よりも、えりちに笑顔になってほしいからね」 


奇跡のカケラが揃うまで、後もう少し。 

***

 

2ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:27:09.06ID:yPGCWe2Z

穂乃果「また来ます!」 

絵里「もう来なくていいわ」 

海未「失礼しました」 


駆け出していくサイドテールと、丁寧なおじぎをしてから戸を引く流れる黒髪。 

対照的にも見える二人の姿は、それでもなぜか妙にしっくりと感じられて。 


希「や、穂乃果ちゃん。海未ちゃん」 


つい声を掛けたくなってしまう。

 

3ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:27:44.92ID:yPGCWe2Z

穂乃果「あ!希先輩」 

海未「こんにちは、希先輩」 

希「またえりちのとこ来とったんやね」 

穂乃果「はい!私、生徒会長に認めてもらえるまで諦めませんから!」 


ぐっと拳を握って見せる。 

瞳には爛々と輝く強い意志。 

あの冷たく燃える氷色の炎に、めげずに何度でも立ち向かえるのだから。 

この子はきっと、手強いよ。 



穂乃果「あ!そういえば聞いてください!なんとね…」 


ごそごそとポケットを探り、取り出したのは小さく折られたメモ帳。 

実に見覚えのあるそれを嬉しそうにひらいて、 


穂乃果「じゃーんっ!グループの名前が決まったんです!」 


穂乃果ちゃんは笑った。 


穂乃果「『ミューズ』って読むんだそうです。ね、海未ちゃん」 

海未「はい。ギリシア神話にはあまり詳しくありませんが、読みは間違っていないはずです。芸術を司る女神たちの名だったと記憶しています」

 

5ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:28:18.56ID:yPGCWe2Z

希「……へえ。ミューズ、良い名前やん」 

穂乃果「そうですよね!」 

希「うん。芸術を司るっていうんも、アイドルにはぴったりやしね」 

穂乃果「でも名前が書いてなくって…誰が入れてくれたんだろう」 


ふと、脇に立つ海未ちゃんと目が合う。 


海未「…あの、希先輩。私の勘違いかもしれないのですが、この名前を下さったのはもしかして、」 

希「あ~っとぉ。えりち待たせっ放しなんやった。そろそろ行かなウチが大目玉喰らってまうなあ」 

海未「あ、希先輩」 

希「ほな、またな~」 


希「…海未ちゃんには要注意やねえ」 

………………

………

 

6ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:29:31.02ID:yPGCWe2Z

希「ただーいまっ」 

絵里「お帰りなさい。遅かったわね」 

希「そこで後輩ちゃんたちに捕まってもうてな」 


えりちはチラリとこちらを見遣って、すぐにまた手元の書類へと視線を戻す。 


絵里「まあ良いわ。遅れた分しっかりと働いてくれれば文句なしよ」 

希「相変わらず手厳しいなあ。はいはい、今やるよ」 


自席に着き、積まれた資料に目を通す。 

うーん、やっぱり慣れない。 

どうしても先生たちから雑務を分けてもらっているようにしか感じられない。 

横目には黙々とペンを走らせる生徒会長さまの姿。 


希「…ま、そんな言うててもしゃあないもんな」 

………………

………

 

7ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:30:56.51ID:yPGCWe2Z

鳴り響くチャイムにふと顔を上げる。 

外は日が落ち始めて、赤と黒が景色を染めていた。 


希「そろそろ切り上げよか」 

絵里「もうそんな時間なのね。そうしましょうか」 

希「疲れた~」 


ぐぐーっと背伸び。 

おとなりさんはこきこきと首を鳴らしている。 


希「アイスでも食べてく?日が落ちても暑いなあ」 

絵里「…寄り道は禁止よ。買い食いもね」 

希「そうやったっけ」 


こくり、と唾を飲む音。 

伝う汗まで金色に見えるなんて、美人はずるいなあ。

 

8ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:32:13.51ID:yPGCWe2Z

人気の失せた校舎を、二人歩く。 

口をひらき掛けては閉じる友人。 

ふとして話したいことは山ほどあるのだろうに。 

まだ、氷は解けない。 

---

希「ほなね」 

絵里「ええ。また明日」 


ばいばいと手を振る。 

ばいばいと、控えめな仕草。 

どこか照れ臭そうに首を振り、えりちは背を向けた。 

しばらくその後ろ姿を見送ってから、同じく帰路に。 

私では、きっと氷は解かせない。 

私では、きっと… 


……………… 

………… 

……

 

9ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:34:06.23ID:yPGCWe2Z

「××市から来ました、――――です」 


ぼそぼそとした自己紹介。 

初めてだった。 

自分以外の転校生に出会ったのは。 

その子は贔屓目に見ても、そして自分を棚に上げずに見ても、クラスからひどく浮いていた。 

教室移動は一人で、休み時間は絵を描いていて、さようならの後は誰よりも早くいなくなった。 

教室移動に混ぜてくれたり、休み時間に話くらいはしたり、ばいばいと言い合ったり、それくらいの相手はいたから。 

それすらもないことが、ずっと気掛かりになっていた。

 

10ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:36:08.21ID:yPGCWe2Z

おはよう。 

なに描いてるの? 

次は音楽室だね。 

また明日ね。 

毎日それらの言葉を用意しては、ただただ溜め息となって消えていった。 

一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月… 

どれだけ日が経っても、一人は一人のままで、言葉が形を為すことはなかった。

 

11ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:38:16.91ID:yPGCWe2Z

ある日、今日こそはと決意を固めた。 

演劇発表会の日だった。 

半年も前から練習が重ねられてきた晴れの日に、なんの役目も与えられなかった者同士。 

一言だけでもいい、話し掛けよう。 

幸い時間はたっぷりあった。 

隣の隣のクラス、隣のクラス、順調に演劇は進む。 

やがて、何度も練習を見守った演目が開始された。 

その脇で、体操座りの二人きり。

 

12ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:40:21.63ID:yPGCWe2Z

さあ――今こそ。 


――――パチン 


ふと聞こえた気がしたそんな音が、今になって思い返すと忌々しいほどに。 


希「ねえ、――さん。私、東條のぞみ…」 

「あ」 

希「え?」 


気が付いたときには遅かった。 

足元に転がっていたガムテープを蹴飛ばしてしまった。 

それは端が上履きに引っ掛かった状態で、本体が走り出す。

 

13ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:42:46.02ID:yPGCWe2Z

希「あ、ちょっ、待って…」 


ガムテープがそんなお願いを聞いてくれるわけもなく、舞台を端から端まであっという間に渡っていった。 

そして案の定。 


「うわあっ!?」 


どてん、と誰かが転んだ。 


「きゃあっ!?」 


どてん、と誰かが転んだ。 

どてん、どてん、どてん、どてん―――― 


その舞台の上に最後まで立っていられた人は、一人もいなかった。 

…… 

………… 

………………

 

14ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:44:55.08ID:yPGCWe2Z

会場は笑いに包まれ、咎められることも責められることもなかったけれど。 

クラスの演目は最下位の評価を下され、もう名前を思い出すこともできないあの子と、二度と言葉を交わすことはなかった。 


希「…こんな日はおうどんさんやね」 


なんて。 

うどんを湯がく以外、ほとんどまともにできることなんかないだけだ。 

またうどんなの?栄養が偏るわよ――と、彼女は呆れながらも笑ってくれるだろうか。 

いつものうどんをかごに放り込んで、レジへと向かった。 

***

 

16ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:47:24.25ID:yPGCWe2Z

「ねえ見た?人数増えてたね」 

「一年生がいっぱい入ったみたいだねー」 


ふと、そんな会話を聞いた。 

思わず口角が上がる。 

見上げる空には、どこからか聞こえてくる彼女たちの掛け声。 

音の発生源は――上?屋上? 

…そうか、彼女たちは屋上で練習を。 

今はまだ青く澄んだ空も、これからぐずつく季節になる。 

うーん…とわずかに悩んで、よし決めた。 


希「もう引き合わせても大丈夫やろ」 


踵を返し、一階の教室へと歩みを進めた。 

………………

………

 

17ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:49:28.88ID:yPGCWe2Z

コンコン 


希「にーこっち~」 


内側にカーテンが引かれた窓からは、室内の様子は窺えない。 

けれど。 

コンコンコンコン 


希「にーこっち~~」 


コンコンコンコンコンコン 


希「にーこっち~~~」 


コンコンコンコンコンコンコンコン 


希「にー  にこ「うるっさいわよ!!」バン!! 

希「やっほー、にこっち。やっぱりおったんや」 

………………

………

 

18ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:51:33.44ID:yPGCWe2Z

にこ「あんたどんだけしつこいのよ」 

希「だっておるやろうなーって思ったんやもん」 

にこ「応答がない時点で察しなさいよ」 

希「でもにこっち出てきてくれたし」 

にこ「あんたが有り得ないほどしつこいからよ!」 


ハア、と溜め息一つ。 

ん~、そんな表情もやっぱり可愛ええなあ。 


希「今はなにしてたん?」 

にこ「デカチチストーカーの訪問に怯えてたわ」 

希「ナイチチにこっちに対して許せん奴やな!」 

にこ「誰がナイチチよ!」

 

19ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:53:53.66ID:yPGCWe2Z

にこ「別に、いつも通りスクールアイドルの研究してただけよ」 

希「研究ってなにするん?」 

にこ「ダンス観て、歌聴いて、だめなところを書き出すのよ」 

希「それから?」 

にこ「書き込むのよ」 

希「へえ。しっかりファンやってるんやね」 

にこ「はあ?誰がファンなのよ」 

希「えっ。わざわざホームページに指摘事項を書き込むなんて、相当熱心に追い掛けてるんやないの?」 

にこ「ホームページなんかに書き込まないわよ。匿名掲示板」 

希「…………」 


ふひひ、と怪しい笑い。

 

20ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:56:58.14ID:yPGCWe2Z

けれど、知っている。 

寂しさと悔しさから心を守るために、今は少し歪んでいるだけで、彼女が本当は誰よりも真摯に夢と向き合いたがっていることを。 

再び立ち上がるそのためには、信頼できる仲間が足りない。 

強引に闇から引き摺り上げて、なにがあっても一緒に隣を走ってくれる、そんな仲間が。 

そしてきっかけが必要だ。 

ほの暗い過去をぶち壊して、光と夢に溢れるステージに返り咲こうと決心できる、そんなきっかけが。 

にこっちに必要なものは、だから―― 


にこ「で、あんた、なにしにきたわけ?」 


目にも留まらぬ速度でカタカタとキーボードを打ち鳴らしつつ、にこっちは言った。 


にこ「そろそろ入部する気になった?」

 

23ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 21:59:15.44ID:yPGCWe2Z

希「!」 


薄暗い室内。 

ディスプレイの明かりに側面を照らされただけの表情はよく見えない。 

その言葉は思えば久し振りで、けれど確かな想いが込められていて。 


希「ウチは、」 

にこ「…なんてね」 


タン、とエンターキー。

 

24ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 22:01:21.07ID:yPGCWe2Z

にこ「あんたがスクールアイドルに興味ないのはよく知ってるわ」 

希「にこっち、」 

にこ「久し振りに聞いたら気まぐれな返事があるかなって思ったのよ。あんた、気まぐれだから」 


穏やかな笑みが向けられる。 

優しく、そして――どこか諦めたように。 

その刹那、脳内を駆け巡った言葉は、ひどく単純だった。 


――やるよ! 

――スクールアイドル、やるよ! 

――にこっちと一緒に! 


その一言が、言えたなら。 


希「…や」

 

26ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 22:22:35.24ID:yPGCWe2Z

希「嫌やなあ、もう。ウチには向いてないって何回も言うてるやん。可愛い衣装は着てみたいけどな」 

にこ「…ふふ。あんたなら可愛い衣装も着こなせるわよ。キャラクターが変なだけで、見てくれは良いからね」 

希「なんやそれ~相変わらずいじわるやなあ」 

にこ「あんたも…相変わらずね」 

希「え?」 


ふっと笑みに陰が落とされたように見えた。 

それもすぐに掻き消える。 


にこ「だったら、結局あんたほんとになにしにきたのよ」 

希「それは、えっと」

 

27ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 22:24:47.13ID:yPGCWe2Z

希「最近スクールアイドルやってる子らおるやん?ほら、あの」 

にこ「μ'sでしょ」 

希「そ、そうそれ」 


なんとか捻り出した話題に対し、あっさりとその名を口にした。 

決まってからそう日も経っていない、新しい曲の発表もライブも行われていないグループの名前を。 

やっぱり、気になってはいるのだろう。 


希「頑張ってるよなあ、あの子ら。ウチはアイドルのことよう分からんけど一生懸命やし、」 

にこ「全っ然だめね」 


ケッ、と唾でも吐き付けそうな勢いで。 


希「ぜ、全然だめかなあ?」

 

28ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 22:26:51.55ID:yPGCWe2Z

にこ「歌は下手くそ。ダンスも揃ってない。曲は…ちょっと良いけど、あんなのもう一曲でも書いたらネタ切れでしょ」 

希「でもほら、聞いた話やと廃校を阻止するために立ち上げたってらしいし、心意気は充分やんな」 

にこ「心意気だけでやってけるもんなら、誰もアイドルなんか目指さないわよ」 

希「やけど、あんなに可愛い子らが6人も集まるなんてほんとに奇跡みたいな」 

にこ「そこよ!」 

希「え?」 

にこ「6人って」 


ばかにしたように鼻を鳴らす。 


希「あかんの?多過ぎ?」 

にこ「逆よ、逆」

 

29ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 22:28:54.59ID:yPGCWe2Z

にこ「『ミューズ』っつってんのに6人じゃ完っ全に名前負けじゃないの。芸術のカミサマだかなんだか知らないけど、あと3人は夢半ばで挫折でもしたのかってーの」 


ふと呆気に取られる。 


希「にこっち、ミューズ知ってるんや」 

にこ「は?」 

希「や、ギリシア神話の女神なんて知らなさそうやのに…」 

にこ「そんなん知らなかったわよ。調べただけ」 


事もなげに言ってみせる。 

思い出す――彼女がまだまだ今以上に心を開いてくれていなかった頃のワンシーンを。

 

30ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 22:30:58.10ID:yPGCWe2Z

――にこ『あんたいっつも来るわね…どんだけひまなの?』 

――希『あはは、にこっち見て見てこのスクールアイドル。変な名前やなあ』 

――にこ『そのくそだっさい呼び方もやめなさいよ…どれ?』 

――希『「もちピーポー」やって。可愛らしいけど教育テレビのキャラクターみたいやな』 

――にこ『変なんかじゃないわよ。「ピーポー」はピープルのことで、「もち」は気持ちのこと。誰一人の気持ちも蔑ろにしない、全ての想いを受け止めるって願いを込めた名前なんだから。語呂を良くしただけでしょ』 

――希『ほえ…じゃ、じゃあこれは?「あわじきんちゃく」』 

――にこ『淡路島出身なのは良いとして、「きんちゃく」はイメージ通りよ。大切なものを逃さない、包み込むような存在になれるようにって』 

――希『なんでグループ名の由来なんか知ってるん?そういうものなん?』 

――にこ『そういうものかどうかは知らないけど』 


――にこ『どんな名前にだって必ず願いが込められてるはずなんだから、その人たちの気持ちを知るには名前を知るのが一番でしょ』

 

32ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 22:33:02.00ID:yPGCWe2Z

変わってない。 

寂しくて悔しくて、歪んでしまって曲がってしまっても。 

この人の本質は、絶対的に揺るがない。 

だからこそ――あなたのことが大好きだし、あなたには幸せな笑顔でいてほしいと思う。 


希「にこっち」 

にこ「んー?」 

希「アイドル、諦めんといてな。ウチはずっと応援してるから」 


一瞬だけきょとんとした後、 


にこ「当ったり前でしょ。にこが立ち止まるのは、この世の全てが笑顔に包まれたときよ」 


どんと胸を叩いて笑った。 

--- 


にこ「…ヒトゴトみたいに言うなっての。むかつく」 


………………

………

 

33ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 22:35:55.45ID:yPGCWe2Z

一人、生徒会室までの道を行く。 


希「やっぱりにこっちは最高に格好ええなあ」 


――にこ『そろそろ入部する気になった?』 

――にこ『久し振りに聞いたら気まぐれな返事があるかなって思ったのよ』 

――にこ『…ヒトゴトみたいに言うなっての』 


希「…ウチには無理だよ」 


適材適所。 

にこっちの隣に堂々と立つ役目は、きっと誰かが担ってくれる。 

それこそ、穂乃果ちゃんのような子が。 

決して――決して、 


希「それはウチじゃないはずや」 


……………… 

………… 

……

 

 

34ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 22:38:12.64ID:yPGCWe2Z

中学のある年、最初の練習から本番まで、丸々参加できた体育大会があった。 

ちょうど親の仕事が落ち着いており、次の転勤予定は早くとも来春と聞かされたときには、途中参加も途中退場もしなくてよい学校行事があることにひどく浮かれた。 

体育の授業はほとんどが体育大会の練習にあてられ、組分けや応援練習のために他の科目の授業すら振り替えられる。 

それまでは全く身が入ることのなかったそれらの時間が、嬉しくて楽しくて仕方がなかった。 

ついには張り切って、応援団に志願したほどに。 

はじめは少なかった練習も本番が近付くにつれ徐々に増えていき、直近一ヶ月にもなる頃には始業前、昼休み、放課後とトリプルパンチで応援練習に従事する日々が続いた。 

それでも苦はない。 

大きなことに参加して、自分の手で作り上げることができ、その完成を見届けることだって叶う。 

中学校の体育大会というそれだけのことが、なににも替えがたいほど貴重な経験だった。 

***

 

35ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 22:40:28.82ID:yPGCWe2Z

応援団には色々な役割があった。 

応援団長をはじめとし、声出し隊長、指導隊長、振付隊長と実に様々。 

その中で、らしくもなく団旗係に名乗りを上げた。 

応援団長の隣で大きな団旗を振り回す、非常に目立つ役。 

らしくないと言えば応援団に所属した時点ですでに相当らしくはなかったけれど、そこに輪を掛けそれまでなら頼まれたってやらなかったであろうそんな役に自ら立候補したことからも、どれだけの想いで臨んでいたかを窺える。 

たいした競争もなく団旗係に決定し、初めて学校行事に両親を呼んだ。 

みんなと作り上げた応援を、そして初めてかもしれないほどの自身の晴れ舞台を、見てほしくて。 


「必ず行くよ。希の姿を誰よりも近くで見るからね」 


寡黙な父親の逞しい言葉に、気持ちはより一層引き締まった。 

***

 

36ぬし z9ftktNqPQ (プーアル茶)2018/04/01() 22:43:40.95ID:yPGCWe2Z

体育大会、本番。 

心地よい秋晴れと吹き抜ける涼風に、絶好の体育大会日和だったことを覚えている。 

校庭は朝から活気に溢れ、熱い接戦が繰り広げられていた。 


「走れーっ!走れーっ!」 

「青組、今何点!?」 

「召集始まってるよ、急いで!」 


慌ただしく過ぎていく一日。 

応援団をやってはいても、競技への参加はまた別。 

走り、踊り、跳び、転び。 

クラスメイトと笑い合いながら体育大会は進む。 

近くを通り掛かるたびに両親はいっぱい手を振ってくれて、気恥ずかしさなど少しも感じないほどに。 

………………

………